31 解析とお呼ばれ
新生徒会役員が決まり、私たちの仕事も終わり。
ブランシー公爵令嬢が生徒会長となり、アイゼンハルト卿、ベネディクトさんたちも生徒会役員入り。
ただ、ヴィンセント殿下は自分がいたら、やりにくくなるだろうということで役員入りを辞退された。
というわけで、残り二枠は女子生徒がなる。いずれも高位貴族出身者だ。
「派閥争いというと」
「ん?」
「これからブランシー公爵家の力が強くなるということなんですか?」
純粋な質問をしてくるわねぇ、フィナさん。
「元々、家格でいえばブランシー公爵家もマロット公爵家と遜色ない家門なの。学園で公爵令嬢本人が評判を上げていけば、充分にヴィンセント殿下の婚約者になり得るわね。そうすると、派閥的には強くなっていくのは間違いないわ」
「ええと、それはマイン様のお立場的には大丈夫なんですか?」
「そもそも私が殿下の婚約者候補になったのは家格に加えてギフトを授かったからなのだけど。私のギフトが王家に有益とは判断されていないからね。だいたい、現状の王国にギフトが必要なのかというと、そうでもなさそうだし。家格だけで決めてもいいんじゃないかしら?」
ギフト持ちが王族の伴侶候補として優遇されるのは、それだけで教会からの評価も高くなり、市井の民にも人気が出やすいからだ。
別に王国法の決まりとかではないし、教会からの圧力でもない。
だから、ブランシー公爵令嬢が殿下の妃になることには、なんの問題もない。
本人が望んでいるかは知らないけど。確か彼女にも婚約者はまだいないはずだ。
「その結果で、私に何か言ってくる人はいるでしょうけどね」
「……大丈夫なのですか?」
「個人的には平気かしら」
転生者だけど、前世の個人情報は喪失している私。
それでも、明らかに成人済みというか、正直言いたくない年齢層だったはずだ。
もちろん、今の精神は肉体の若さに引っ張られているとはいえね。
現実のイケメンことG4を前にしても、あんまりときめかないというか。
せめて、もう少し年上がいいなぁ、という気持ちがあったり、なかったり。
だって、高校一年生相当の男子はねぇ。
いくら格好いいと言われても流石にアウトでしょう、という感覚があって。
フィクション作品だったら、あくまで主人公基準で年上か、同年代かを感じるタイプなので、別に若者の恋愛物でも楽しめるのだ。
それが現実となると、ちょっと……ってね。
「フィナさんの方はどうなの? 縁談はあるの?」
「ええと、私の家も、その。学園で相手を見つける方針です」
「そうなのね。子爵家に他に子供は?」
「いいえ、私が実子で、一人だけです」
彼女は領地で暮らしていたという。
子爵家で娘が一人か。順当に考えると婿入り相手を捜す必要がある。
候補がいないわけではないだろう。
爵位を継げない貴族男子はけっこうな数がいるのだ。
彼女ほどの器量ならば選び放題といっても過言ではない。
それ以前に普通にヒロインちゃんっぽいからお相手はG4。
それ以外の誰かと今の時点で婚約しているはずもないか。
推定乙女ゲーム世界だとすると私は、ヒロインちゃんが殿下と結ばれるまではヴィンセント殿下の婚約者候補のまま独り身。
これ以上待てないだろうという時期になって、ようやく婚約者候補の話が取り消しになる。
そこで『ふざけないで!』と怒って暴走するパターンかしら。
華の時代を、おめおめと王家都合で浪費された挙句にノーフォローで放り出しだもの。
そりゃあ、ヒロインちゃんへの恨みも募るだろう。
ただ現実の私の場合は、精神年齢と前世の結婚適齢期の感覚、さらに最強のギフトもあるせいで、別に独り身でもよくない? それより趣味に生きたいわ、という感覚がどうしても強い。
今さら好きな人とか、できる気がしないのよねぇ。
私より強い人としか結婚しないわ! ……とかやるとフラグが立ちそう?
