第186話 爆弾魔は世界核に挑む
宝物庫の床を三本の指が転がる。
少し遅れて、手元の断面から血が噴き出した。
併せて激痛も襲いかかってくる。
「まったく、しくじったな」
俺は軽い嘆息をしつつ、その辺りにあったシルクらしき布で断面を押さえた。
宝物庫にあるのだから高級品だろうが、別に構わない。
文句を言う人間だっていないのだ。
かなりの痛みだが、泣き叫ぶほど俺はガキじゃない。
拷問に屈しないために、痛みに耐える訓練を受けた経験もある。
戦場でも様々な重傷を負ってきた。
その中でみっともなく涙を流したことはない。
痛覚と思考を切り離せるようになっていた。
「ジャックさんっ」
一方、アリスが血相を変えて駆け寄ってくる。
彼女にしては珍しい。
指の切断がそれほどショッキングだったのだろうか。
アリスは指にかかった布を慎重に剥がす。
綺麗な断面は、血が止まっていた。
痛みもなぜか沈静化しつつある。
数秒前に比べると、強い痺れを覚えるくらいだ。
アリスは血塗れの布を広げて観察する。
「この布のおかげね。治癒効果のある特別品よ」
「そいつはすごい」
「待って。すぐに指を繋げるから」
そう言ってアリスは、切断された指を拾い集めると、俺の手をしっかりと掴んだ。
彼女は中指の断面同士を触れ合わせて固定する。
すぐに手全体が薄緑の光に包まれた。
温かい感触だ。
ぬるま湯に沈めているかのようだった。
アリスが手を放すと、中指が繋がっている。
彼女はそれを繰り返して、あっという間に俺の指を元通りにしてみせた。
動かしてみるも、特に違和感はない。
自前で持つ再生能力もあるのも要因だろうが、アリスの迅速な処置によるものが大きいだろう。
「サンキュー、助かるよ」
「気にしないで。それよりこっちよ」
アリスが台座に載ったカプセルを指差す。
こいつに触れたことで俺の指は切り落とされたのだ。
何をされたのかは不明だが、それだけは間違いない。
「…………」
俺は財宝の中から剣を手に取ると、それをカプセルに向けて放り投げた。
カプセルに当たった剣は、一瞬にして細切れになり、無数の金属片となって床に散らばる。
他にも数種の財宝を投げたり、アリスが魔術で攻撃するも、いずれも結果は同じだった。
まるで不可視の刃を受けたように、全てが切断されてしまう。
一連の結果を目にしたアリスは、顎を撫でつつカプセルを一瞥する。
「どうやらこれが世界核のようね。情報通り干渉ができないわ」
「そのようだな。台座だけが例外らしいが」
俺は繋がった指を振りながら苦笑する。
はっきり言って危険すぎる。
世界の核となる物体がこんな風に置いてあって大丈夫かと思ったが、とんでもない。
核そのものに最強の防衛ギミックが仕込まれている。
こんな有様では、どこにあろうと盗み出すのは不可能だろう。
台座ごと持ち上げれば移動くらいはできそうだが、こんな代物を携帯するメリットが存在しない。
このままでは世界核に触れることは叶わない。
しかし、慌てることはなかった。
城塞都市にいた時点で、アリスから解決策を聞いている。
すなわち俺の【爆弾製作 EX++】の出番だ。
こいつは爆弾作りを確実に成功させる効果を持つ。
絶対に失敗しないのだ。
失敗しないということは、どんな材料でも爆弾に仕立て上げられる。
それは過去の経験からしても明らかであった。
今回に関しても同様だろう。
材料に世界核が加わっただけだ。
スキルの効果を阻む理由にはなり得ない。
俺はパワードスーツの収納スペースから各種材料と器具を取り出す。
さらに室内の財宝のうち、材料になりそうなものを適当にチョイスする。
それらを世界核の前に並べる。
これで爆弾作りの準備は完了だ。
つまりスキル発動の条件が整った。
今からの動作は全て爆弾作りに関わる。
すなわちスキルによって成功が保証される。
これによって世界核に干渉するのが狙いだった。
「さて……」
俺は世界核へと手を伸ばす。
世界核だけが例外的にスキルの対象外で、やはり干渉できない恐れもある。
ただ、その時は再び指が切断されるだけだった。
しかも確実に完治できる。
俺が失うものはないに等しかった。
アリスと三つ首に見守られる中、俺はゆっくりと世界核に指を近付けていく。
やがて指先に硬い感触があった。
一瞬、氷を押し付けられたような冷たさが走るも、すぐに治まる。
「…………」
俺は世界核を見る。
指との距離がゼロになっていた。
俺は世界核にしっかりと触れている。
特に何かが起こるということもない。
指で挟んで台座からつまみ上げても大丈夫だ。
「ふぅ、第二関門突破ってところか」
俺は安堵の息を洩らす。
どうやら爆弾スキルの効力は、世界核に打ち勝ったようだ。




