28 アフターケア
公爵令嬢は視た!
……なんちゃって。
フィナさんを救出したあと、彼女を介抱し、通りにあるベンチに横たえる。
そして、火眼金睛の対象をアイゼンハルト卿に変更。
別にヒロインちゃんだけしか視られないなんて縛りはなく、視ることができた。
やはり思ったとおり、アイゼンハルト卿はそれほど時間差もなく、連中のアジトを特定し、突撃する。
このタイムラグ程度なら、きっと放っておいてもフィナさんは無事に救出されたのだろう。
「やっぱりイベントかなぁ……」
アイゼンハルト卿、強いわね。
アジトから距離があるのと、ギフトの聴力をオフにしているから何を話しているかはわからない。
また視界に捉えられているのは、ほぼアイゼンハルト卿一人だ。
やっぱり、遠隔でどこでも好きに視られるわけじゃないか。
「あ」
残党を蹴散らしたと思わしきアイゼンハルト卿が、私の残したヒロインちゃんの〝身代わり〟を発見する。
そして彼は身代わりに触れた。
「まぁ、これでイベント的にはコンプリートでしょう」
下手に〝運命〟に介入すると不要な寄り戻しが起きるかもだし。
そうはいっても原作の物語なんてものを知らない以上は自由にやるしかないんだけど。
強制力的なものがあるのなら、これで今回の一件は終わりになったはずだ。
「解除」
変化を解除すると、アイゼンハルト卿の目の前で身代わりは霧散する。
私はそこで彼を視るのをやめた。
「後始末はお任せ、と」
アイゼンハルト卿が見事に男たちを残さず倒したから、彼らを捕まえられるだろう。
私は未だに気を失ったままのフィナさんに目を下ろした。
「…………」
王子様が起こせば目を覚ますのかしら、彼女は。
もしかしたら、運命に囚われているのはヒロインの方かもしれない。
そうだとすると、このあとでどうしてもアイゼンハルト卿に会わせなければならないが……。
「ん……」
あ、普通に起きた。
奇しくも離れた場所で、アイゼンハルト卿が彼女を起こそうとした矢先だ。
うーん。それも連動しているあたり、なんというか。
やっぱりアイゼンハルト卿ルートのイベントだった気がしてならない。
「あれ……私?」
「おはよう、フィナさん」
「あ、マイン様……」
「ええ、元気?」
「元気……」
ゆっくりと体を起こすフィナさん。
状況の理解が追いついていない様子で、私はそんな彼女が理解するのを待った。
「あれ? 私……確か」
「何か覚えている?」
「ええと、男の子がスリで、私の財布を盗んだみたいで……」
「ええ」
「私、追いかけたんです。そうしたら、その子が危なそうな男の人たちに囲われていて……」
男たちの顔は見たのか。
「私、咄嗟にその子を逃がそうとしたんです」
「ん?」
「どうも脅迫されている様子だったから、その男の子の手を引いて」
「……ああ」
それで、あの少年はフィナさんを気にしていたのか。
どうしてあの流れで彼女を心配していたのかと思ったら。
「でも、そのあとすぐに頭が痛くなって、気が遠くなって」
「……気づいたら今だった?」
「……そう、みたいです」
「そう」
これは私を認識していなそうねぇ。
というか、救出した時は私、透明だったから見えないでしょうけど。
ちなみに髪色はもう元に戻している。
それにしても、この流れがイベントなら、結局はアイゼンハルト卿の活躍ってヒロインに目撃されないまま終わるんじゃない? 彼女が目を覚ましたあと、自己申告するのかしら。
『俺が貴方を助けました、ジュテーム!』って。
……そんなダサい真似はしないか。
むしろヒロイン側が気づくのかな? 私、彼に助けられたんだって。
そこから始まる二人のラブロマンス。
「なんにせよ、貴方が健康そうでよかったわ」
「ええと……もしかして、私を助けてくれたんですか? マイン様」
「んー……」
この状況になった説明ねぇ。どうしたものかしら。
あんまり言いたくはないけど、黙っているのが得策なのかどうか。
とりあえず適当に言っておきましょう。
「まぁ、そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるわね」
「ええと?」
「ちょっとした魔法を使った、みたいな?」
「魔法?」
ギフトのインパクトで霞みがちだが、この世界にはちゃんと魔法がある。
生活魔法と呼ばれるものだ。
そう、忘れてはいけない。ここは魔法ありのファンタジー世界である。
ちょっと孫悟空の字面が強過ぎて、本当に忘れてしまいそうになるけど。
「そうね、魔法。強いて言うなら」
「……言うなら?」
「モンキーマジックね」
「???」
ヒロインちゃん、困惑。そりゃあ、わからない。私もわからない。
それから私たちは一緒に街を見回りする騎士たちに会いに行った。
正直に男たちに襲われて誘拐されそうになったこと。
そこで、どうにか逃げ出して、今まで二人で潜伏していたこと。
「女性二人で、その状況で……よく」
「彼女はギフト『聖女』を授かっていますから。聖女の結界で身を守ることができたのです」
「……! なるほど。そういうことでしたか」
「え、でも私……」
「ふふ、頼りになったわよ、聖女セラフィナ・アスティエール」
「マイン様」
あ、不満そう。やはり彼女は善良だ。
やっていない自分の手柄を持たされることに納得いかない。
または、私が助けたはずなのに、その功績を手に入れないことに納得いかない。
ここにきて、私は確信する。やっぱりこの子は現地人で、本物だ。
彼女は転生者じゃないだろう。
ただし、だからといってこの世界が乙女ゲームであることは否定できない。
彼女は本物のヒロインなだけだと思う。誰も原作の物語を知らない乙女ゲーム系世界。
王道のパターンならば推察できるけど、細かいことはなんにもわからないわ。
ただ、想定されるのは私が悪役令嬢ポジションだということだけ。
仮に今回の一件がアイゼンハルト卿のイベントだとするなら。
他のG4用のイベントがまた発生する……?