孫悟空より強いって何かしら? 太上老君? 破壊神?
「今、誰か気になる人とかいるの?」
「気になる人ですか……」
ドキドキ、ヒロインちゃんの好感度診断!
友人キャラとして攻略情報を教えるよ!
「それは、やっぱり」
「やっぱり?」
「マイン様です」
「私」
「はい」
薄々思っていたけど今、確実に彼女の人生を滅茶苦茶にしている気がするわ。
「貴方がどういう意味で言っているのかわからないけど。ひとまず貴方のご両親と相談して、近場の領地の男性でも、貴方の縁談相手として調べさせましょうか」
「ええ?」
一世一代の告白? と思っていたけど、スルーされたことにはとくに傷ついた様子はない。
そこまで重い感情じゃないかな? ならセーフ。
「マイン様、夏季休暇に子爵領に来てくれるのは本当でしょうか」
「ええ、もちろん貴方や貴方の家に都合が悪いなら控えるわ」
「そんなことありません! 私、嬉しいですから! 両親も説得してみせます!」
「ふふ、ありがとう。まぁ、でも無理はしないでね」
「はい!」
フィナさんと他愛もない会話をしているところにジュリアン氏がやってくる。
「マロット公爵令嬢」
「あら、ジュリアンさん」
「ゲームは私の負けのようです」
「ヴィンセント殿下は辞退しただけで、生徒には選ばれていたわよ?」
「どちらにせよ、私の負けというルールを決めましたから」
「そういえばそうね」
「それでは、さっそく」
なんだか負けたくせにずいぶん乗り気ねぇ。
「あの、ここで? 書くのですか? 秘密にしたいのでは」
選挙結果が決まった舞台裏だ。私とフィナさんはそこでおしゃべりしていた。
「わざわざ個室に移動したくもないでしょう」
「まぁ、手間だからね。いいわよ?」
ジュリアン氏が台を持ってきて、私をジッと見つめてくる。
「なんだかドキドキしますね……」
普通に横にいるフィナさん。他意はないのでしょうけど。
もう少し警戒した方がいいかしら? 彼女は転生者ではないと思っているけど、どんでん返しで、これまでのすべては演技でしたパターンも一応。
「フィナさん、流石にちょっと離れていてもらえると」
「あっ、す、すみません、そうですよね! すぐ離れます!」
彼女はあっさり引いてくれた。そしてバビュンと走り去っていく。
やっぱり裏はなさそうかしら。
実は転生者で、こちらのギフトを探りにきているというわけではないか。
「……仲がいいですね」
「おかげさまでね」
「私は何もしていませんが」
「……皮肉だけど」
「そうですか」
マイペースすぎる。
それはそうと、ジュリアン氏がギフトで読み取ったらしい文字列をどうにか紙に書き出していくのを見る。
彼からすれば、文字として認識していないもののはずだ。
学んでいない日本人がアラビア文字を見る感覚とすると、書き写すだけでも相当困難なはず。
しかも、私が現在までに使用できた能力すべてが書かれているとしたら?
「あの、参考までに聞くけど」
「はい」
「貴方のギフトで視える私のギフトの詳細は、どの程度の文字数がありそう?」
「……かなり、大量に」
でしょうね!
