第164話 爆弾魔は相棒に提案をする
二日後の夜。
俺達は共和国の辺境にいた。
半ば森の一部と化した廃村にて、俺とアリスは休息を取っている。
数時間前から追っ手とは出会っていなかった。
軍隊を蹴散らしまくったせいか、手出しするだけ損だと判断されたのかもしれない。
おかげで静かな夜を過ごせている。
俺達としても、常に襲撃を受けると鬱陶しいのでちょうどよかった。
優雅にコーヒーを飲むくらいの時間は欲しいのだ。
焚火を囲む俺達から離れた場所では、三つ首が大人しく鎮座していた。
置物のように動かず、周囲の警戒に務めている。
三つ首はあれからも俺の言うことを素直に聞いていた。
かなり従順で、殴った際のダメージも時間経過で回復済みである。
アリスによると、魔物の中でも強い種族らしい。
道中でも追っ手を始末するのに貢献してくれた。
三つ首はこのまま同行させるつもりだ。
必須戦力ではないが役には立つ。
せっかく懐いたのだから、このまま有効活用したいと思う。
最悪、使い潰してもいいい。
シュウスケとの戦闘で肉の盾になってくれれば上出来といったところか。
非情だが、元より敵の騎乗生物だ。
情けをかける義理もない。
「ねえ、ジャックさん」
残り僅かな酒瓶を呷っていると、アリスが声を発した。
心なしか神妙な表情をしている。
シリアスな話題だろうか。
何となく空気を察した俺は、脇に酒瓶を置いた。
「どうした」
「元の世界に戻ったら、何かしたいことがあるの?」
アリスの疑問は意外なものだった。
彼女は俺のことにあまり興味ないと思っていた。
元の世界に関する雑談など、過去に数えるほどしかしたことがない気がする。
ほとんど記憶になかった。
だから、このタイミングで質問されるとは思わなかったのだ。
「ふむ……」
俺は腕組みをして考え込む。
そして思い付いたままに答えを述べた。
「贔屓の銘柄の酒は飲みたいし、ポップコーンとコーラを抱えて映画が観たい。続編を待っている作品がいくつかあるんだ。コミックを買い漁るのもいいな」
結局、真っ先に浮かんだのはスケールの小さい願望だった。
俺のような人間が言うのも変な話かもしれないが、平穏な日常を求めているのかもしれない。
無論、刺激も必要だ。
だがそれは、この世界でも満たせる。
やはり元の世界でしか味わえないものは大切だった。
異世界も堪能しているが、それでも帰還したい理由がそこにある。
俺の答えを聞いたアリスは微笑む。
「そう。楽しそうな世界ね」
「気になるならアリスも来ればいいじゃないか」
俺が何気なく返すと、アリスは目を丸くして固まった。
初めて見るほど驚きの表情を浮かべている。
「私、が……?」
「ああ。世界滅亡を達成した後に、異世界旅行と洒落込むのも悪くないと思うがね」
アリスは世界を滅ぼすことが目的だ。
人格を変えて記憶と能力を引き継ぎながら、そのためだけに生きている。
それだけに執心するあまり、目的達成の先を考えていなかったのだろう。
おそらくは世界と共に死ぬつもりだったと思われる。
彼女は死に恐怖しないタイプだ。
目的さえ遂げられればそれでいいに違いない。
これに関しては、前々から気になっていた。
アリスほど優秀な人間が無為に死ぬのは惜しい。
元の世界でもコンビを組めるのなら、それは素晴らしいことだ。
魔術のような神秘の存在しない世界だが、彼女なら順応できるに違いない。
「もちろん無理強いはしないさ。あくまでも提案だ」
俺はそう言って酒瓶の中身を飲み干した。
あくまでもアリスの意思を尊重する。
その辺りは弁えているつもりだ。
「――考えておくわ」
沈黙の末、アリスはそれだけ言うと、近くの廃村へ向かった。
もう夜も更けてきたので眠るのだろう。
去り際の表情から彼女の思考は窺えなかった。
ただ、何らかの心境の変化はあったはずだ。
この世界が滅ぶ日は近いが、まだ猶予はある。
アリスの悩みを増やしてしまった気がするが、寸前まで決断に迷ってもらおう。
躊躇いなく死んでしまうより、その方が充実しているのではないだろうか。
随分と身勝手な考えだが、彼女には最後まで付き合ってもらう。
「さて、見張りを頑張るかね」
俺は欠伸を洩らしながら伸びをする。
三つ首が番犬となっているが、万が一ということもあった。
幸いにも今の俺は膨大な体力を誇る。
徹夜如きで疲労するほど軟弱ではなかった。
近くに駐車したゴーレムカーから銃火器を漁り、それらのメンテナンスをしながら時間を過ごす。
たまに手を止めて、新しい酒瓶を開けて晩酌を楽しむ。
暇になれば、近くの植物や廃村の物品で即席爆弾を製作する。
そうして俺は孤独な夜を満喫し続けた。




