第69話 爆弾魔は死闘を制する
「ぐおおおおぉぉぉッ!?」
ドロップキックを食らったドルグが宙を舞う。
そのまま天井に衝突すると、背中から床に落ちた。
地震のような揺れが起き、落下地点を中心に床が崩落し始めた。
「この、な、なんて力を……、この儂を……ッ!」
下の階の床に激突したドルグは、さらにその床を破壊する。
目にも留まらぬ速さで連続で床を突き破っていった。
巨躯と落下エネルギーが合わさって勢いは止まらない。
抗う術もなく、どんどん下のフロアへ落ちていく。
「ハッハァ! 無様なもんだなぁっ!」
一方で俺は落下しながら爆笑する。
とんでもない爽快感だ。
こうも綺麗に決まるとは思わなかった。
とは言え、このままだと俺も崩落に巻き込まれる。
それはさすがに間抜けすぎるので、どこかに掴まらなくては。
そう思っていると、横から飛んできたアリスに抱えられた。
ちょうどお姫様抱っこの形である。
アリスは腕の中の俺を見下ろす。
「大丈夫?」
「ああ、助かったよ」
俺はアリスの腕の中で礼を言った。
彼女は勢いを殺すための宙返りを経て、元のフロアの高さで滞空する。
既にパワードスーツを使いこなしているようだ。
空中における機動力は随一である。
「さて、あいつはどうなった?」
俺はパワードスーツの背中によじ登り、眼下の様子を確かめる。
結局、ドルグは城の一階まで落下していた。
城内は吹き抜け状となり、各階の断面図が見えるようになっている。
一階の床にもクレーターができていた。
まるで隕石でも落ちたかのようだ。
仰向けになって倒れたドルグは、肘を立てて上体を起こす。
見るからに動きが鈍い。
さすがのドルグでも、今のはダメージがあったらしい。
「ジャック・アーロンッ! 儂はッ、絶対に、許さんぞオオオオォォォォ……ッ!」
怒り狂ったドルグが息を吸い込む。
また衝撃波かと思いきや、喉奥に青白い光が覗いた。
直感的に危険を察知した俺は、大声でアリスに指示する。
「ヤバいのが来る。避けろっ」
直後、ブレスが放たれた。
まるでレーザー光線のようなそれを、アリスは防御魔術でガードする。
彼女はブレスを食い止めながら、急旋回で回避した。
そこから城内の吹き抜けを螺旋状に降下していく。
ブレスは俺達をしつこく追跡してくる。
軌道上にある階が焼き切られているが、一向に止まる気配がない。
自分の城への被害もお構いなしであった。
「野郎、本気になったらしいなッ」
パワードスーツの背中にしがみ付く俺は、腰からリボルバーを抜き取った。
親指で撃鉄を起こし、アリスの肩に腕を置いて狙いを安定させる。
ドルグはブレス中につき無防備だった。
俺達を焼き払うことしか考えていない。
怒りで理性と本能の均衡が崩れたのだろう。
ジェットコースターのような速度で降下する中、俺は拳銃の狙いを定める。
緊張や恐怖は感じない。
故に照準がぶれることもない。
俺は静かに引き金を引く。
「退職のサインだ。しっかり受け取れよ?」
俺の放った弾丸は、ドルグの片目に命中した。
鮮血が迸り、絶叫が響き渡る。
被弾した目は見事に潰れていた。
再生するにしても、少しの間は見えないだろう。
「生意気なクズ共がアアアァァァッ!」
ドルグは痛みから逃れるように首を振る。
狙いの外れたブレスが城内を縦断した。
一部の階がずれて、城全体の崩落までが見えてくる。
長居すると生き埋めになりかねない。
ブレスを終えたドルグは立ち上がった。
血塗れだがまだ死ぬ気配はない。
凄まじい殺気と生命力を感じる。
俺はパワードスーツの背中の箱を漁った。
中には大量の武器が収められている。
ゴーレムカーに入れてあったものだ。
そこから黒い爆弾を手に取り、ドルグに向かって落とした。
ドルグは斧を構える。
落下してくる爆弾にぶち当てるつもりのようだ。
「こんな小さなもので儂が倒せるとでも――」
斧が当たる直前に爆弾が破裂した。
黒い光が発生し、ドルグがおもむろに跪く。
一階の床の陥没が激しくなり、ぐらぐらと揺れ出していた。
今の黒い爆弾は、闇属性の精霊爆弾である。
炸裂すると三十秒ほど重力を強めるという代物だ。
直接的な破壊力には欠けるものの、現状においては最良の爆弾であった。
「ハッハッハ! この戦況で油断するからそうなるんだよォ!」
俺は動けなくなったドルグにロケットランチャーを連続で叩き込む。
背中の箱に残っている分をありったけ使っていった。
ドルグはブレスや斧で対処している。
重力負荷の増した状態でも、彼は力任せに動いていた。
上手く立ち回ってダメージを最小限に抑えている。
ロケットランチャーでは決定打になり得ないようだ。
ドルグは喉を鳴らして笑った。
「どこを狙っておるッ? この程度で儂を殺せると思っているのかァ!」
「思っていないさ。だから次の策を用意している」
俺は闇の精霊爆弾を追加で落とした。
再び発生した黒い光が、ドルグの全身に浴びせられる。
すると、ついに一階の床が崩落した。
多大なる負荷に耐え切れなくなったのである。
「ぬぐゥゥ……っ」
