25 古典的な方法
「──火眼金睛」
再度、左眼を変化させ、フィナさんのところまで視界を飛ばす。
彼女を乗せた荷車はまだ移動中だ。
私は、荷車が走っていった方向へ走り出す。
オフにしていた、体にかかるギフトの恩恵はすべてオンに。
体力までカバーしてもらえるかは不明だが、通常の私よりはいいはずだ。
全力を尽くす。そう決めたけれど、考えるべきことは山ほどある。
私は左眼に彼女の姿を捉えつつ、右目で目の前を見て、追いかけながら考える。
一つ、最善の方法なのか。
……おそらく、これはゲームで起きるイベントの類ではないかと思う。
ならば、フィナさんは無事で済むはずだ。
ヒーローは呼んである。
アイゼンハルト卿が駆けつければ、彼女は無事に保護されるだろう。
そういう考え方もできる。
このまま千里眼で彼女を見守り、本当に危なくなった時に助ければいい。
……でも、これは『根拠のない話』だ。
確かに私が感じる限り、この世界は典型的な乙女ゲーム世界っぽい。
でも、それは私がそう思っているだけだから、フィナさんにヒロイン補正があるとは限らない。
ゆえに、運命に頼った考え方は却下だ。
二つ、誰かに頼るべきではないか。
確かに私には破格のギフトがある。でも、だからって私が解決するべきなのか。
ギフトの正体を隠したいからではなく、行動が目的に沿っていて最善なのかの問題だ。
騎士団に頼り、或いは公爵家を動かして、組織的に彼女の救出に動く。
それこそがベストの選択ではないか。
……これは相手の目的による。
彼らは、あわよくば私のことも連れ去ろうとしていた。
ということは、この誘拐はセラフィナ・アスティエール個人への恨みからの犯行ではない。
美しい女性に価値を見出した、或いは彼女が『聖女』と知っていての犯行である。
ならば、彼女はすぐに殺されたりはしないだろう。
時間に猶予があるのなら、組織的な救出の方が失敗はないのではないか。
……ただし、これは彼女の生命の危機に関してだけの猶予だ。
フィナさんは可愛らしい、綺麗な女性だ。
対して相手は人を誘拐するような、ならず者たち。
彼女の貞操まで、いつまでも安全という保証はない。
彼女に心の傷を残すのも本意ではない。
とくに私には、時間をかけずに彼女を救出するだけの力があるのだから。
救える心を救わない。それも友人の心を。それはきっと私が許せない。
そう考えれば、組織的な救出という〝手間〟はかけられない。
そちらの方法は、後続のアイゼンハルト卿に託すべきだろう。
三つ、私はカーマイン・マロットにすぎない。
本物の孫悟空であれば、あんな奴らはなんの問題もないはずだ。
だが、あくまで私はギフトによって、その力を再現できるだけの人間にすぎない。
その違いが、さっきの出来事だ。
……私は咄嗟に建物の壁に隠れてしまった。
この力があれば、あの場でならず者たちを打ちのめし、フィナさんを救出だってできたはずだ。
けれど、私はそうしなかった。できなかった。
それは私に恐れがあったから……。
心臓がバクバクと鳴って、緊張し、恐怖し、震えてしまう。
孫悟空というパワーがあったとしても、私という心が足枷になってしまう。
これは、実際にならず者たちと対峙した時にも懸念が残る。
きちんと戦い抜けるのか。恐怖で動けなくなってしまわないか。
また、この力があれば、私は彼らを打ち倒せるだろう。
そして、あっけなく彼らを殺せる。
巨大化した如意棒を叩き込んでやれば、潰れた肉塊にすることすら可能だろう。
……私の心は、それを冷徹に処理できるのか?
誰かを殺してしまった時、動揺してしまわないのか。
私はアイゼンハルト卿に勝利したが、あれは所詮、授業で試合だったからだ。
殺し合いの場に立てるほど私の心は完成しているのか。
きっと、そんなことはないはずだ。
四つ、私のギフトはどこまで力を使うことを許す?
孫悟空の頭に嵌められた黄金の輪、緊箍児。
それはいつだって、私の行動を縛りえる要素だ。
好き放題に暴れ回れるつもりで、途中でそれが強制発動してしまったら?
