国王夫妻との謁見
初めての馬車旅。
私は張り切って、調理場に出入りしてパンやクッキーなどを焼きまくった。
そのパンを使った軽食も馬車に持ち込む。
道中は侯爵夫妻と、ディオンルーク様とで、色々な政治経済の話や社交界の話を聞いて過ごした。
座学や本で学べない色々な知識を、学ばせて頂くのだ。
様々な出来事がありながらも、無事、国境の町ディーヴルに到着した私達は、豪華な別荘へと案内された。
そこはフェンブル公爵に嫁いだ、侯爵夫人の友人のヨゼフィーナ様の御実家のアニマート侯爵家の所有である。
私達の予定に合わせて公爵夫人も屋敷にいて、私達を迎え入れてくれた。
以前は知らなかったが、私の勉強の結果、フェンブル公爵家はサラセニア王国の公爵である事が分かった。
お茶会の席で、マリエ様は馬鹿にするような態度を取っていたが、腑に落ちない。
隣国の公爵家の養女として輿入れする事で、十分なのではないだろうか?
そういう話はまだされていないので分からないけれど。
そう。
まだここに来た目的は教わっていない。
私も知らなくて良いと判断された事を、追及するつもりはなかった。
侯爵家が不要と判断したのなら従うまでである。
豪華な晩餐会を経て、次の日。
国境を越えて、サラセニア王国へと足を踏み入れる事になった。
サラセニアの国境の町は、ファーヴルという。
ディーヴルよりも二回りは大きな町で、同じ位活気に満ちていた。
北方に位置するサラセニアは寒冷地なので、育たない農作物などは我が国からの輸入に頼っている。
この町はその本拠地と言っても過言ではないかもしれない。
交通、流通の要所である。
「ふわあ……可愛らしい街並みですわねえ」
私は思わず歓喜の声を上げた。
地理や歴史を学んでも、実際にそこに行くとまた違う情報に溢れている。
街に並ぶ家々の壁は色とりどりに塗られていて、色彩豊かだった。
「玩具のような街並みだな」
笑顔で頷いて、ディオンルーク様が言う。
確かに。
子供が遊ぶ積み木の様な可愛らしさもある。
私も笑顔で頷き返した。
「後で町に出かけようか」
「それはなりませんよ、ディオン」
ディオンルーク様のお誘いに頷こうとしたら、侯爵夫人の制止が入った。
指摘されたディオンルーク様は、あ、と言って一瞬私を見て、そうか、と頷く。
醜い女性は立ち入り禁止の可愛い町なのかしら?
しゅん、と私が萎れたのを見て、ディオンルーク様が困ったように言う。
「事情があるんだ。もしこの町が気に入ったのなら、また後日、二人で旅行に来よう」
「え……はい、分かりました」
どうやら醜女禁止の町という訳ではなさそうだ。
時間がないからだろうか?
馬車で運ばれて行った先は、お世話になったアニマート侯爵家よりも、豪奢なお屋敷……お城だった。
歴史を感じさせる石造りの外壁に、柔らかい象牙色の尖塔や外観。
城の建物の背後には砦の様な石造りの建物も見える。
かつては奥にある砦が城として機能していたのかもしれない。
通された広間には、立派なご夫婦が豪華な椅子に腰かけていた。
一目で高貴な方々と分かるその方達は、柔らかな笑顔を浮かべていて。
先導していた公爵夫妻と、私達侯爵一家は合わせて最上の礼を執る。
何も知らない私は戸惑いながらも、それに従った。
「王国の尊き礎にして王、アルハンブラ2世陛下にご挨拶申し上げます」
言葉を紡いだのは、フェンブル公爵だ。
んんっ!?
国王陛下、ですって……?!
「顔をあげよ」
そうお声がかかってから、私達は顔を上げる。
国王陛下は、確かに、私と同じ髪の色と瞳の色を持っていた。
「おお、確かに。其方の言う通りだな、公爵よ」
うきうきとした様子の国王陛下は、私と公爵を見比べた。
「うむ、うむ。顔立ちも我が姉の若き日に似ている」
満足げな王の容姿は整っているが、やはり我が国の王族や美男子とは系統が違う。
言葉にはし難いが、鼻は大きめで、唇は薄い。
平均的な物なのかは分からないけれど。
もしかしたら、この国ではそこまで醜いとは思われないのだろうか?
「アリーナよ、近う」
手招きされて、私は前に出て、陛下の前に跪く。
見上げる私を、陛下はじっと見降ろした。
「平民として生活していたと聞いているが、どのような生活だった?」
「はい。この国で生まれ育った曽祖父が、商会を立ち上げたので、商家の娘として生きて参りました。朝は日の出と共に目覚め、商品を仕入れて、それを売って生活の糧にする。そういった生活でございました」
ふむ、ふむ、とゆっくり国王は頷いた。
「辛い事は無かったか?」
「どんな身分の暮らしにも、大抵は辛い事の一つや二つはあると存じますが、大きな不幸はございませんでした」
私は思い出しながら答える。
理不尽な客なんて掃いて捨てるほどいたし、無礼な人々もいる。
けれど、その逆に優しい人々だって沢山いたのだ。
母が私を見下して憐れんでも、妹が私を庇って愛してくれたように。
「でも今は、とても幸せでございます」
「ほう……侯爵家に婚約者として住まっておるのだと聞いたが、相違ないか?」
頷きつつ、同じ色の瞳で見つめられて、私は不思議な気分になる。
まるで本物の祖父と話しているような、そんな錯覚。
「はい。侯爵夫妻も婚約者のディオンルーク様も、屋敷の使用人達も全て、優しくて親切にしてくださって、幸せに過ごしております」
「ではもし、我が国の王女になれるとしたら、其方はどうする?」
「ファルネス侯爵家から離れねばならないのだとしたら、嫌でございます……」
思わず即答してしまって、これでいいのかと悩んだけれど、本心なので仕方ない。
怒られるのではないかと、戦々恐々として見上げた陛下は楽しそうに笑っていた。
隣の王妃も扇で口元を覆って、肩を揺らしている。