足元の崩壊にドルグは焦り、上の階の縁に手をかけて登ろうとする。
なんとか地下に落ちないようにしていた。
それを見逃す俺達ではない。
「アリス、やるぞ」
「任せて」
頷いたアリスが大量の魔術の矢を発射し始めた。
俺はリボルバーで狙撃する。
数に任せた攻撃が、縁に掴まるドルグの指を破壊した。
血で滑った指が外れ、ドルグは落下を始める。
「ごあああああああぁあぁああぁあああッ」
絶叫と共に、ドルグは床の崩落に呑み込まれた。
瓦礫と共に地下へと落ちる。
それを目にした俺は笑みを深めた。
「よしよし、埋葬の準備はできたな」
ここまでは概ね計画通りだ。
プランの一つとして考えていた展開である。
地下に何があるのか、俺は知っている。
今回はそれを使うつもりだ。
「俺達も追いかけるぞ」
「分かったわ」
地下に向かうと、ドルグが瓦礫に埋もれていた。
彼のそばには、大きな青い結晶がある。
宙に浮かんでゆっくりと回転していた。
あれは都市核だ。
帝都にあったものとは色違いだが間違いない。
この城の地下に都市核があることは、事前に調べて知っていた。
だからここへドルグを招き込んだのだ。
俺は適当な爆弾を掴み取り、それを軽く弄ぶ。
「早く起きな。モタモタしていると、あんたの街が吹っ飛んじまうぞ」
言いながら爆弾を投げ落とす。
ドルグが大慌てで顔を上げた。
「こんの、狂人がァ……!」
彼は瓦礫から這い出ると、咄嗟に都市核を抱え込んだ。
落下した爆弾はドルグの背中に炸裂する。
鱗の一部が弾け飛んだが、彼は一向に動こうとしない。
その隙に俺はパワードスーツから飛び降りた。
ドルグの背中へと一直線に落ちていく。
「覚悟しろよ、トカゲ野郎ッ!」
自由落下に任せたキックが、ドルグの背中に突き刺さった。
足の裏から破壊の感触が伝わってくる。
「ゴハァッ!?」
ドルグは倒れ込みそうになるのを寸前で堪える。
両脚で踏ん張り、床を陥没させながらも耐え切る。
着地した俺は鉈を片手に微笑む。
「まだ終わったと思うなよ? ここからがボーナスタイムだ!」
俺はドラゴン素材の鉈を逆手に持つと、ドルグの背中を滅多刺しにしていった。
鱗も気にせず貫き、肉を削ぐように引き抜く。
さらに斬り付けては、その奥の肉や骨を踏み砕いた。
「ぐうぅ、こ、の外道、があああああぁ……っ!」
ドルグは激昂するも動けない。
そこに都市核があるからだ。
ちょっとした破損で誤作動を起こし、取り返しのつかない爆発を起こすことを知っている。
だから反撃の余裕もなく、ただ俺の攻撃を受けることに徹している。
「すまないが、シュート練習をさせてもらうよ」
「フゥ、グッアアアアァ……!」
助走をつけて後頭部を蹴ると、ドルグは一瞬だけ体勢を崩した。
ドルグの下から異音が鳴る。
金属同士が擦れるような音だ。
ドルグの身体が都市核に接したのである。
それに気付いた俺は、ペースを上げて攻撃を繰り返していく。
「そらそら、早く、諦めろ! あんたはもうゲームオーバーだ!」
「やめ、ろォ……! このまま、ではっ、都市核がアァァァッ!」
熾烈な攻撃を前に、ついにドルグが倒れた。
都市核が完全に下敷きになり、メキメキと激しく軋み出す。
ドルグの重みを受けて悲鳴を上げていた。
軋みはだんだんと大きくなっていく。
「アリス!」
俺が呼ぶと、ジェット噴射で加速落下するアリスがドルグの背中に着地した。
背骨の折れまくる音が響く。
その衝撃はさながらミサイルだろう。
「…………グゥ、ガハッ……」
ドルグの肉体は傷付いたままだった。
あまりのダメージで再生も追いつかなくなってきたらしい。
既に動けなくなり、こちらに反撃もできない。
その間に俺はドルグの首を鉈で抉り、小さな穴を開けた。
穴に爆弾を詰め込み、導火線に火を点ける。
「アリス!」
「掴まって!」
差し伸べられた手を掴むと、ジェット噴射で一気に上空へ退避した。
そこから地下を見下ろす。
ドルグが四つん這いから立ち上がった。
重みで歪んだ都市核は火花を散らしている。
血みどろになったドルグが、こちらを睨み上げた。
そして俺の名を絶叫する。
「ジャアアアアアアアァァック・アアアアアアアァァロオオオオオォォォォン!」
次の瞬間、彼の首に埋め込んだ爆弾が炸裂した。
白目を剥いたドルグはよろめき、都市核に倒れ込む。
重みに耐え切れず、都市核が割れて破損した。
「――――――ッッッ!?」
ドルグが落雷のような絶叫を轟かせる。
痙攣する全身が燃え上がり、バチバチと音を立ててスパークする。
「壊れた都市核から、膨大な魔力が流れ込んでいるようね。あんな過剰供給を受ければ、肉体なんてあっという間に滅ぶわ。木の枝で濁流を止めようとしているようなものよ」
アリスが冷静に解説する。
痙攣するドルグは、穴という穴から沸騰した血液を噴き出していた。
白煙が上がり、残る片目が破裂する。
もう立ち上がってはこない。
さすがの巨竜人も、都市核の魔力には耐えられなかったようだ。
――こうして、エウレア代表の一人であるドルグは死んだ。




