29 派閥争いと問答
通常の学園生活をこなしつつ、選挙管理委員会の仕事もする。
といっても、そこまでの忙しさはない。
セシルはあれから、別に気まずそうな態度も見せない。
悪びれていないというべきか。
ただ、私にコナをかけることはやめたようだ。
じゃあ、フィナさんに声をかけるのかというと、そうはしないらしい。
もしかして身分で相手を選んでいる?
でも、フィナさんは『聖女』なのに。
……まぁ、聖女に実権があるかというとないのだけど。
「あとは告知だけですね。まぁ、単純なことですから」
「そうね」
前世の選挙と違い、所詮は学園内の選挙だ。
もちろん、動かすお金と権力があるので洒落ではすまないが。
「それにしてもさ」
だいたいのことが決まったあとで、セシルがこぼす。
「よくやるよね、公女様も」
「何がかしら」
「いやぁ、選挙なんてさぁ。派閥争いの激化を狙っている?」
「「派閥争い」」
私とフィナさんが声を揃えて言葉を繰り返す。
「え、何その反応」
「……んー? 別に」
「やっぱり学生の間でもそういうの、あるんですか?」
あ、ヒロインちゃん、私と同じだ。
派閥争いとか、なーんにも気にしてない。
私もだ。公爵家の娘なのに。
前世の記憶に加えて、ギフトをどうするか、乙女ゲームの世界ならば立ち回りはどうするか、ばかりに目をやって、現実的な問題に目を向けていなかったのだ。
公爵令嬢失格。
派閥といえば、マロット公爵家の派閥もあるはずだが……。
そちらの把握もずさんだ。
第一王子の婚約者候補だが、元からなる気もなかったし。
家は、年齢が少し離れた弟が継ぐ方向に進んでいる。
じゃあ、私はどうするかの話は宙に浮いたままだ。
「…………」
「……もしかして、気にしてなかったか、公女様」
私は目を閉じて、呼吸を整えてからスマートな対応を心掛ける。
「参考までに貴方の知っていることを教えてくださる? ランバート伯爵令息。アスティエール嬢も聞きたがっている様子だから」
「え、はい、そうですね。聞きたいです!」
「はぁ……」
くそぅ。今、確実に呆れられた! でも、これは私が悪い。
せめて何もダメージはない風に装っておく。
「まぁ、いいけどさ。この国で派閥争いといえば、まず王族の誰につくかだな」
「それは、ええと。ヴィンセント殿下だけでなく?」
「そうだ。第一王子殿下と第二王子殿下、第一王女、第二王女。誰が次の王になるか? 貴族たちもそのことに注目している」
第一王子がヴィンセント殿下。その二つ年下に第二王子殿下。
年齢はヴィンセント殿下が十六歳で、第二王子殿下が十四歳。
第三王女殿下は十二歳、第四王女殿下は十歳だ。
第二王子殿下がギフトを授かったという話は聞いたことがない。
同じ年齢がいないのは、全員が王妃様の子供だから。
よくありがちな側妃や第二王妃などはいない。
だから、母親の権力違いで王子の差は出ない。
純粋な王子同士の実力、素養、年齢が判断基準となる。
もちろん、どれだけの貴族に認められるか、市井の人気も条件になるだろう。
「ヴィンセント殿下が王太子になるのではないですか?」
うんうん。素直な意見のフィナさんに私も同調する。
「順当に考えるとそうなる。殿下はギフトも授かっているし、それに」
そこで視線を私に向けるセシル。
私が婚約者になればマロット公爵家の後ろ盾もつくと。
私も立派に派閥争いに巻き込まれているわけだ。
「でも、派閥ってのはそれだけじゃない。当然、貴族内でもある。中立だったり、他の高位貴族と相容れなかったりな」
マロット公爵家に敵対する派閥があるかというと、敵対といえるほどバチバチと争っている家はない。
そこまで単純であれば、例の襲撃事件の黒幕も簡単に割り出せたのだろう。
「だから、大人しく殿下を生徒会長に据えればよかったものを、選挙なんて形にしたら、いろいろと工作をしたがる連中が現れるだろう、ってな」
「生徒会役員に誰がなったからって、貴族間の派閥に変動があるんですか? 生徒会がすることは学園内のことだけですよね」
「まぁ、そうだけどな。実績にはなるだろう。とくに第一王子殿下を抑えて選ばれたとなれば、注目されるし、評価される」
「へぇ……」
「ふぅん」
「あんたらな……。本当に貴族令嬢か?」
そう言われて、私とフィナさんは互いに顔を見合わせ、苦笑いする。
選挙管理委員会の仕事は、一学期中に終わる予定だ。
つまり、その段階で新生徒会役員も決まる。
選管メンバーは新生徒会には選ばれない。不正防止のためだ。
なので、私もフィナさんも新生徒会に入らない。
果たして、それが乙女ゲームの展開阻止につながっているのか。
今となると、もうあやしいかな。
