34 問答
何やら言い出したアイゼンハルト卿を、ひとまず無視して私は陛下を見上げる。
陛下は沈黙。何もおっしゃらない。
とりあえず様子見といったところか。まぁ、そうよね。
あるいは陛下も、私がどう出るか見定めている。
隣にいるフィナさんはムッとした表情。
今にも口に出して言い返したい様子だが、陛下の手前、我慢している。
態度や表情に出ているのが難点だが、理性は充分に働いているようで安心だ。
さて、問題のアイゼンハルト卿だけど。
一言で言えば〝解釈違い〟ね。
何がって、乙女ゲームのヒーローとして。
別に性格破綻者がヒーローであっても問題はない。
とくに他にもヒーローがいて選択できるタイプなら、なおさら。
『ああ、ヒーローの一人はそういうキャラね』と思うだけだ。
男性向け作品でも、女性向け作品でも似たようなものだが、クズキャラだって需要がなくもないのである。
もちろん、フィクションに限った話ではあるが。
問題は、アイゼンハルト卿の場合、〝執着〟が私に向けられている様子なこと。
これがフィナさんへ執着が向けられたうえでの態度なら別にいいのだ。
あとは、私が彼の見た目だけを好んで、彼にすり寄った時には冷徹に追い払うとか。
ヒロイン以外には嫌悪感が剥き出しの態度であっても問題ない。
でも、明らかに彼は、私への怒りか嫌悪で言葉を吐き出している。
フィナさんが眼中に入っていない。これがヒーローとして解釈違いなのだ。
まだヒロインに好意を抱いているフェーズではないから?
ひたすらに誰かに向けての敵意やコンプレックスを抱き続けるキャラを、のちのちヒロインカウンセリングで絆し、心での決着をつけさせるルート?
しかし、そのルートをやるには、今のアイゼンハルト卿では足りない気がする。
何が足りないかというと、こう、〝闇〟が。
だって彼、順風満帆な人生でしょう? 家柄もいいし、ギフテッドだし。
私に執着する理由が、あの授業での敗北だとしたら、それまで彼は負けなしだった。
少なくとも執着してしまうほどの負けは今までなかったのだ。
だから私が許せない。プライドが傷つけられた。
推定原作でも、その通りのシナリオだったのか知らないけど。
そういうキャラの『あいつにだけは勝てなくて、いつか必ず勝ちたい』路線をやるなら、その対象を悪役令嬢にするかしら?
とくに私の場合、普段から文武両道で、剣の腕も立つならともかく。
たかが授業で、それもギフトを使って一勝しただけ。
その役回りには不適格だろう。それにも拘わらず、彼のこの態度。
……推定原作は、悪役令嬢もの?
主人公がフィナさんなら違和感を持つが、私が主人公の物語だとしたら彼の態度も納得だろう。
元からヘイト役ということだ。他のG4にも正直、その気配はある。
でも、それはギフト持ちが、推定ラスボスの私に対して、本能的に嫌悪感を抱いている結果の可能性も否定できない。
少なくともフィナさんは、ちゃんとしたヒロインな気がするのよね。
悪役令嬢もののライバル役とは思えない。
だから悪役令嬢が主人公ルートはないと思っている。
そうなると、アイゼンハルト卿はまだヒーローとして未熟であり、未完成なのだ。
アイゼンハルト卿がここからフィナさんのヒーローになるとすれば。
それは、たとえば身近な人の不幸があるとか?
好きだった、憧れだった女性がいて、その人が死んでしまうとか。
そういう〝闇〟展開があって、傲慢だった性格が激変するエピソードを挟むことで、ヒロインちゃんのカウンセリングを受けて初めてヒーローとして完成するのが鉄板シナリオかな。
そういう事件がこの先、アイゼンハルト卿に起こるのかもしれない。
つまり、今の彼の相手をしても疲れるだけということだ。
現在のアイゼンハルト卿は、ただのクソガキである。
あと、冤罪をかけられるのは孫悟空も悪役令嬢も、もはや様式美だ。
彼が勝手にブチギレだした時には如意棒でタコ殴りにしてやればいい。
そういう孫悟空メンタルがあるので、私は冷静になれる。
疑われても、嫌われても、不安にならない。
へぇ、ほぉん、ふぅん、あっそう。それで? だから? である。
「私からも質問します、陛下」
「……ああ、マロット公爵令嬢」
「ギフトの複製用魔道具を、そのような末端の者たちが所有していたということは、相応の数が量産されているということでしょうか。それとも聖女誘拐に合わせて、特別に持たされた?」
私はアイゼンハルト卿の言いがかりじみた言い分をスルーして質問する。
「……!」
私が何かしら言い訳でも始めると思っていたらしいアイゼンハルト卿が表情を歪めるが、無視。
人間、なんだかんだ無視が一番効くのである。
相手にせず、無視して、暴力に訴えてきたなら、こっちの正当防衛でぶちのめす。
幸い、アイゼンハルト卿は『言ってやったぜ、俺の勝ち、はい論破!』とかのタイプではない。
無視しただけで、ぐぬぬして悔しそうだ。効いてる効いてる。ウキキ!
「正確な把握はできていない。連中も知らないことが多そうだからな。どちらかといえば後者であろう。聖女の誘拐に合わせて持たされた。もちろん、末端の者に渡せるほど、数を揃えている可能性は否定できない」
「その水晶らしき物の材質はわかっていますか? 材料がわかっているのなら、そこから裏にあるだろう組織の拠点を割り出せるかもしれません」
「それはまだ確かめていない。のちに進めるだろうが、まずは諸々の確認が先だ」
「わかりました。最後に一つ、手に入れたその魔道具は、誰かが使用してみましたか?」
「いや、まだだ。そもそも、そこにある物には、まだなんのギフトも複製されていないらしい」
未使用品か。そりゃあそうよね。
たぶん、私が奇襲したことが想定外だったはずだ。
推定原作でも、あの場に突撃したのはきっとアイゼンハルト卿だったに違いない。
その場合は、フィナさんかアイゼンハルト卿に使用された可能性もあるかも?
