第167話 爆弾魔は夕暮れの森を歩く
俺は夕暮れの森の中を歩いていた。
ナイフと魔槍だけを携えて進む。
服はひどくズタボロで、ここが元の世界なら警察に目を付けられるだろう。
焼け焦げていたり裂けていたりと無残な状態である。
武器に関しても、手持ちはほぼ使い切っていた。
銃もとっくに弾切れで、爆弾もゼロだ。
おまけに全身が血塗れである。
ただし、大半が返り血だった。
襲いかかってきた魔物共の血を浴びてしまったのだ。
俺自身の怪我は大したものではなく、既に再生して治癒されている。
もっとも、この血が発する悪臭は酷い。
控えめに言って鼻が腐り落ちそうだった。
炎天下に放置された生ごみよりも最低な臭いがする。
もはや人を殺せるのではないかと思うほどの兵器と化していた。
一刻も早く洗い落としたいが、近くに池や湖がなかった。
しばらくは我慢するしかない。
過去に受けた拷問や尋問に比べれば、ほんの少しばかりマシだった。
それに悪いことばかりでもない。
この血の臭いのおかげか、他の野生動物が逃げていくのだ。
強い魔物を察知して恐れているのかもしれない。
余計な運動をしなくて済むのは良いことである。
俺も無闇に殺生したいわけでもないのだ。
(今日はもう十分に暴れたしな……)
数時間前、俺はシュウスケの差し向けた魔物を殲滅した。
あれから何度も"アンコール"が発生したが、残らず殺し尽くした。
地形を変えかねないパワーを持つモンスターばかりで辟易したものの、連中の攻撃力では俺を削り切れなかった。
少し傷を負ってもすぐに再生するのである。
一方で俺は、レベル補正に任せて攻撃をぶちかますだけだ。
それほど複雑な作業でもない。
爆弾や魔槍で引き裂いてやった。
大型の魔物ばかりなので多少は手間取ったが、総括すると大した敵ではなかった。
シュウスケの野郎は俺を見くびっているらしい。
ボスラッシュに持ち込めば、押し切って殺せると判断されたのだろうか。
砂糖をぶっかけたハニートーストのように甘い考えである。
数時間にも及ぶ戦闘をこなしたためか、俺のレベルも上昇していた。
ちょうどレベル400になった。
記念すべき瞬間だが、生憎と祝うだけの時間はない。
パーティはシュウスケを始末した後にしようと思う。
現在、俺は海を目指して移動中だった。
既に共和国の国境は越えている。
俺の方向感覚が狂っていなければ、このまま直進することで海に出るはずだ。
ゴーレムカーに乗るアリスは、きっとこの先で待っている。
(まったく、予定がずれちまったな……)
俺は嘆息する。
本来のスケジュールなら、既に海を移動している最中だった。
こればかりは仕方ないと割り切るしかない。
回避できる妨害でもなかった。
今のうちに向こうの戦力を削れてよかったと考えるべきだろう。
それからさらに数時間後。
森の終わりに差しかかったところで、前方にゴーレムカーが見えた。
そばには三つ首も鎮座している。
(……存在をすっかり忘れていたな)
そういえば、アリスと一緒に逃げていた気がする。
俺が不在だというのに、律儀に同行しているらしい。
よく分からないが、懐いているのだろうか。
好感度の上がるような行動をした覚えがない。
首を傾げつつも、俺はゴーレムカーに近付き、助手席の窓を軽くノックした。
「やあ、クールなお嬢さん。ちょいと乗せてくれないかい?」
「いいけれど、まずは身体を洗ってくれないかしら。車が汚れてしまうわ」
アリスは鼻をつまみながら言う。
批難というより、ちょっとした冗談のつもりなのだろう。
真顔だから分かりにくいが、付き合いも長くなってきたのでニュアンスは伝わる。
だから俺は肩をすくめて笑った。
「ははは、そいつは正論だ」
「向こうに湖を見つけたわ。安全な水よ」
「了解。行ってくるよ」
俺は駆け足で移動する。
アリスの言う通り、そこには湖があった。
森の中にひっそりと隠れている。
俺は全身にへばり付いた魔物の血を洗い落とし、自分の身体を嗅いだ。
少し臭いが残っている気もするが、許容範囲だろう。
これ以上は石鹸等が必要である。
揉み洗いした服を着てアリスのもとへと戻る。
アリスは助手席からひょこりと顔を出した。
「おかえりなさい。魔物達は全滅させたの?」
「ああ、一匹残らずぶち込んでやったぜ」
俺は魔槍を掲げながら答える。
この武器は本当に優秀だ。
あれだけの激戦で酷使しながらも、少しも歪んでいなかった。
穂先もまだまだ切れ味を維持している。
数え切れないほどの大型魔物を刺し殺して、良質な魔力をはち切れんばかりに吸わせたのがよかったらしい。
銃火器に次いでこれからも愛用したい武器である。
嬉々として魔槍を弄ぶ俺を見て、アリスはくすりと笑った。
「ジャックさんはまだまだ元気そうね」
「当然だ。あの程度じゃウォーミングアップにもなりやしねぇさ」
「そうですか。今後の参考にさせていただきます」
背後から抑揚に乏しい声がした。
物寂しい男の声だ。
「――っ」
俺は飛び退くと同時に魔槍を構える。
背中を汗が伝う感覚があった。
そこに立つのは、グレーのスーツの男だ。
七三分けに黒縁の眼鏡。
不機嫌さを感じさせる表情で、冷めた目をこちらに向けている。
男は最後の召喚者――ハリマ・シュウスケであった。




