35 心猿
「修行者……?」
「はい、陛下」
まったくの嘘ではない。
孫悟空の別名は『孫行者』。
孫悟空が三蔵法師の弟子となったあとの名だ。
あまり有名な名ではないし、作中、旅の間でも孫悟空と呼ぶ者が多い。
また、三蔵法師も別に『孫悟空』の名を剥奪したわけではない。
孫悟空が門下となるにあたって通り名をつけたとされている。
行者とは修行をする者のことだ。オッス、オラ、修行がしてぇぞ。
陛下の御前だし、ここにはギフト『真理の探究』を持つジュリアン氏がいる。
彼の能力は確認した限り鑑定系だと思うが『嘘を見破る』能力がないとは言っていない。
あったとしても他人に話さないだろう。
でも、ギフト名が『真理の探究』なら、その類は疑った方がいい。
そのため、下手な嘘はこの場でつけない。
また彼のギフトがなくても、陛下に私の嘘が通じるとは思えない面がある。
人間力の違い。人生経験の違いからくる深い洞察力。
それらで一国の王に、私が立ち向かえるとは思わない。
私だって公爵令嬢? だが私は純粋培養の貴族令嬢ではなく、前世の一般人根性が抜け切らない、もどきにすぎない。
完璧な嘘など、この状況では不可能だ。
ならば、本当のことを話すしかない。
けれど私のギフトについて、すべてを打ち明けるなどあり得ない。
『異世界の魔王』なんてそのまま伝えるのもナンセンス。
そんなのを教えるくらいだったら『曇りの聖女』のままでいい。
たとえ、その名が蔑称であろうと。
真実ベースで話しつつ、可能な限り私にとって都合のいいことを口にする。
多々ある孫悟空の属性・名前の中で、最も穏便なものが『孫行者』だろう、という話。
ゆえに『修行者』だ。
「……なぜ、その名なのだ?」
お、陛下。流石に純粋に疑問っぽい質問だ。いいわ、こっちのペース。
「私がこのギフトを授かった三年前。最初に思ったことは『このギフトにより何ができるか』ではありませんでした。私が最初に思ったことは『神から与えられる罰は確かにあるのか』です」
「神からの罰か。ヴィンセントにも似たことを言っていたらしいな」
「はい、陛下」
当然、嘘ではない。
「私はこの三年間、常にこのギフトを通じて、己の中にある善と悪について考えています。私は聖なる者ではない。ただの人間であり、悪辣な心や、怠惰な心を持っている。では、それらに身を委ねていいものか。力を振るえば、どうなるか。そんなことばかりを考えているのです」
陛下は口を閉ざし、続きを促がしてくる。
「心から善良であるがゆえに善行を為すのではなく。悪を為しえる身ならば、神罰を怖れよ。力に溺れ、悪辣な道を進めば神罰が下るだろう。ゆえに私は善行を為すべきであり、悪行を為すべきではない。このギフトは、そんなふうに私に語りかけてくるのでございます」
陛下は疑いつつも、私の言葉を聞き、その意味を考えている様子だ。
「それはたとえば、私の心の中に、暴れ者の猿がいるかのように」
「さ、猿……? 公爵令嬢の中に猿か?」
「はい、陛下。猿でございます」
国王陛下、困惑。頭に疑問符が浮かんでいる様子だ。
なんだったら回りにいる近衛や大臣も首を傾げている。
あと、ついでにG4とフィナさんも。漏れなく全員、クエスチョンマークだ。
「その猿は、落ち着きなく、暴れ者で、傲慢で、強欲です。そんな猿が私の心の中にあります。私は、そんな猿を、如何に律し、戒めるか。煩悩にまみれずにいられるか。それを考えます。この世のすべては一人で存在しているのではなく。多くの者との関係性の中にこそ存在する。他者との関係性の中で、私は如何なる役割を担うのか。空を掴むような、それらをいつか悟るべき者であれ、と。そのように、このギフトと向き合いながら思うのです」
私は堂々と胸を張り、祈るように手を組み、その言葉を紡ぐ。
陛下は困惑したまま、その立派な口髭に手を添え、かける言葉を探している様子だ。
「修行者というが、求道者の方がよさそうだな……?」
「ふふ、似たようなものでございます、陛下」
「そうか……?」
問答は終わりかな? よし、かなり煙に巻けた気がするわ!
「心の在り方だけならば、確かに聖女のようだな、マロット公爵令嬢」
「ありがたい言葉でございます」
陛下は、ジッと私を見下ろしてくる。私は堂々とそれを見返す。
「心を試されるようなギフト、或いは、公爵令嬢自身を戒めるようなギフトである。そういう認識でいいのか?」
「はい、陛下。まさしくそうであると、胸を張って答えさせていただきます」
「だが……」
陛下はそこで視線をずらす。
「マロット公爵令嬢は、そこにいるアイゼンハルト家の次男を打ち倒したと聞く。それはどう説明する? また、その心を試すようなギフトはなぜ、空を曇らせるのだ」
「……まず、空を曇らせる力は、私の在り方を試すことに繋がっています。私は、かつて我が父に、空を曇らせることができるならば、雨も降らせることもできるのではないか。そう問われたことがございます。ですが、三年前の私は、それを『できない』と答えました」
「今は違うと?」
「その断言はできません。ただ、大いなる存在、大いなる自然に許しを乞えば、それも可能である。そのように考えるようになりました。これは三年の月日と、常に我が心に問い続け、また大いなる存在に感謝をし続けた結果であると、そう感じております。私が傲慢に、いつでも雨を乞えるなどと口にすれば、きっと私のギフトは応えてはくれなくなり、雨は降らないでしょう」
呼風喚雨は、孫悟空の力というより天候を操る神様の力を借りるイメージだからね! 脅して!