前回の休日で起きた事件はいかにもイベントだった。
私以外が天然ものである以上、避けられないのかもしれない。
私に飛び火しないのなら、誰と誰がくっ付こうが別にいいのだけど。
邪魔したいとも、応援したいとも本当は思っていない。
「マロット公女」
「……ジュリアンさん、どうしました?」
「先日、セラフィナ嬢と一緒に、事件に巻き込まれたと聞きました」
「ああ、耳が早いですね」
誰から聞いたのかな。アイゼンハルト卿かしら。
他の伝手もありそう。
「……彼女とずいぶん仲がいいようですが」
「アスティエール嬢のことですか?」
「ええ」
「まぁ、意気投合することもありましたので」
転生ヒドイン系の中身じゃないとわかれば、現地人の善良なヒロインちゃんだ。
恋愛対象にこそなりはしないが、守らなくちゃという気持ちくらいは湧く。
「……あまり彼女に近づいてほしくないですね」
「あら」
ストレートねぇ。これも例によって例のごとく?
ちょうどいい。彼ならばまだ対話ができるだろう。
「ジュリアンさん、一つ聞きます。貴方を含めて、ギフト持ちの四人。……殿下は曖昧ですが、ジュリアンさん、アイゼンハルト卿、ベネディクトさんの三人。過剰なほどに私に敵意を向けてきているように感じますが、それってギフトの影響ですか?」
「……ギフトの影響?」
「先日ね、ベネディクトさんとも話したんですけど。正直、理解できない理屈で苛立ち、怒りや疑いをぶつけてこられました。その時もアスティエール嬢がそばにいたんですけど、彼女もドン引きでしたよ。幸い、彼女を交えて話して、その態度を謝罪してくれましたが……客観的に見て、異常な言動だったかと思います。まるで何かに操られているかのようでした」
「…………」
思ってもいなかった返しなのだろう。
ジュリアン氏は口元を押さえて考え始める。
私はその様子を黙って窺った。
「……私は、操られてなど」
「いませんか? では、どうして私がアスティエール嬢に近づいてはいけないと? 理由によっては私も納得できるかもしれませんし、善処しますよ。言い掛かりのような理由でなければ、ですが。聞かせていただいても?」
実際、イベントっぽいことが起きてしまった。
そうなると彼らの態度が『本来、悪役令嬢に向けていた嫌悪が理由』とかの可能性もある。
つまり、物語の運命に囚われている状態だ。
これもわりとよくある設定で、ゲームスタート前までは仲良くできていたはずの婚約者が、急にゲーム期間になったら冷たくなって……というパターンだ。
まぁ、私に婚約者はいないので、そのままはないのだが。
私が転生者でなければ気にならない、或いは嫌われる理由に納得がいく〝私〟だったのかもしれないが、正直今の私には困惑が勝つ。
「もし、私に対する嫌悪や忌避感に、確たる根拠がないのでしたら……それはやっぱりギフトがなんらかの悪影響を貴方たちにもたらしているのでは?」
推定乙女ゲームのシナリオが『異世界の魔王をギフトに宿した悪役令嬢を愛の力で打倒する』とかでなければいいが。
もし、それが本来のシナリオなら、彼らは私の天敵になり得る。
孫悟空は、万能だから最強な面があって、実は各方面のライバルはきちんと孫悟空に匹敵する力を持っていたりするのだ。
牛魔王が一番有名ね。牛魔王のパワーは孫悟空を上回る。実は、変化の術だって使える。
格が違う、名実ともに孫悟空のライバルだ。
また、別の魔王には筋斗雲のスピードを凌駕する者もいる。
これを私の状況に当て嵌めると、私のギフトの各分野に対するカウンターを、彼らがそれぞれ有していることになる。
たとえばアイゼンハルト卿のギフト行使を先日視させてもらったけど。
あのパワーや頑丈さは、けっこういい線いってそうだった。
もしかしたら孫悟空のフルパワーで殴ってもヘッチャラなのかもしれない。
他の術や道具を使用不可で戦えば、私は彼に負けるかも。
目の前のジュリアン氏のギフト『真理の探究』は、透明化や変身を見破れる可能性が高い。
彼の前ではそれらの能力は行使しないようにしておこう。
そう考えると『聖女』やベネディクトさんの『深淵の福音』とやらは、私の術対策かな。
ヴィンセント殿下のギフト『太陽の覇道』とやらは、そんな彼らの能力の底上げ。
統率と連携、強化と。指揮官であり、バッファーだ。
完全に魔王に挑む勇者パーティー枠ねぇ。
「……その自覚はとくにありませんね」
「そう。考えてくれただけマシね。じゃあ、何か私を嫌う根拠があるのね」
「……貴方は、聖女を騙り、本物の聖女をいとうていると」
「それが嘘や出鱈目だってことは理解できるわよね?」
「……、……はい」
おお。認めた。一歩前進?
