38 混獣
虎の魔獣を如意棒でぶっ飛ばし、魔獣の前で膝を突いていた騎士を助ける。
「なん……だ? 雲? だが、声が」
困惑した声を漏らす騎士。今の私、隠身法で透明だったわ。
気になるけど、きちんと魔獣を倒せたのかを確かめるのが先。
少し先の木に激突した魔獣は……まだ、動いている。
「一撃で仕留めるなんて欲張りだったわね……」
たぶん、これは〝技量〟の問題だ。
私には孫悟空の剛力がある。棒術をサポートしてくれているような恩恵もある。
でも、それと実際の戦闘は別、なのだと思う。
今、私ができるのはパワーでゴリ押しする方法だ。
『グルルゥ……』
唸り声をあげながら、立ち上がる虎の魔獣。
「え?」
魔獣は立ち上がるだけではなく、何やらその体が蠢いている。
黒いドロドロの液体が表面を覆っているような?
いえ、それも大事だけど、そうじゃなくて。
私は確かに魔獣の頭を潰せていた。そう、魔獣の頭部は潰れているのだ。
なのに生きている。
「なんなの、こいつ……」
ゾワゾワと嫌な予感がする。
虎の魔獣だから西遊記に出てくる雑魚枠なのかと思い込んだけど。
こいつは何か、まったく違うもの?
『ぐるぅあああ……!』
虎だと思っていた顔がより険しくなり、頭部の回りにたてがみが生える。
虎じゃなくてライオン?
あんまりジャンル変わっていないわよ!
「なんだ、いったい……? 何が起きている?」
ライオンと化した魔獣は、とうとう完全に立ち上がる。
倒し切れなかった。
そうなると、一気に怖さが増してくる。
私はギフト頼りの最強もどきなのだ。
孫悟空が強くても、その力を借りる私は別に強くない。
孫悟空の攻撃に耐えられる相手が現れたら、一気に雲行きがあやしくなる。
筋斗雲で上昇して、ヒットアンドアウェイでどうにか……。
『ガァアアアッ!』
「くっ! え!?」
突進してくると思った魔獣が、私ではなく背後の騎士へ向かっていく。
なぜ!? いや! 今、透明だった、私!
しまった、魔獣がヴィルヘルムへ向かう!
「くっ! おおおおっ!」
咆哮を上げ、裂帛の気合とともに剣を振るう騎士。
まだ彼は命を諦めていない。
ここで彼を殺されたら、ここに来た意味がない!
「定身法!」
足止め、金縛りの術よ! 孫悟空の得意技の一つ!
左手の人差し指と中指を立てて、剣指を結び、魔獣を指差す。
「止まれ!」
相手が同等以上であれば効かない術。
また、身構えている相手には効きづらいため、油断させるか背後からかける必要がある。
『……!』
魔獣が動きを止める。
チャンスなのだが、ヴィルヘルムは事態を把握できていないため、攻撃に移らない。
くっ、この展開はヤバい!
完全に私が余計なことをして、連携不足で彼を死なせる!
「隠身法、解除! ……ヴィルヘルム! 油断してはダメ!」
「えっ!?」
透明になったままでは、無駄に彼を混乱させると判断し、私は姿を現した。
「君は!?」
「それはあと! 今は魔獣に集中して!」
「あ、ああ!」
金縛りで魔獣の動きを止めている間に、追撃を放とうと再接近する。
最強のギフトを持っていても、この戦闘は命懸けだ。
細かい話は互いに生き残ってからでいい。
「ウキーーーッ!」
再び如意棒で殴りかかる私。
ガキィ!
「なっ……」
だが、止められた。魔獣に。完全に背後からの攻撃だったのに?
しかも金縛り状態のはずで、動けないはずだ。
如意棒を受け止めたのは……蛇の頭だった。
「蛇!? なんで!」
ググッと凄い力で如意棒を引っ張られる。
「くっ!」
私は無理に引き合いをせずに、如意棒を消した。
それは想定外だったのか、蛇の頭はあらぬ方向へと向かう。
その隙に距離を置き、すぐにまた如意棒を手元に出す。
あくまで、この如意棒はギフトで生まれている物なのだ。
だから出し入れは自由。
『ィィイィイイイ!』
魔獣の背中の黒い泥のようなものが膨らみ、そして新しい頭が生えた。
「なん……」
「これって……」
頭はライオン。胴体からはもう一匹、山羊の頭が生えた。
そして尻尾は蛇の頭。
「キメラ……!」
「なんだって?」
その姿は、まさしくキメラだった。
ギリシャ神話の怪物、のはず。こっちの世界に輸入されている理由は不明。
というか、西遊記の世界観ですらない!
