第162話 爆弾魔は英雄と対峙する
ゴーレムカーから伸びる無数のアーム。
その先端に搭載されたカッターが兵士を切り刻んでいった。
フロントガラスが血塗れになり、すぐさまワイパーが汚れを拭い取る。
ただ、返り血のペースが速すぎて視認性は悪いままだ。
カッターが振るわれる一方で、ボンネットの銃口が旋回しながら射撃を行っていた。
吐き出された弾が向こうの防御を崩していく。
弾は魔力を加工して結晶化したものだ。
現在進行形で自動的に生成され、それがボンネットの銃口に装填されている。
魔力は内部機構で半永久的に供給されるため、すなわち無限に弾を撃てる仕様だった。
これほど素晴らしい機能は世界中を見渡しても珍しい。
ゴーレムカーに関しては是非とも元の世界に持ち帰りたい。
アリスに頼めば、そういったことも可能な気がする。
元の世界には魔力がないものの、車体そのものの機能で供給可能なのであまり問題にならない。
メンテナンスの難易度が付きまとうが、これは俺が覚えれば済む話だろう。
とにかく、これだけのマシンを失うのは惜しかった。
この世界を立ち去るにあたって、俺が持ち帰りたい数少ない物の一つである。
そんなことを考える一方、共和国軍の攻撃は残らず車体の装甲でガードしていた。
少々の弾丸や魔術など、当たったうちに入らない。
ゴーレムカーは少しも減速せずに丘を下っていく。
以前、帝国の迷宮都市へ行った際、ゴーレムカーはトオルの手で大きく破損した。
それに悔しさを覚えたアリスが徹底的に改造したのだ。
結果、大幅な耐久性能の向上に成功した。
たとえエネルギー源を断たれて魔術的な機能を発揮できない状態でも、以前以上の防御力をキープできるらしい。
クールに見えるアリスだが、実は意外と根に持つタイプなのだ。
自身の魔術知識と技術にはプライドがあるらしく、そこに関しては異様な執着を発揮する。
あまり敵に回したくないタイプだと思う。
ゴーレムカーは血みどろになりながら共和国の軍隊を食い破っていく。
兵士達は躊躇わずに突進する俺達を見て、明らかに恐怖していた。
反撃の手が緩んで、自然と道を開けるようになる。
そして射撃の的にならないように防御し始めた。
「なんだ、張り合いがねぇな」
俺は煙草をくわえながら苦笑する。
彼らの気持ちも分かる。
こんなモンスターマシンの餌食になりたいとは思えないだろう。
仮に勇気を振り絞って立ちはだかったところで止められないことは判明している。
どうにかして車体を横転させようが、アームですぐに復帰できる。
タイヤも魔術で保護してあるのでパンクしない。
ほぼ無敵のゴーレムカーであった。
今の俺達にとって、この軍隊はちょっとした障害物に過ぎない。
そのまま直進で軍隊を突破できると思ったその時、俺は前方の異変を察知した。
「何だ、あれは……」
異変はここから二百ヤードほど先に鎮座している。
兵士もほとんどいないそこに、一台の巨大な馬車があった。
全体が鈍色の金属で構成されており、魔術的な光を帯びている。
そんな巨大な馬車を曳くのは、馬ではなく三つの頭を持つ獣だ。
大まかな外見は犬か狼といった感じで、額にはそれぞれ角が生えている。
三つ首は牙を剥いて唸っていた。
馬車に搭乗するのは一人の男だ。
全身鎧に身を包み、手には宝玉の付きの杖を持っている。
男が杖を大きく振ると、それに合わせて三つ首が咆哮を上げた。
そしてこちらへと向けて猛然と走り出す。
「共和国の"車輪騎士"ね。大戦を生き抜いた英雄よ」
「ハッハ、大物がいるじゃねぇか! 連中はよほど俺を殺したいらしい」
俺は深み笑みを湛える。
ちょうど物足りないと思っていたところだった。
手応えのある奴を殺したいと思っていた。
あの車輪騎士と三つ首は、まさに打ってつけの獲物だろう。
「アリス、自動運転だ」
「了解したわ」
俺は後部座席の武器を漁り、サブマシンガンと爆弾を選び取った。
そこから車体上部を開いて車外へよじ登る。
ゴーレムカーの上にしがみ付く俺は、前方を見据えた。
三つ首を操る車輪騎士は、依然として突進を続けている。
何か特別なことをしそうな気配はない。
このままスピードとパワーに任せてゴーレムカーを押し潰すつもりらしい。
面白い。
悪くない戦法だ。
俺もそういったシンプルなやり方が好きだった。
やがて向こうの馬車が目前まで迫る。
ゴーレムカーはカッターを展開したアームを前方に密集させた。
銃口もしっかりと三つ首を狙う。
衝突の寸前、俺はタイミングを見計らってジャンプした。
眼下で壮絶な衝突音が轟く。
ゴーレムカーが三つ首とぶつかったのだ。
俺は三つ首の噛み付きを躱し、その背を蹴って馬車へと移る。
そこには車輪騎士が立っていた。
「なっ!?」
「ハロー、ペットの散歩中に悪いが、死んでくれ」
俺は早々にそう告げて、笑顔でサブマシンガンを向けた。