でも、私が奇襲した時、私は隠身法で透明化していたし、霧で視界を奪っていた。
ギフト複製可能な魔道具なんて、あるとは考えもしていなかったので、隠れて行動したのは大正解だったのだろう。
これからは本気で気をつけないといけないわね。
孫悟空の力は、何者にも奪われてはならない。
私が力を奪われたせいで、誰かを死なせてしまうかもしれないのだから。
「アスティエール嬢、其方からは何か質問はあるか?」
「え、は、はい! ええと、そうですね」
フィナさんは私がアイゼンハルト卿の疑惑を華麗にスルーしたことで、感情の行き場を失っているらしい。
たぶん、私が喧嘩を買っていたら加勢してくれていたんだろうな。
「……これからも私たちは狙われるのでしょうか」
フィナさんの問いにハッとする。
そうだ。そこがおそらく私たちが呼び出された本題だろう。
自衛しろ。さらに、どう身を守る?
そういうことを陛下だって伝えたかったはずだ。
「残念だが、そうなるだろう。確かにギフト持ちはこの国では、お前たちだけではない。だが、お前たちのことを特別視する者は多く、中でも『聖女』の注目度は高い。アスティエール嬢は身をもって理解しているだろうな」
「……はい、陛下」
「ゆえにお前たち六人には王家から護衛をつける」
「護衛」
「ただ、それぞれの家門で護衛をつけるのならば、連絡員を送る程度で済ませるつもりだ。動ける人間の数は限られているからな」
そうなると、これは実質、下位貴族のフィナさんに対する王宮から護衛の打診か。
ほぼ強制のようね。私の場合は断って家を頼るもよし、王家に任せるもよし。
「……必要ない者もいるだろうがな」
なんかアイゼンハルト卿が、まだ小声でぶーたら言っている。陛下のお言葉の途中ですけどぉ?
「…………」
そこで陛下が口を閉じられた。
誰もが動かず、陛下の次の発言を待つ。
そして、軽く息を吐き出したところで、陛下は口を開いた。
「カーマイン・マロット公爵令嬢よ。今度は私から質問がある」
「……はい、陛下」
ここで名指しか。さっきのアイゼンハルト卿の疑惑のせい?
それとも元から何か聞くつもりだった?
「お前のギフトについてだ。以前から、語られている以上の何かがあることはわかっている。それはマロット公爵令嬢も隠してはいないだろう? ヴィンセントにも打ち明けたそうだな。加えて、ジュリアンが視たことを否定もせず、隠すように頼んでもいない」
そういう報告は上がっているか。当然ね。
「それならば、なぜ、そこまでギフトについて明かさない? お前も自分の評価は聞いているだろう。『曇りの聖女』。聞こえはいいが、本物の聖女が現れた今、その名は侮蔑の名に等しい。ハズレギフト、偽ギフト、ギフトもどき。空を曇らせることしかできない公爵令嬢。そのような評価を甘んじて受け入れることなどあるまい」
そう言われても、明かすわけにはいかないだろう。いろいろな問題がある。
ジュリアン氏のギフトですら、あまり価値のない情報しか見抜けなかったなら、余計にだ。
「……私は気に入っておりますよ、曇りの聖女の名を」
なんだったら、このままハズレギフトと思われていた方がいい。
ギフトの複製技術なんてものがなければ話が違っただろうが……。
今となっては、私のギフトの詳細を大々的に明かすわけにはいかない。
「もし、マロット公爵令嬢のギフトが、より有益なものならば、友人であるアスティエール嬢を狙う勢力を二分することもできるかもしれない。そう言ってもか?」
私のギフトが『聖女』と同格なら、狙いを分散させられる?
逆にここで明かさないことは、フィナさんを矢面に立たせ、危険を押しつけるようなもの。
そういうことかしら。
見ようによっては友人を囮にしている卑怯者、か。
しかし、どんな汚名を被ろうとも、隠した方がいいことは変わらない。
「ハズレギフトの侮蔑も、卑怯者の汚名も、甘んじて受け入れますわ、陛下」
「……それほどか」
隠せば隠すほど知りたくなる、興味を抱く。それは陛下も同じなのだろう。
教えるわけにはいかないというのに。
「では、詳細はよい。せめて、そのギフトの名を教えよ」
「ギフトの名、でございますか」
「ああ。教会の者や我らには読めぬ字だが、ギフトを授かった当人のお前には読めていたと聞いている。ならば、その名だけでも、ここで告げよ」
ピリリとした空気が場を包む。
陛下の譲歩。これ以上はない一線だ。ここではもう沈黙は許されない。
だが。
「陛下のおっしゃる通り、私にはギフトの示す名が読めております。ですが」
「なんだ?」
「ギフトの名を示すその文字列は、おそらくこの国では意味を持たないでしょう」
「意味を持たない?」
「はい、陛下」
事実だ。孫悟空などと言われても、純粋なこの国の人間には理解できない。
「しかしながら、陛下。もし、この国の、我らが理解できる言葉で、このギフトの名をつけるのであれば、明かすことができます。このギフトの意味を示す名を」
「ならば、それを明かせ、カーマイン・マロット」
陛下の目が、この場に集まった人々の目が、すべて私に集まり、耳を澄ませる気配が伝わってくる。
私は呼吸を整えて、その名を口にした。
「──修行者。それが、最もこのギフトを示す名に相応しいでしょう」




