第151話 爆弾魔は不死身女を追い込む
焼き印の魔法陣が発光する。
術式が起動した証拠だ。
火傷は再生能力で消えるも、魔法陣だけがくっきりと残っていた。
これで俺達の勝利は確定したようなものである。
「ああ、はっハハハハッ?」
フルスイングのアヤメの拳が俺の頬を捉えた。
俺はあっけなく宙を舞う。
空中で体勢を制御し、両手足を使って着地した。
「痛ぇなおい」
口の中に違和感を覚える。
指を突っ込むと、歯が何本か外れた。
血と共に吐き出しておく。
「前歯じゃなくてラッキーだったな。ハンサム顔が台無しになるところだった」
軽口を叩いていると、アリスが駆け寄ってきた。
彼女が寸前で躓いたので抱き止める。
「大丈夫かい、お嬢さん」
「ええ、ありがとう」
パワードスーツを着ているので、ロマンチックな雰囲気は皆無だ。
客観的に見れば、なかなかユニークな光景に違いない。
自身の想像に苦笑しつつ、俺はアヤメを見る。
起き上がったアヤメは、動きを止めて痙攣していた。
胸部の魔法陣の光が激しく点滅している。
次の瞬間、彼女の身体が膨らんで爆発した。
背中や腹から血を噴き出す。
「あ、ははは……ハハっ」
持ち前の再生能力で完治したアヤメは、こちらへ歩き出そうとする。
すると、またもや爆発が起きた。
今度は彼女の片腕が吹き飛ぶ。
「ハハハ、ハハッ――」
さらに爆発した。
アヤメの両脚が千切れ、彼女は地面に倒れる。
欠損した箇所が新たに生えてくると、そこがまた爆発して肉片と化した。
「は、ひっ、ひひひ……」
アヤメの笑いが徐々に治まってきた。
本能的に異変を察したのか。
彼女は残る手足で立ち上がろうとする。
その際、唐突に腹部が破裂した。
はみ出した臓腑が地面を濡らす。
さらに背中で三連続の爆発が炸裂した。
アヤメは堪らず崩れ落ち、自ら流した血に沈む。
「悪くないな。ちゃんと効いているじゃないか」
俺はその様を眺めて満足する。
言うまでもないが、アヤメの身に起こる異常現象は魔法陣が原因だ。
もっとも、あの魔法陣の効果は複数の身体強化のみで、付与された者の肉体性能を底上げするだけである。
これだけ聞くと、ちっとも有害ではないだろう。
実際、ただのパワーアップだ。
しかし、魔法陣は重大な欠陥を抱えていた。
付与された人間の魔力が一定まで高まると術式が暴走し、全身各所で爆発を起こすのだ。
アリスが意図して組み込んだ仕様だが、術式としてはバグに類する現象である。
メインの効果はあくまでも身体強化であり、その過程で爆発してしまうだけだった。
術式の直接的な効果で爆発しているわけではない。
なぜ俺達はこのような魔法陣をアヤメに付与したのか。
それは、彼女の【無限再生 A+】の弱点を突くためである。
殺害計画を考案する際、俺とアリスは【無限再生 A+】というスキルの効果に着目した。
その常軌を逸した再生能力の性質を調べることにしたのだ。
真っ先に判明した点として【無限再生 A+】がすべてを無差別に修復しているのではないということが挙げられる。
アヤメは他の者と同じく経験値を蓄積し、レベルアップで身体能力を上げている。
帝都跡では、漂う高濃度の魔力を吸収して強化を図っていた。
アリスによる強化魔術や、服用させた強化ポーションも効いている。
地味な部分だが、日々の出来事や情報を記憶できている点も忘れられない。
再生を謳いながらも、アヤメの肉体は不可逆の変化を遂げていた。
現在の怪物じみた風貌など、その最たる証拠だろう。
再生しつつも、確実に成長している。
こうして考えると、肉体損傷だけが例外的に修復されていた。
では【無限再生 A+】の効果対象となる基準や定義とは何なのか。
アリスと話し合った結果、肉体にとって不利益な変化――主に肉体破損だけを再生するのではないかという結論に至った。
逆に肉体にとって有益な変化は維持される。
プラス要素だけを留めて進化し続ける能力。
それが【無限再生 A+】の正体だった。
「うう、あっ――ぶばは、ははっ」
アヤメは連続で爆発している。
体内の魔力が完全に暴走状態に陥っていた。
全身各所が内部から破裂し、そのたびに再生する。
修復速度に呼応して、爆発の規模と頻度も上昇していた。
「ぶふっ――あは、ひはあはっ、あぶ――」
アヤメは胸部を掻き毟り、魔法陣の焼き印を剥がし始める。
さすがの彼女でも、それが原因だと理解したらしい。
ところが、抉り取った皮膚はすぐに再生され、魔法陣も元通りになる。
爪が肉ごと抉ろうが、すぐに修復された。
そして爆発。
掻き毟ろうとするアヤメの手が指先から弾けた。
噴き出した血が地面を叩く。
自爆を促す魔法陣だが、それはあくまでも不具合の結果だ。
形式上は強力な各種強化の作用を付与するものである。
純粋なパワーアップと言えよう。
そのため【無限再生 A+】には有益な変化だと判定されている。
魔法陣のある姿が万全な状態として記録され、再生で消えないようになったのだ。
無論、爆発のダメージは従来通りに修復される。
今も恐ろしいスピードで再生が行われていた。
結果だけを端的に捉えると、現在のアヤメは"爆発する不都合なバグ"を再生で帳消しにして"魔法陣による強化の恩恵"を受けている。
実際はそれより悲惨な状態だが、仕組みはそういうことだ。
進化を肯定するスキルの長所を逆手に取った形である。
「ひば、ぶゅ――あ、ぎあはが、ががっ――」
損壊するアヤメは片手で地面を弾き、俺達に跳びかかってくる。
しかし、空中で頭部が爆散した。
彼女は脳漿と散らしながら墜落して地面を転がる。
断面を晒す頭部が復元しかけて、やはり爆発を起こした。
辺りが血みどろになっていく。
「んー……?」
アヤメの奮闘をよそに、俺は舌で口内の調子をチェックする。
抜けた歯が生えかけていた。
やはりこれくらいの再生能力でいい。
度を越すと、冗談では済まない事態になってしまう。
俺は煙草をくわえ、ライターで先端に着火した。
そして視線をアヤメに送る。
「残念だがゲーム・オーバーだ。そのまま死に続けな」
くゆる一筋の紫煙。
煙草を吹かす俺は淡々と告げた。




