第158話 爆弾魔は世界の標的となる
映像の男――シュウスケは、手本のような一礼を披露する。
その動きはどこか事務的だ。
表情からしても、心が込められていないのは確かである。
ただ一つ言えることは、シュウスケが俺と同時召喚された日本人であることだ。
顔を見たら思い出した。
映像の男はあの謁見の間にいた。
風貌が地味過ぎてすっかり忘れていた。
一方で画面に映るシュウスケは、冷めた調子で話し始める。
『この映像は各国のセキュリティを突破して放送しています。ご不満はあるかもしれませんが、少しの間だけ辛抱してください。ご協力をお願い致します』
シュウスケはまたも一礼する。
やはり事務的な印象である。
抑揚に乏しい話し方のせいで、余計にそう感じられた。
おまけにこの映像の出力自体が違法だ。
彼の言葉を信じるなら、この都市以外の地点でも放送している。
サイバーテロじみた行為だった。
何を言われても信用できない。
『現在、私は旧魔族領にいます。瘴気の蔓延する不毛地帯です。そこで何をしているかというと、魔王の復活ですね。もう少しで封印が解除できます』
シュウスケは世間話のように言う。
近くにいた部下が顔面蒼白で呻いた。
どうやら魔王というワードに反応したらしい。
魔王の概要については俺も知っている。
魔物の上位種――魔族の王を名乗っていたモンスターだ。
かつては世界征服を目論んだ存在で、言ってしまえば悪の大王みたいなものである。
典型的なヴィランと言えよう。
魔王は世界征服の寸前まで漕ぎ着けたそうだが、ギリギリで勇者に倒されたそうだ。
そして世界には平和が取り戻された。
情報源は古い文献と、アリスの知識である。
今から百年以上も前の出来事だ。
アリスの過去の人格は、その時代に生きていたこともあるらしい。
だからただの御伽噺ではなく、魔王やら勇者は実在したということだ。
ちなみに俺達も一応は異世界召喚によって勇者と呼ばれる存在になったはずだが、今まで実感はゼロである。
魔王討伐の伝説とは無関係だろう。
とにかく、シュウスケはそんな魔王とやらを復活させるつもりなのだ。
嘘か本当かは定かではないが、淡々と語る彼の目が真実であると主張している。
それに加え、シュウスケは召喚者だ。
常識外れのことができても不思議ではない。
『魔王を復活させたら、旧魔族領に国を建てる予定です。戦争ゲームができたらなぁと思っています。これを視聴される皆様は、私の頭がおかしいとお思いでしょう。ご安心ください、その通りです。ちょっとした好奇心と興味で戦争を始めようとしていますので』
シュウスケは表情一つ変えずに述べる。
俺が言うのもなんだが頭がおかしい。
明らかに一線を越えているはずなのに、冷静すぎる。
不死身女ことアヤメのように、ただ狂気に侵されたわけではない。
内から沸き上がる衝動を完璧に律していた。
つまり本物の狂人である。
『今日からきっかり百日後、私はこの世界の国々に戦争を仕掛けます。魔王の力を存分に利用しますし、私も手加減はしません。甚大な被害が予想されるでしょう。国の一つや二つ、三つか四つは滅ぶかと思います』
今頃、世界各国がパニックに陥っているだろう。
国の上層部ほど、シュウスケの言葉を無視できない。
イタズラならスルーでいいが、彼はおそらく本気で実行する。
テーブル上での戦いに親しんだ重鎮共なら、目と表情からそれを察知しているだろう。
シュウスケは魔王を再臨させて世界に大打撃を与えようとしている。
『百日が経つまでに攻撃してきても構いませんが、その際はペナルティーの処置を行いますのでご注意ください。イエローカードはありません。重い罰を加えます』
シュウスケは冷めた口ぶりで釘を刺す。
絶対にルール違反はするなと暗に語っていた。
彼の言うペナルティーは、おそらく国の存続に関わる規模のものに違いない。
(まったく、滅茶苦茶しやがる。何が目的だ?)
顔を顰めつつ、俺は煙草をくわえて火を着ける。
シュウスケが何をするつもりかは知らないが、姿を公開してくれたのは好都合だ。
ご丁寧にも居場所まで教えてくれた。
ようやく掴めた手がかりを逃すはずがない。
復活する魔王なんてどうでもいい。
俺はシュウスケを殺しに行くだけだ。
そう思って煙草を吹かしていると、次にシュウスケは衝撃的な言葉を口にする。
『魔王による世界破壊を止める方法は、ただ一つです。独立国家エウレアに所属する傭兵ジャック・アーロンを殺害してください』
「は……?」
俺は驚きのあまり口から煙草を落とす。
シュウスケの告げた内容が、完全に予想外だったのだ。
『各国の重鎮にあたる皆様なら、彼のことも存じているかと思います。彼の死が確認できた時点で、私は魔王の活動を停止させます。今後、同様の手段で世界を滅ぼさないと誓いましょう……余談ですが、ジャック・アーロンを殺害した方には、賞品として休眠状態の魔王をプレゼントします。さらに私もセットで同行して、所有する私財を贈呈しましょう。私達をどう扱うかは、皆様次第となっております』
俺が呆気に取られている間にも、シュウスケは饒舌に話を続けていく。
その顔に侮蔑が垣間見えた。
彼の眼差しは、明らかに俺へと向けられている。
わざわざこの都市にも映像を出したということは、俺が観ていることも知っているのだろう。
どこまでもふざけた野郎だ。
俺は煙草を靴で踏み消す。
そばにいた部下が「ひっ」と声を上げて逃げ出した。
ともすれば荒れ狂いそうな怒りを抑えつつ、俺は映像に視線を戻す。
『それでは百日間の鬼ごっこをお楽しみください。質問、疑問点等がありましたら、お気軽にご連絡ください。私は旧魔族領にてお待ちしております。ご静聴感謝します。失礼します』
そこで映像は終了する。
投影魔術は解除され、夜空が元に戻った。