どうやら一言で『孫悟空の力』と括られてはいないらしい。
だめだ。これは付き合っていられない気がする。
「あー……ちょっと、ストップ」
「なんですか?」
「今の時点での最初の文字を確認するかぎり、私の想定は合っていると思う」
紙には歪ながらも『斉天大聖孫悟空』と読めなくはない文字が書かれている。
しかし、日本語も漢字も、存在さえ知らない人物にこれ以降を書かせるのは酷だ。
現時点で、どういう能力が使えるのか? は大した問題じゃない。
それは私が勝手に試してみればいい話だ。
ジュリアン氏のギフトを借りてまで確かめたいことは、一点。
「私が書く文字と似た文字がないか、それを探してみてくれる?」
「……いいでしょう」
私は『仏罰』『五行山』『封印』とまず書く。
それから緊箍児……。うう、読めるけど書けない。
『きん』の字すら、これで合っていたっけ? となってしまう。一番知りたいことなのに。
「……三文字の文字列で、能力の名を示すもの。それで三文字目が『児』……こう書かれているものを重点的に探して」
「わかりました」
「それから」
気になっている『不老』と『不死』『長寿』だ。
他に気にすべき点は……『返却』『返す』『太上老君』。
必要な文字列を書き出していき、ジュリアン氏が読み取るを待つ。
駄目で元々のつもりで、あまり期待せずに。
「……貴方が書いたこれらの文字は、何を意味するのですか?」
「書かれているままだけど、そういうのは読み取れないの、貴方のギフトで」
「……暗号ですか?」
「違うけど」
「…………」
日本語であったとしても、明確に意味を持つ単語類だ。
それを見ても読み解けないのか。彼のギフト、失礼だけど微妙なのでは?
自動翻訳的な使い方はできないらしい。
じゃあ、外交文書とかをギフトでどうにかできるわけじゃないのか。
「まず、こちらの三点は見当たりません」
ジュリアン氏が指差したのは『返却』『返す』『太上老君』だ。
ということは芭蕉扇、幌金縄、紫金紅葫蘆などの返却は不要?
なんと太っ腹な。ありがとうございます、太上老君。
この孫行者、感謝いたします。
でも、読み落としとかが怖いので、一応、あんまり使わないように心掛けます。
「こちらの文字列も……ない、はずです」
『不老』『不死』『長寿』が〝ない〟。
「……まぁ」
これは朗報! 流石にギフトで『不老不死』は与えなかった!
じゃあ、私が警戒していた一部が気にしなくていいことに!
十七歳になってから解禁しなくてもいい?
……いえ、今の時点ではないけど、あとから生えてくるパターンもあるか?
やっぱり、適度に警戒はしておくべきか。
「ただ」
「え? 何かある?」
「この字はあります」
「どれ?」
「こちらです」
指差されたのは『不』の文字。うーん、どこで使われている文字かしら。
「その文字に連なる文字列は気になりますか?」
「一応、書いてみてくれる?」
「わかりました」
ジュリアン氏が『不』の回りの文字列をどうにか書き出していく。
書かれた文字は。
「……金剛不壊」
かしら? そうよね、たぶん。
金剛不壊とは、孫悟空の肉体のことだ。
いかなる刃物も火も雷も通さない、ダイヤモンドのように頑丈な肉体を示す。
私が火に巻かれても燃えなかった、その理由だ。
……ただ、この金剛不壊の肉体を孫悟空が得たエピソードは問題だ。
その理由こそ、天界の食べ物を食らい尽くしたうえで、炎に焼かれるなど、いろいろとあって手に入れたものとなっている。
不老不死になったのは天界の食べ物を飲み食いしたせい。
つまり、私が恐れている『不老不死』こそが、この肉体の下地なのだ。
「……もしかして」
ギフトは、これまでの経験からしてオンオフができる。
ということは、この金剛不壊の肉体もオンオフ可能。
ならば、不老不死になっているとしても、それもオンオフ可能?
使用している間だけ歳を取らない可能性がある、それだけ?
「思ったよりも融通が利くのかしら」
「……続けてよろしいですか?」
「ええ。その続きはなんと書いてあるの?」
流石に期待しながら、続きを待つ。
書かれたのは『孫悟空の肉体』。うん、そうね。で?
期待した私を裏切るようにジュリアン氏はペンを止めた。
「……え? まさか」
「これだけが続きに書かれています」
「これだけ……」
「はい」
私はジュリアン氏の目を見る。彼は目を逸らさない。
嘘はついていない? まさか、詳細までわからないというのか。
このギフト、薄々感じていたけど、もしかして私の前世知識頼りでは?
