第190話 爆弾魔は召喚者の弱点に気付く
「……っ」
シュウスケが軽く吐血する。
魔王経由で毒と爆破の影響を受けているのだ。
ダメージは両者の間を往復中である。
いつまで経っても軽減されない。
シュウスケは無言でハンカチを取り出すと、口端から垂れる血を拭い取った。
ほぼノーリアクションなのが不気味だ。
苦痛を和らげるスキルでも使っているのかもしれない。
そうでなければ、平然とできるはずがなかった。
(とりあえず、平常心を崩すのが先だな)
どんな時でも冷静さを失わせるのは有効な策だ。
俺自身、よく愛用する作戦である。
この堅物に通用するか微妙だが、試しに挑発の言葉を投げてみることにした。
「このままだとヤバいんじゃないか? 早く対策した方がいいぜ」
「そう……ですね。体調が芳しくないのは確かです」
言い終えたシュウスケだったが、途端に様子が変化する。
顔色が良くなり、ふらつくこともなくなった。
決して強がりなどではない。
直前までのダメージが完全に消えている。
魔王との繋がりを切断し、ダメージが返ってこないようにしたのだろう。
その代償として、シュウスケはバックアップを失った。
無尽蔵に魔力が得られなくなり、傷を受けても自前の能力で対処しなければいけなくなった。
彼にとっては、明らかに損失が大きい状態である。
切り札をいきなり潰されたようなものだ。
それでも実行しないわけにはいかなかった。
調子を取り戻したシュウスケは、澄ました顔で俺を一瞥する。
「なるほど。あなたの狙いはこれでしたか」
「まあ、そうだな。せっかくだからフェアに戦いたくてね」
俺は肩をすくめて笑う。
実際、ここをどうにかしないと勝ち目がない。
魔王とリンクしている限り、シュウスケは不死身だ。
「ここからは正々堂々と殺し合おう。世界の命運を懸けて楽しもうぜ」
「…………」
俺が嬉々として宣言すると、シュウスケは眉を寄せた。
さすがに不快だったらしい。
今までロボットと見紛うばかりに無反応だったが、彼もそういう感情を持ち合わせているようだ。
ようやく本気で俺を殺す目になった。
シュウスケの心境の変化を考察していると、突如として彼の右手が発光し始める。
何かを握るような動作に併せて、黄金に輝く剣が出現した。
剣には宝石の装飾が施されており、とにかく豪華なビジュアルである。
シュウスケはその剣を構えながら説明する。
「私の持つ【宝剣生成 B】で作ったものです。この外見は好みではありませんが、機能面においては非常に優秀ですね」
「便利だな。そいつを売りまくれば、生計を立てられるんじゃないか?」
「考えもつきませんでした。さすがですね」
シュウスケは心にも思っていない称賛を送ってくる。
俺は返答代わりにサブマシンガンの銃撃を行った。
案の定、シュウスケの姿が消失する。
時間停止だ。
奴の行方を探そうとしたその時、俺は猛烈な痛みを覚えた。
視線を下ろすと、胸から剣が生えている。
ぎらぎらと輝く悪趣味な黄金の刃だ。
(この位置は、心臓を貫いてやがる……)
俺は血反吐をぶちまけた。
呼吸がしづらく、足元から寒気が這い上がってくる。
「無駄ですよ。魔王との接続が切れたからと言って、能力が使えなくなるわけではありませんので」
背後からシュウスケの冷え冷えとした声がした。
胸に刺さる剣にも構わず、俺は野郎に向けて蹴りを繰り出す。
爪先が何かに衝突した。
次の瞬間、凄まじい勢いで宙に撥ね飛ばされる。
弾みで剣も胸から抜けた。
俺は空中で姿勢を制御し、両手足を使って着地する。
口内に残った血を吐き捨てつつ、宝剣を握るシュウスケを見る。
切っ先が血に濡れていた。
時間停止で背後に回り込み、心臓を貫いてきたのだろう。
卑怯だが確実な戦法である。
ちなみに俺が空中に撥ね飛ばされたのは、シュウスケの持つ【完全反射 B】の効果だった。
蹴りの衝撃が反射してきて、結果として俺が弾かれた。
その性質を今回は緊急回避に利用した形である。
胸の傷はすぐに再生して癒えた。
動きに支障はない。
しっかりと完治している。
シュウスケはそんな俺を冷徹に観察する。
「首を落とすべきでしたね。心臓の破壊では意味がなかったようです」
「ハッハ、やってみろよ」
俺は笑いつつ、シュウスケの挙動を注視した。
能力発動に少しでも対応できるように意識を向ける。
その時、シュウスケが鼻血を出した。
彼はハンカチで拭う。
何事も無かったかのように振る舞っているが、確かに出血した。
俺が殴ったわけではない。
毒のダメージも既に抜けているはずだ。
そうなると、原因は別にある。
おそらくは【能力模倣 A+】の反動だろう。
他人のスキルを奪って自由に使えるという強力な能力だ。
ノーリスクではないはずである。
能力使用の反動については、アリスからもアドバイスを受けていた。
故に見当違いではないと思われる。
魔王のバックアップを失ったことで、その反動がより明確になったに違いない。
ダメージを押し付ける相手がいなくなったのが大きいだろう。
リンクを失ったシュウスケは、不用意にコピースキルを使えなくなった。
しかし、それらを駆使しなければ俺を殺せない。
現在の彼は、ジレンマに陥っている。
「大丈夫かい? 医務室に連れていってやろうか」
「結構です」
ハンカチを仕舞ったシュウスケは、表情を変えずに答えた。