「以前から」
「ん?」
「そう言われていたもので……」
「誰に?」
「……行く先々で」
「行く先々」
私の知らぬ間に広まっていた悪評か。
その多くが、私がヴィンセント殿下の婚約者候補になったあとから広まったらしい。
いかにも対抗馬の令嬢がいる家門・派閥が犯人っぽいけど……。
その範囲が広すぎて、他の公爵家への疑いもある。証拠もなく叩けない状況だ。
「せっかく『真理の探究』なんてギフトを授かっているのに、噂を信じるんですか? 自分の目で見て、聞いたものこそ信じるとか……」
「……自分の目で見た、正確にはギフトで視た貴方が正体不明だから怪しんでいるのですが」
そうだった。
彼のギフトで視たうえで謎すぎるから『なんだコイツ?』って思われているんだった。
そうなると、G4で唯一、根拠があって私に対する忌避感を持っている人物か。
それでもこうして対話が可能なのだから、他二人よりかなりマシね。
まぁ、ベネディクトさんもすぐに反省してくれたけど。
ヴィンセント殿下は保留。アイゼンハルト卿はなんとなくダメそう。
授業で彼のプライドをへし折った状態だからね。
すれ違う度に睨まれているのは知っている。
「私の疑念を横に置いておくとしても。貴方はそろそろ立ち振る舞いを考えた方がいい」
「というと?」
「ヴィンセント殿下からのアプローチを貴方は断った。貴方だって、殿下が好意や愛情から声をかけているわけではないことを理解しているはずだ」
「そうね」
少なくとも殿下は、私に対して好いた惚れたの感情はないでしょう。
「生徒会も共に入る気はないと示した。そんな貴方に、いつまでも殿下が執心すると思わない方がいい。殿下の婚約者として望ましいと思える女性は他にもいるのだから」
これはアレ。別に私が殿下を好きにできると思っているんだろう? という忠告じゃない。
殿下の婚約者候補だと思われていたからこそ、気を遣われていた面がある。
誰も『未来の王妃』と思わしき相手に逆らったりしたくないものね。
でも、正式に婚約者候補から外されてしまえば、私の評価はきっと下がる。
不本意だけどね。
ジュリアン氏は、そういうことを忠告しているのだ。
うーん、流石は眼鏡頭脳派。真面目だなぁ。
「忠告は素直に受け取らせていただくわ、ジュリアンさん」
「……そうしてください。そして、これも改めて言っておきますが」
「なに?」
「……セラフィナ嬢も、殿下の新たな婚約者候補になり得るでしょう」
「まぁ、それはねぇ」
「そうなった時、貴方が彼女の近くにいることは望ましくはないはずだ」
なるほど。
結果的に、まさにヒロインと悪役令嬢の関係性が構築されるわね。
うーん。ヒロインちゃん、これからいじめに遭いそう。
しかも私がその犯人にされそう。
なんていうテンプレートな黄金パターン。
「その忠告も受け取るわ」
「……はい。では、マロット公女」
じゃあ、さようなら。そういう流れ。だと思ったんだけど。
「私とのゲーム内容を決めましょう」
「…………」
覚えていたのねぇ、その提案。
ジュリアン氏、けっこうマイペースじゃない?