私が何も知らない転生者だったら、本気で役立たずギフトだった可能性がある。
あるいは『耳が超良くなる』『身体能力が向上する』など、パッシブで発動しているものだけしか活用できなかった可能性。
それが本来の悪役令嬢な私? ……物理で暴れていたのかしら。
「……では、他の文字列を」
「はい」
ジュリアン氏が次に示した文字は『児』。
「……これは文字なのですか? 複雑怪奇な形にしか見えませんが」
「正直、私もそうね」
ひらがなやカタカナはともかく、漢字はどうかと思う複雑さがある。
ジュリアン氏が書き出した文字は、おそらく『緊箍児』。
漢字を知らない彼が書いたせいで余計に読めない。
私が求めていた情報なのだが。
「…………」
孫悟空の頭の輪。まさか。
「これだけ?」
「はい」
「これだけ……」
マジか。思わず前世の素が出てしまう。
なんにもわからない。役立たずなのか、ギフト情報として羅列されているのが本当にそれだけなのか。
いや、彼のギフトがなければ元から不明だったのだ。
それを考えると情報があるだけマシなのか。
いえ、これならあってもなくても同じ……。
「こちらの文字列は見当たりません」
『五行山』『仏罰』『封印』だ。
「まぁ、そちらは……ギフトには刻まれていないと思っていたけど」
参考までにということで『幽閉』も書き出して、確かめてもらう。
幽閉という文字列も見当たらないそうだ。
「…………」
これまで懸念していたことは、私の考えすぎの可能性は、それなりに高い。
実は私は、このギフトを好き放題に使っていいし、暴れ回ってもいいのだ。
いや、暴れ回っていいはおかしいけど。
いや、でも『五百年の幽閉』はギフトに内包されていなかったとしても『緊箍児』が内包されていることは確定した。
そりゃあ、そうだと思う。
孫悟空といえば、如意棒、筋斗雲、緊箍児なのだ。外すわけがない。
芭蕉扇や幌金縄の返却も、おそらく不要。
別に孫悟空が辿ったエピソードを再現するギフトではないのだ、きっと。
あくまでギフトを授かった者に、使い方が委ねられている。
「……警戒すべきは緊箍児だけ」
でも、ということはやっぱり暴れ回るのはナシじゃない?
三蔵法師が緊箍児を発動するのは、孫悟空を戒めるためだもの。
三蔵不在の孫悟空単体でも、別にそれはギフトとして再現可能だろう。
なので概ね、善行を為し、悪行を戒めるべきなのは変わりない。
緊箍児があるということは、三蔵法師の弟子の時代の孫悟空だ。
けれど、思ったよりは警戒しなくてもいいかも……。
少なくとも不老不死と五百年の幽閉という恐ろしい逸話の再現はされない可能性が高くなった。
「……どうですか。貴方の知りたいことはわかりましたか」
「ええ、だいたい。あと、仮にジュリアンさんの『真理の探究』でこの文字列が読めたとしても、あんまり意味がないと思うわ」
「意味がない?」
「ええ。今、貴方が示したことが正確なら、貴方のギフトはなんの詳細も伝えていない」
「……そうなのですか」
ジュリアン氏は拍子抜けした様子だった。それから彼が何かを言いかけたところで。
「ジュリアン、ここにいたのかい」
ヴィンセント殿下が割り込んでくる。
私は驚きつつ、すぐに礼を取った。
「ヴィンセント殿下、どうされましたか?」
「ああ、ちょうどいい。カーマイン嬢も一緒にいるね」
見ると、そこには他のG4が揃っているし、フィナさんも一緒に戻ってきていた。
何かしら、この面子。
「カーマイン嬢、ジュリアン。君たちも一緒に、これから王宮に来てもらう」
「……はい?」
王宮?
「なぜでしょうか」
「父上、国王陛下からの呼び出しだ。ギフトを持つ私たち全員をね」
「……なぜ」
「さぁ?」
「ええ……?」
まさかの国王陛下からの呼び出しで王宮へ。
国政を担う魑魅魍魎が蔓延る伏魔殿に? 嫌な予感しかしない!
次回、お呼ばれ伏魔殿・西遊記、すべからく見よ!




