40 金冠
第一章、完結
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……」
終わった。そう思うけど、キメラは一度復活している。油断していいのかしら。
「ちゃんと死んだか確かめましょう。全部の首を切り落として、それでも死んでいるか」
「……わかった」
ヴィルヘルムも虎の魔獣がキメラとなって復活した光景を目撃している。
同じ懸念を抱いていたのだろう。あっさりと同意してくれた。
「脳を潰したはずだが、切り落とした方がいいのだろうな」
ライオン頭はヴィルヘルムに頭を貫かれていた。
私が蛇を引きつけていたとはいえ、生身でキメラ型のライオン頭を貫くとか。
ギフト持ちの私より超人といっていい。
「はっ!」
ヴィルヘルムが振り下ろす剣によってライオンの首が切り落とされる。
キメラの動きはない。山羊頭も潰れているし、蛇頭も切り落としている。
「どうやら今度こそちゃんと倒せたらしい。……それで、どうなんだ?」
「どうって?」
「これで、この地を襲う魔獣たちは大人しくなるのか?」
「……どうかしら」
「わからないのかい?」
「私は当たりをつけただけなの。こいつが魔獣たちの群れのボスなんじゃないかって。どう見ても特別な個体だったから。こいつが急にこの地に魔獣が溢れ出した元凶か何かなんじゃないかって」
「……なるほど。確かに特別な個体だったのは間違いないね」
キメラを倒したことでヴィルヘルムの運命は変わったのだろうか。
元から推定乙女ゲームの原作シナリオなんて知らない私だ。
変わる前の運命すら知らないので確かめようがない。
「そういうことなら、もう少しだけ調べてみよう。何かの理由で魔獣たちが止まるなりしてくれるなら御の字だ」
「え? ええ、そうね」
ヴィルヘルムはキメラの解体に移行する。
念のため、私も注意してみるが、とくに変化は見られない。
どうやら本当に仕留め切れたみたい……いえ、待って。
「ねぇ、そこ。胴体の山羊頭の下あたりなのだけど。何か光って見えない?」
「光って? いや、どこも光ってはいないようだが……」
「え、でも」
明らかに光っている。なのにヴィルヘルムには見えない?
あ! 私の眼、火眼金睛のままだ。
この眼には『真実を見抜く』という特性もある。
妖怪が人間に変化して三蔵法師を騙そうとしているのを見破るとかね。
つまり今回は千里眼ではなく、真実を見抜く方が作用した?
「もしかしたら山羊頭の下、胴体部分に何かあるかも。解体を手伝う?」
「……いや、どこなのか教えてくれ。レディに血生臭いことはさせられない」
「そう? 今さらな気がするけど」
「そうかもしれないが、それでもだよ、レディ」
紳士ねぇ。アレのお兄さんとは思えない。
この国の文化では、騎士は野蛮な存在ではなく騎士道を重んじる存在となっている。
騎士道は時代によって、文化によって育まれた精神性だけど、この国の騎士道は私がイメージするそれで合っているはずよ。
ヴィルヘルムが剣でキメラの胴体を切り開いていくと、カツン! と、硬質な音が聞こえた。
「「…………」」
私とヴィルヘルムは互いに目を見合わせる。
「……何かあるな」
「ええ、気をつけて」
「ああ」
ヴィルヘルムが慎重にキメラの肉体を切り開くと、そこにあったのは水晶だった。
それも色合いがドス黒い黒水晶だ。中身が濁っている?
「なんだこれは? レディに心当たりはあるかい?」
「いいえ、私も見たことはないわ。でも、なんだかそれ、洗礼水晶に似ているような?」
「洗礼水晶……」
といっても、球体で透明なら、だいたい似ていると言えるのだけど。
嫌な予感がしたのは、それがどうにも例の『ギフトの複製水晶』を連想させたから。
これって自然に発生した事件じゃなくて、人工的に発生した事件ってこと?
暗躍する黒幕を追いかけるタイプのシナリオ?
「俺は、この水晶を破壊しようと思う。君はどう思う?」
「破壊? でも、明らかになんらかの証拠じゃない?」
「ああ、そうだろうな。だが、君の見立てからすれば、この水晶こそがこの地を魔獣が襲った原因なんじゃあないのか?」
「……それはそうかも」
キメラを倒した時点で、各地の魔獣が動きを止めていればそれでいいのだが。
筋斗雲に乗って空から見て回ろうか?