「私自身が、このギフトで、いつでもはっきりと『できる』と言えるのは、やはり雲を呼べることのみである。そのように宣言するしかありません」
「アイゼンハルト家の次男に打ち勝てた理由は?」
陛下、地味にアイゼンハルト卿の傷口を抉ってくるわねぇ。
「それは一つに、あの授業の試合の時は、アイゼンハルト卿が慢心しており、私を見くびっていたことがあるでしょう。彼の心まで私にはわかりませんが」
「それだけで騎士の中でも指折りの実力を持つ彼に勝てるのか? マロット公爵令嬢が武に秀でているとは聞いたことがないが」
「そうですわね。そちらも確かに……私のギフトかもしれません」
「どういう力だ?」
「おそらくは棒術……? でしょうか。あの時、授業で使う木の棒を手にした時に、驚くほどの力が湧いてきたのです。誓って言いますが、あの時まで、私にそのような力があるとは自覚しておりませんでした」
「棒術、それが『修行者』の力なのか?」
「はい、陛下」
「……なんの関係がある?」
私はそこで首を横にゆっくりと振る。
「私もその意味を考えました。そして、このギフトが示すもの。そう考えた時に、私が至ったことはございます」
「それはなんだ?」
「それは、心が正しく、善良でありながら、しかし弱き者。そういった者を、時に守り、導き合い、共に歩むためにある。そう思ったのでございます」
私はそこでフィナさんに顔を向けて、彼女を示した。
「聖女の手助けとなるように?」
「私のギフトに武の力が含まれるとすれば、きっとそれに似た、善なる行いのためだと。私はそのように考えております。守るべき者が聖女とは限らないかと。彼女のように、正しいが弱き者を救う力とならんことを願っております」
私は言い切ってみた。どうだ。
「……参ったな。煙に巻くような答えにしか思えないのだが、どうにもマロット公爵令嬢が、心から嘘をついているように思えない。今この場で用意した、適当な言葉ではない説得力も感じる。本当に常にその道について考えていた、そのような迫力もある。うーむ……」
それはたぶん、前世の宗教的な考えを取り入れているからですね!
「……だ、そうだが。アイゼンハルト家の次男よ。お前はそれで、もういいか?」
陛下が私に向けていた矛先をずらした。
私たちの間に確執があると判断しての問答かしら。
「今ので納得されるのですか……!?」
「私は納得したがな。ただの出任せ、口先だけの言葉ではない〝重さ〟を感じた。少なくとも、マロット公爵令嬢が、己がギフトについて常に問うてきたというのは嘘ではないだろう」
「しかし……!」
「あと、お前の先程の疑惑の言葉は、言いがかりにすぎない。公爵令嬢に疑いをかけるにはあまりに弱い。罪を問いたいというのなら、もっと確たるものを示せ」
「っ……!」
「たかが授業で一度、負けた程度でその有様か。アイゼンハルト家の次男こそ、マロット公爵令嬢のように心を鍛えるべきだな。ギフトを手に入れても、お前の兄のようにはなれないか」
「なっ……! くっ……!」
うわ。なんか今、かなり深めに彼の精神を抉らなかった? 陛下、容赦なし。
「もし、マロット公爵令嬢が許可するなら、再戦の場を設けてやってもいいが」
「……!」
アイゼンハルト卿が待っていましたとばかりに顔を上げる。
いやいや、私になんの得もないし。
「私の負けで構いませんわ、陛下」
「なっ……」
「そうか?」
「ええ。私はそこまで彼との勝ち負けに拘っておりませんし。再戦した場合は、当然、アイゼンハルト卿が勝つのでは?」
「ははは! そうかもしれないが、マロット公爵令嬢。それは〝勝ち逃げ〟というのではないか?」
「男性同士、騎士同士ならいざ知らず。私にそう言われても困ります。逆にアイゼンハルト卿に聞きたいのですが、貴方は私と再戦した時に、万が一にも私に負けるとでも思うのですか? 貴方は騎士なのに?」
「それは……! だが」
「だが、何か?」
「……あの時の、力は、もっと」
あ、これ。あれかしら? アイゼンハルト卿は、確かに実力があるゆえに。
私の中に孫悟空を感じて『この女は只者じゃない!』と思っているとか?
だからヒロインちゃんではなく私に執着している?
『こいつ、強い!』と無意識で認めているから私に絡んできていたのね!?
つまり〝強ぇ奴〟と戦いたい系男子! しかも無自覚!
……いらないわー!
「陛下!!」
そこで謁見の間が乱暴に開かれ、陛下が呼ばれた。
どうやら伝令らしき者が訪れたらしい? かなり急ぎの様子だ。
「アイゼンハルト領で、魔力を帯びた異常個体の獣たちの氾濫が……! 〝魔獣〟が溢れ出しました! 至急、応援を要請すると!!」