私はきっと行動不能になってしまう。
そうすれば、私も危ないし、彼女は助けられない。
二次被害を生み出すだけになる。
時間制限か、能力制限か、振るう対象の制限か。それらは計算しておくべきだ。
また、私は私のできることをすべて把握できていない。
分身に変化、そういった有益な能力は未だ使ったこともないのだ。
本当にできるのか、使い物になるのか、その懸念は残り続ける。
使いこなせていない能力に、本当に頼っていいのか。
「なら、どうするべきか」
打てる手はあるはずだ。できるだけ速やかに目的を達成する。
今、必要なのは力の誇示ではない。
優先すべきはフィナさんの救出と、迅速で無事なミッションの達成だ。
「……古典的な方法でいくべきね」
誘拐された三蔵法師を、敵陣のド真ん中から救出する。
それは西遊記の、孫悟空の活躍の醍醐味だ。
けれど、その手段は、何も力に任せた正面突破ばかりではない。
むしろ多彩な能力で敵の裏をかき、華麗に目的を遂行するのが孫悟空の戦い方だ。
今回の場合、最悪なパターンは私が敵の前で行動不能に陥ること。
私が行動不能になってもいいところからギフトを使用する。
敵の誰かへの変身は軸にできない。鏡で成否を確認する余裕はないからだ。
できるとすれば、私の正体を隠せればいいな、程度。
また、ハエなどへの変化もダメだ。
それをやったことのない私がうまく動けるかわからない。
それでも。
「『七十二変化』、変われ!」
試しに使ってみる。
すると、私の視界に映る髪の色が、みるみるうちに黒髪へと変わっていった。
「おお……」
走りながら、思わず感嘆の声をあげる。
やはり変化の術は使えるようだ。まぁ、芭蕉扇とか使えるんだし、これはね。
逆に芭蕉扇が使えるのに変化はできないってどういうことだよ、となりそうだ。
こっちは借り物ではなく孫悟空の能力なのだから。
髪の色は変えられたけど、顔や姿そのものを変えるのは勇気がいる。
もっと落ち着いた状態で、鏡の前で試したい。
「はぁ……!」
一旦、立ち止まり、荒く息を吐く。
二重視界にしたうえで、考え事しながら、術を試しながらは脳の処理が追いつかない。
この一件が無事に済んだら、能力の確認は日頃から進めておこうと誓う。
もうきっとシナリオは動き出しているのだから。
それに対応する力を身につけていかないと。
「……疲れてないわね」
ギフトは私の身体能力や体力を補強してくれているようだ。
ここまで、けっこう全力疾走だったんだけど余裕がある。
左眼で視ていた連中の姿は、人通りの少ない道を通り、王都の外れへ向かった。
身体能力がギフトで底上げされても、あの場から逃げるように去った彼らに追いつくのは時間がかかる。
深呼吸してから〝次〟を試してみる。
「──隠身法」
私の口から勝手に謎の言葉が漏れていき、指が印を結ぶ。
授業で『棒術』が、ほとんど勝手に私の体を動かしたのと同じように。
スゥッと私の姿が透明になっていく。
「わぁ……」
これは男の子には渡せない力ねぇ……。
これもできるなら、先にやっておけばよかった!
やっぱり能力の把握不足ね。反省だ。
「よっ!」
試しの大ジャンプで、建物の二階へ飛んでみる。
軽やかに飛びあがり、あっさりと私の体は、二階部分にある建物の突起を掴む。
「ほっ!」
その勢いのまま、三階まで上がり、さらに建物の屋根の上へ。
これで障害物なし。身体能力全開の今ならなんでもできそう。
落ちそうになったら助けてね、筋斗雲ちゃん。
「ほっ、ほっ、ほっ!」
パルクールじみた動きで、屋根から屋根へ跳ねて移動していく。
自分がとんでもないスーパーマンになった気分。
気分爽快だ。自然と楽しくなってしまう。
私は屋根を伝い、あっという間に連中のアジトらしき場所へ辿り着く。
千里眼で建物の中を見渡そうとするけど、どうにもうまくいかない。
フィナさんだけを視界に入れることはできるけど、その場の俯瞰視点には切り替えられない?
意外と融通が利かないわね。
こういう時に変身しての潜入調査が必要になるのかしら。
「でも、やることは決めている」
古典的な方法。それは敵中に撒く煙幕だ。
孫悟空が三蔵法師を助ける時に、よく使う手である。
「──呼風喚雨」
ちなみに。
ギフトを授かった時、お父様に『雨乞いの聖女』になれるんじゃないかと言われて、あの時の私は否定したけれど。
孫悟空、実は雨乞いもできる。というか、そのままのエピソードがある。
あの時は正直、孫悟空の有名エピソードとか、有名な道具、如意棒や筋斗雲、緊箍児くらいしか頭に浮かばなかったのだ。
そして雨乞いの応用で、孫悟空は〝霧〟を呼べる。
正確には自然現象の大元の神様を脅して……ゲフンゲフン。
こっちは正直、できるかあやしい。
あくまでギフトは個人に授けられたものだから、エピソードからして他人の力を借りているこれはどうか……。
『なんだ!?』
『うわ、煙が!』
『違うぞ、これ、霧だ!』
そう思ったけど、私の耳が拾った連中の声、そしてフィナさんを視ている視界には、建物の中に霧が発生したことを教えてくれる。どうやらうまくいったらしい。
この世界にも自然現象を司る神様や精霊がいるのだろうか。
「……ありがとうございます」
どんな存在かはわからない精霊に私は感謝し、手を合わせた。
ここまでできるなら、問題点込みでも充分だ。ヒロインちゃんの身代わりも作れそう。
正直、なんだか楽しくなってきたわ。危ない危ない、力に溺れてしまいそう。
御仏の加護あってこそのギフトです、ノー、仏罰!