「よし、なら決まりだな」
「えっ!?」
ヴィルヘルムは止める間もなく黒水晶を天に放り投げたかと思うと、落ちてくるそれに向かって剣を一閃した。
剣に弾かれて飛んでいきそうにも思ったが、見事に水晶は上下に両断される。
すると、一際黒く水晶が濁ったあとで、霧散するようにその色がなくなり、透明の破片になった。
「……なんだか、あやしい気配がなくなったような気がするわ。正しい、のかも?」
「そうだね。君の見立ては正しかったようだ。確認しないといけないが、ようやく安心できる」
もしかしたら。
あるかもわからない原作では、ヴィルヘルムはキメラの体内にあった、この黒水晶を砕いたのではないだろうか。
一矢報いる、という形で。そうして領地への魔獣たちの侵攻が止まるのだ。
ただし、ヴィルヘルムの命という多大な代償と引き換えに。
これならば私の想定したシナリオに、がっちりと嵌まる。
英雄と呼べるような功績を残し、多くの人々を救った騎士の中の騎士となるヴィルヘルム。
偉大なる兄の完成を前に、その弟は。みたいな。
それにあの黒水晶、如何にも聖女の『浄化』や『破魔』の力に弱そうだ。
あり得ない話ではないように思う。
「これを着てくれ、レディ」
「え?」
ヴィルヘルムは外套を脱ぎ、私に羽織らせる。
「何?」
「ボロボロじゃないか、レディ。学園の制服のようだが、ところどころ服が焼けている。君自身は平気なのか?」
「あっ……」
生徒会選挙が終わって、そのまま王宮に呼び出され、急報が来て。
そこから筋斗雲で飛んできた私。
当然、学園制服のままだ。
空を飛んでいるだけならまだしも、何度も森林火災に近付いた。
極めつけはキメラに吹っ飛ばされ、火炎の前に出て、彼を庇うなんて真似をした。
そりゃあ制服だってボロボロにもなる。
「それに、その眼はいったいどうして……?」
ヴィルヘルムが悲しそうな目で私の目を見つめる。
眼の病気か何かだと思われたっぽい! 違う違う!
「眼は、ちょっと、アレでして。ご心配には及びません」
私は火眼金睛を解く。ここに鏡はないが、きっと元の瞳の色に戻っただろう。
「……! 驚いたな」
ヴィルヘルムが目を見開いて私の目を見つめながら、そう声を漏らす。
落ち着いたところで、私は改めてヴィルヘルムの姿を見る。
銀色の髪と、緑色の瞳をしている。
カラーリングこそアイゼンハルト卿と同じで、確かに二人が兄弟なのだと感じさせる。
ただ、顔つきはヴィルヘルムの方が穏やかそうで、凛々しい印象だ。
優しさの中に逞しさも感じさせ、これぞ騎士の中の騎士という雰囲気。
少なくとも顔だけ見れば断然、彼の方が好みだ。
まぁ、私の好みなど知ったことではないだろうけど。
「それで、そろそろ聞いていいのかな? 君はいったい?」
「あー……」
当然、そう聞かれるわよねぇ。
しかもキメラとの戦闘では惜しみなく私はギフトを使った。
今さら隠し立てするのは難しい。
けれど、私の推測ではヴィルヘルムはここで死ぬ可能性が高かったのだ。
そんな状況で『私、正体バレたくないしぃ……』と能力の出し惜しみをするなどできなかった。
全力を出さずにいて、彼が目の前で死ぬなんて許されないだろう。
あと実際問題、そこまで余裕の勝利だったかというと、かなりあやしい。
孫悟空の力は絶大なのだが、いかんせん、それを操る私が未熟だったのだ。
だから一切の出し惜しみをせずに全力で振る舞って正解だったと思う。
そうして初めてヴィルヘルムを救えたのだ。
その結果、彼にいろいろなことがバレるのは避けられなかっただろう。
「ええと、その前に。質問で返してしまうのですけど。貴方はヴィルヘルム・アイゼンハルト小侯爵で合っていますか?」
「ああ、そうだよ。わかっていたんじゃないのかい?」
「そちらも当たりをつけていただけでして」
「そうなのか……」
彼がヴィルヘルムであることは間違いないらしい。
私たちは少しの間、互いに黙って見つめ合っていた。
「ええと、小侯爵。実は私の力の諸々については隠したいことなのですが」
「隠したい?」
「はい。いろいろと話すわけにはいかない事情がありまして……。小侯爵には黙っていただけますと、かなりありがたいです」
ここにはどうやら彼以外の人間はいない。
なら、彼さえ黙っていてくれれば、それで?
でも、ヴィルヘルムに承諾してもらえる取引条件を私は持ち合わせていない。
「俺は、君に命を助けられたと思っている。命の恩人がそう望むなら、それくらいは請け負おう」
「え、いいんですか?」
「ああ。でも、可能な限りで、俺にだけは説明してほしいな。まだ事態を飲み込み切れていないんだ」
「それはそうでしょうね」
「それと」
「それと?」
「……君の名前は?」
そこかぁ。私はヴィルヘルムの顔を見たことがない。
あちらも同じようだ。高位貴族同士とはいえ、今まで交流がなかった。
まだ私、社交界デビューしていないからね。
「それも詮索しない方がいいかい?」
どうだろうか。
十六歳の私は、一年後には本格的に社交界に出る機会があるだろう。
そうしたら、確実にどこかでヴィルヘルムとも顔を合わせると思う。
せめて、それまでは黙っている? 時間の問題だけど。
私はヴィルヘルムを改めて見上げる。
互いに立ったまま向き合うと、頭一つ分、彼の方が身長は高いようだ。
「……私はカーマイン・マロットです、アイゼンハルト小侯爵」
悩んだ末、私は名乗ることにした。
どう考えても調べればバレそうだったからだ。
「マロット公爵家のご息女? しかし、彼女は赤髪と聞いていたが」
「……それもまぁ、いろいろと」
ええい、ままよ、とばかりに私は黒髪から赤髪に戻した。
ヴィルヘルムがいちいち驚いた表情になるのが、なんとも気が抜けるというか、可愛らしい反応というか。
彼って年齢いくつくらいかしら? 20代っぽいわね。
「「ウキー……」」
「あら」
残っていた分身、ミニ・カーマインが二体、フラフラと飛んで戻ってくる。
落ち着いて見ると、私の姿なのに小さいだけで可愛らしいわね。
でも、なんで返事がそれなの? 等身大にした時の分身は普通に喋っていたんだけど?
