第178話 爆弾魔は最果てへと進む
大陸最北の雪原地帯。
その中央部にそびえ立つのが最果ての城である。
最果ての城は迷宮の一種らしく、そこに世界核が存在しているのだという。
財宝のような扱いなのだろうか。
俺達みたいな目的がなければ確実に持て余しそうだ。
雪原地帯までは陸続きだが、幾重にも結界が張られているらしい。
簡単には出入りできないようになっているようだ。
無論、こちらにはアリスがいるため結界に関しては問題ない。
大して苦労せずに解除できるとのことだった。
この雪原地帯だが、かつて大罪人の流刑地として使われていた。
筋金入りの悪党がぶち込まれる監獄のようなものだ。
囚われた連中は互いに殺し合い、一帯を血染めにしてきた。
最果ての城が建つのは、そんなどうしようもない歴史を持つ土地である。
現在、雪原地帯は放置されており、どこの国も所有を拒んでいるそうだ。
過去に大量の罪人が放出し、その時代に雪原地帯を管理していた国が滅亡したらしい。
それ以来、リスクを恐れてどの国も触れたがらないらしい。
そんな雪原地帯には大きな特徴があった。
流刑地の性質が定着して、ステータスのカルマが極端に低くなければ踏み込めないのだ。
つまり、悪党や外道を呼称されるような人間でなければ侵入が許されない。
俺の現在のカルマは-2400を超えている。
帝都爆破の時と比べると四倍ほどだ。
低下の原因だが、心当たりがありすぎる。
もはや内訳は不明だった。
アリス曰く「全人類を見渡しても、ここまでの人間はまずいない」だそうだ。
もちろん雪原地帯への立ち入り資格は十二分に満たしていた。
一方でアリスはと言うと、カルマは-1300であった。
主に俺の共犯として稼いできたポイントで、これも十分に高い。
雪原地帯に立ち入れる程度の数値ではあるだろうとのことだった。
最悪、足りなければ雪原地帯の近隣で悪事を働けばいい。
街を一つか二つほど爆破すればすぐに溜まるだろう。
目立ってしまうので避けたい手段だが、策の一つとして脳の片隅に置いておく。
ちなみにこれらの情報は、すべてアリスの受け売りであった。
この半年間で彼女が調べ上げたことに加え、前世のアリスが持っていた記憶である。
前世のアリスは、雪原地帯に興味を持って調査したらしい。
しかし、当時の彼女はカルマの制約で立ち入ることができなかった。
なんとかカルマを下げようと努力するも、その過程で恨みを買いすぎて殺されてしまったのだという。
何かと優秀すぎるアリスだが、そういった苦い経験を経て今があるようだ。
ちなみに世界核については、アリスもこの半年の調査で見つけたらしい。
まさか最果ての城に世界核があったとは知らなかったようだ。
とても悔しそうに語っていたので、本当に盲点だったのだろう。
「雪原地帯か。凍え死なないように気を付けないとなぁ……」
煙草を吹かしながら、俺はゴーレムカーの運転席で呟く。
紫煙は窓の外へ流れていった。
ストックが残り十数本しかないので大切に吸わなければいけない。
「ジャックさんなら大丈夫よ。間違いないわ」
「そうかい? できればコートの一つでも買いたいがね」
欠伸を噛み殺しつつ、俺は要望を口にする。
ただ、街によるとトラブルが発生する危険があった。
現状は買い物も控えるべきなので我慢する。
そんな俺をアリスは励ます。
「少しの辛抱よ。きっと身体を動かせば温まるから」
「ははは、確かにな。その方が健康的だ」
俺は笑いながら短くなった煙草を大事に吸う。
少しでも長く味わいたいのだ。
現在、俺達は街道を外れた森林地帯を進んでいた。
分裂した三つ首達がゴーレムカーを曳いている。
未だに第三者と出会うこともなく、シュウスケによる奇襲もない。
実に平和な旅であった。
「なあ、アリス」
「何かしら」
「この世界はもうすぐ滅びるわけだが、最後の晩餐は何にしたい?」
俺からの質問に、アリスは怪訝な表情を見せる。
「どうしてそんなことを訊くの」
「ただの雑談さ」
別に深い意味なんてない。
退屈な時間をどうにかして楽しみたいだけなのだ。
「…………」
アリスは腕組みをして考え込む。
真剣に答えようとしてくれているようだ。
そういう律儀なところが彼女らしい。
たっぷり一分ほど沈黙した末、アリスは俺を見て言う。
「あなたとの食事なら何でもいいわ」
「おっと、そいつは嬉しい答えだ」
存外にロマンチックな答えを受けて、俺は思わず感心する。
もっとも、アリスは小首を傾げているので、おそらく無自覚に言ったのだろう。
なかなかの人たらしである。
まあ、相棒からそう言ってもらえるのは喜ばしいことだ。