いったいなんだっていうの、この世界!
『グルゥゥ……!』
魔獣、キメラが金縛りを破り、動き始める。
私の動揺が反映されたのか、それとも体を操る頭脳が三つあるゆえか。
ただ、今度は私の姿を認識し、キメラは私に向かってくる。
「くっ!」
咄嗟に避けようと体が動く。筋斗雲ごと動かせばいいものを。
戦闘経験の足りなさと、能力使用の未熟さからくるタイムラグをキメラは許してはくれない。
『ガァア!』
「きゃあっ!」
衝撃が私の体を襲い、筋斗雲の上から弾き落とされた。
飛びかかってきたキメラの横薙ぎの攻撃をまともに食らったのだ。
「あぐっ!」
衝撃はとてつもなかった。間近に迫った魔獣の迫力に恐怖を覚えた。
「君!」
「……大丈夫よ!」
でも今の私の体は、金剛不壊。孫悟空の無敵の肉体だ。
熊の爪をまともに食らったら人間の体なんて抉り取られるらしいけど。
きっと、それ以上の衝撃だったはずのキメラの攻撃は、私を損なわなかった。
「……思ったよりうまくいかないわね」
私は孫悟空の力さえあれば、あらゆる物事をいとも容易く解決できると。
そう、どこかで己惚れていたらしい。
けど、ギフトを使うのは私自身なのだ。
いざ、本当の戦闘となれば、このように簡単に足元を掬われる。
……キメラを倒すことを諦めて、ヴィルヘルムを連れて逃げる?
「でも」
それでは、きっと問題の解決にはならない。
私の推測でしかないが、ここでヴィルヘルムの命と引き換えに何かが起きなければ、この領地を襲う脅威は解決しない。
本来の運命では出るはずのなかった犠牲が、私のせいで出ることになる。
それもきっと想定以上に大量の犠牲者が。
まさか、相手がこんなキメラだったなんて。
それに虎の頭部は確かに潰したはずだった。
なのに、蘇るみたいにライオンの頭になり、蛇や山羊の頭が生えてくる。
……おそらく、これにやられたのだ、ヴィルヘルムは。
倒したと思った相手が倒せていなかった。
〝偉大なる兄〟の格を落とさない、なんて親切で、ドラマティックな仕様。
強力な魔獣を満身創痍ながら倒せる実力を示す彼。
なのに魔獣は、より強力な存在となって復活する。
キメラの方が不意打ちで、卑怯な存在だと知らしめるギミック。
「……こっちを見なさい、バケモノ!」
如意棒を勢いよく振り回し、ダンッ! と力強く地面を打つ。
『グルゥ……』
恐怖に震える場面なのだろうが、今の私はアドレナリンが出ているのか、恐怖を無視する。
ヘイトを買って、私にキメラの注意を引きつける。
少なくとも私は一撃で殺されないと証明できた。
ヴィルヘルムが狙われるよりは時間が稼げるということだ。
なら、囮役は私がなるべきだ。
「ヴィルヘルム! こいつをどうにかしないと、たぶん他の魔獣も止まらない! 確証はないから、推測だけど!」
「……! わかった! 共に戦ってくれ、レディ!」
ありがたいことにヴィルヘルムは細かい疑問を飲み込んで要点を理解してくれた。
どうあれ、このキメラはここで倒すべきだと。そして共闘しようと。
流石は完成形お兄ちゃん。王家の評価が高い人物だ。
「もう一度、定身法! 止まれ!」
左手で剣指を結び、指差す。
動き始めようとしていたキメラの体が少し止まるが……。
『ガァ!』
今度はあっさりと金縛りが破られる! やっぱり面と向かっては効かない!
「伸びろ!」
まっすぐに突撃してくるキメラに向けて、如意棒を伸ばして迎撃する。
ドゴッ! という鈍い音がして、キメラの体が曲がる。
『ガァッ!?』
たぶん、パワー負けはしていない。頑丈さでも負けてない。
ただ、負けていないのは孫悟空部分だけで、私の部分が足りていない。
「悟空の真似をするだけじゃ、ダメってことね……!」
同じ力を使っていても、私なりのやり方を見出さなければ。
私とヴィルヘルムの、初めての共闘が始まった。