「これは妖精、精霊だろうか。君の姿に似ているようだが」
「それはまぁ……。妖精でも精霊でもないんですけど」
「そうか。それも聞かない方がいいのかな」
「……はい」
気まずい。まず、私は何を沈黙し、何を語ってもいいとするべきか。
ヴィルヘルムを取り巻く状況は今、どうなっているのか。
それと、そろそろアイゼンハルト卿はこの場に駆けつけるのか。
私はミニ・カーマインを撫でつつ、もとの毛に戻した。
ちょっと罪悪感が。分身はロボット、自我はないし、私の延長であり、別の生物ではない。
うん、そこは大事。
「あの、もしかしたら貴方の弟さんがここに駆けつけるかもしれないんですが、私はその前に姿を隠したいと思っているんです。よければ誤魔化すのにご協力を……」
「……!」
私がヴィルヘルムにお願いをしようとしている時、彼はさらに驚いた表情になる。何かしら?
「君は……聖女なのかい? いや、ギフトではなく、本物の?」
「え?」
急に何? どうしたの?
「なんの話ですか?」
「……気づいていないのか」
ヴィルヘルムはそう言いながら、私に向かって手を伸ばす。
そして髪の毛に触れた。
その仕草と距離に思わずドキリとする。だけど。
「君の頭には……まるで黄金の王冠のようなものがある。君の二つ名を聞いたことがあるよ。『曇りの聖女』と呼ばれているそうだが、それは真実だったのか」
「…………は?」
黄金の、王冠?
「……!」
ゾクリとして、私はバッと頭に手をやる。
そこには固い感触が……ある!
「え、え、嘘、嘘……!」
硬質な手触りがある。金属の冠が、私の頭にいつの間にか現れている。
しかも焦って外そうとするが、どうにも外れない!
リングというより、ヴィルヘルムが言うように王冠のようなゴツさがある!
「緊箍児……!」
そう。いつの間にか私の頭には、孫悟空の行動を戒める黄金の輪が現れていた。
私が意図的に発動したものじゃない。
ギフトなのだから、実は『他人に封印を掛ける効果』として使える可能性がワンチャンある、なんて思っていた、それ。
だが、黄金の輪は他の誰でもなく、私の頭に現れている。
どうして、なぜ、やはりギフトを使いすぎ?
「カーマイン嬢? 大丈夫か……」
焦燥とともにヴィルヘルムに返事をしようとする。その瞬間に。
「あっ! ぁああああああ!」
頭に激痛が走る! 締めつけられるような痛み!
痛い! 痛い! 痛い! 頭が潰れる……!!
「カーマイン嬢!?」
「あぐ、ぁああああ!」
外すことができない黄金の冠。
鏡で確かめる時間すらなかったけど、原典よりむしろ〝最〟の方に近いゴツさ。
物理的に締めつけられての痛みではなく、苦痛を頭に直接流し込まれるような感覚。
「ぁあああああ……!」
「カーマイン嬢!」
私はその場に跪き、苦痛にのたうち回るしかできない。
だんだんと気が遠くなってくる。
そして、頭の中に何者かの幻聴が聞こえた気がした。
──殺生はいけません。
……と。
私はそこで気を失った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
第一章、完結です!
ちょっと、ここから1週間くらい休載しまして
その間に書き溜めておいて、
また連載再開した時から、毎日投稿できるようにしたいと考えています。
いわゆるストックタイムです。
今作、プロットなしのライブ感で書いておりまして
毎日書いたものを、その日か翌日に投稿! なスタイルだったので、ちょっと余裕を持つために。
再開しましたら、またよろしくお願いします。
以下、宣伝。
◆
傾国の悪女になんかなりません! ~蛮族令嬢クリスティナは予言された破滅フラグを【カンスト】パワーでへし折ります~【書籍化・コミカライズ企画進行中】
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今作の姉妹作。
今作が生まれるきっかけになった作品です。
同じくパワー系令嬢。
今作より恋愛寄りで、ダーク感は強めです。
でも主人公は明るいし、脳筋です。
現在、二章の連載再開中なので、よろしくお願いします。
書籍が出るのは、今年の6月以降かと思います。
◆
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