まだ攻略途中、序盤のはずだろう。
いや、でも二、三ヶ月で毎日のイベントをこなしつつ、ヒロインを育成してストーリーを進めるタイプのゲームもあるわね。
……それにしたって時期が入学から一学期の間なんてことはない、か?
断言できないわねぇ。
でも、仮に今回のがアイゼンハルト卿イベントだったとして、これで二人が結ばれるほど深くはないと思う。
どちらかというと個別イベント、ヒーロー側の掘り下げ・活躍をする話?
だから、まだエンディングは先だ。その中で、私はいったいどういう役回りになるのか。
はぁ、心配ねぇ。
私たちは騎士団で事情聴取を受けつつ、治療も受ける。
誘拐犯たちがどうやら聖女を狙って事件を起こしたらしいということを伝えたので、彼らのバックに誰かがいないか、正式に調査が入るだろう。
今回の私は被害者側として、その情報を聞くこともできるはずだ。
「あ……」
私たちの前に、あの時のスリの少年が連れてこられた。
「この子が貴方たちの危険を報せに来てくれたんです。最初にそれを聞いたのは若い騎士なのですが……」
「動いてくださったのは騎士団の方たち、全員ですわ。皆さんに感謝しております。ねぇ、フィナさんもそうでしょう?」
「はい! 騎士団の皆さん、ありがとうございます!」
「いやぁ、はは」
悲報。アイゼンハルト卿の手柄、とくにヒロインちゃんに伝わらない。
可哀想ねぇ、助けた相手はヒロインじゃなく、木片だったし。ウッキッキ!
「ほら、坊主」
「あ」
おそらく善意で騎士は、少年を私たちの前に連れてきたのだろう。
褒められればいい、と。そうして誇りにしていいと。
「…………」
私は沈黙を選ぶ。ここはヒロインの役割だ。
「……貴方、私の財布は?」
「あ……」
少年はポケットから銅貨一枚を取り出す。
それはあの男たちから、少年の分け前として投げ捨てられた分だ。
確かに、そのお金はフィナさんの物だろう。
「……銅貨一枚」
「…………ごめんなさい」
少年は素直に謝る。まだ救いようがあるわね。
「あの、どうしたんですか? 銅貨? それはいったい」
「これは」
少年を連れてきた騎士が困惑しながら問う。
ここでの返答次第で、少年の罪が決まるだろう。果たしてヒロインの選択は。
「……私を誘拐した男たちに、財布を取られたんです。もし、彼らを見つけたら、私の財布を取り返していただけませんか?」
「それは! はい、もちろんです! しかし、その銅貨は」
「これは……私が、彼にあげたものです。道に迷った時に、彼に道案内をしてもらって。そのお小遣いとして」
「なんと、そうでしたか。しかし、それなら返さなくても」
「ふふ、遠慮しちゃったんですね、きっと」
これがヒロインの選択か。彼女はナチュラルに言葉にしていた。
少年の置かれた境遇を理解していたのだろう。
「……あの、彼は養護施設への帰り方がわからなくなったみたいで。お腹をすかせているんじゃないかと思います。彼をどこか安全な場所で保護するよう、手配してくれませんか? 必要ならアスティエール子爵家が後見人になります」
「ん。そうですね。わかりました。貴方がそこまで言われるなら」
「ありがとうございます。さっそく手配をお願いしても……?」
「わかりました」
「最後に、彼にお礼がしたいので、お話しさせてください」
快くいろいろと引き受けてくれた騎士は少年を置いて、去っていく。
残されたのは沈黙だ。そのあとは……きっと想像通り。
私はヒロインがスリだった少年を諭し、導く光景を見る。
きっと彼の未来は明るく開けているのだろう。
彼女が関わった人は幸せになれるはず。
「あの……ごめんなさい。……ありがとう」
「ん? 私? 何がありがとう?」
「うん……。僕、あんなふうに叱ってもらえたこと、なかった……から」
「……ああ」
少年の心には少しの〝誇り〟が灯されている。
きっと善き行いをできたからだろう。悪しき行いを責められて、道を正し、許された。
この経験が彼の未来を明るく照らしますように。
それにしても、とんだ休日になったものねぇ。




