第142話 爆弾魔は不死身の女について思う
俺はアリスとアヤメと共に迷宮内を探索する。
入口は爆破して入念に封鎖した。
すれ違いでトオル達が逃走を図っても、時間稼ぎにはなるだろう。
先頭を進むのはパワードスーツを着たアリスだ。
彼女は迷宮内の魔力を感知している。
不自然に魔力が薄れているルートを選んで進んでいるそうだ。
原因はおそらくトオルだろう。
彼の【幻想否定 A+】が空気中の魔力を消したため、そういった不自然な箇所ができている。
ここに来て能力の強みが裏目に出た形であった。
「魔力の濃度から考えると、そう遠くへは行っていないようね」
「だろうな。あの傷で無理をし続けたんだ。限界がある」
トオルは俺から二度の狙撃を受けた。
普通なら死んでいるような傷だ。
それを魔術で無理やり延命している。
俺の直感だが、彼はもう助からない。
元の世界にあるような外科手術でもすれば何とかなるかもしれないが、残念ながら彼の状況は最悪である。
爆弾魔とパワードスーツと殺人鬼に追いかけられて、魔物の跋扈する危険な迷宮を潜っている。
同行者は護衛対象である皇帝のみ。
あの狼のような疑似生物を造り出せるようだが、自ずと魔力の消費を強いられる。
能力のせいでポーション類が効かず、回復行為の全般がままならない。
どれだけポジティブに考えても、トオルは詰んでいるのではないだろうか。
正直、放っておいても死にそうな気はするが、さすがにそれはしない。
時間を与えると、どんな逆転劇を狙ってくるか分かったものではないからだ。
やはり俺がこの手で始末してやらねば。
「トオルの居場所は特定できそうかい?」
「ええ、大丈夫。待ち伏せされても探知できるはずよ。向こうもそれは分かっているだろうけど」
「手負いの獣ほど危険なもんさ。慢心はできない」
こういう時に油断すると、三流の悪党みたいな扱いで負ける。
それが映画なら笑って済ませられるだろう。
しかし、これは紛うことなき現実だ。
死ねばそれでゲームオーバーである。
どれだけコインを用意しようとコンティニューはできない。
「アヤメ」
俺はふと思い立って話しかけた。
隣を歩くアヤメは、なぜか無視する。
彼女は浮わついた足取りで歩を進めていた。
待てど反応がないことを察して、俺は彼女の肩を掴む。
「おい、耳にピーナッツでも詰まってるのか?」
「あ、わたし? なに?」
「そろそろ先頭を歩いてくれ。鉄壁の盾ってやつだ」
アリスはパワードスーツを着ているが、万が一ということがある。
もしトオルが捨て身でかかってきた場合、致命傷を受ける恐れが考えられた。
その点、アヤメなら安心だ。
トオルとさえ距離が取れれば、どれだけの致命傷だろうと瞬時に再生できる。
別に運悪く死んでもらっても構わない。
俺の指示を受けたアヤメは、張り切って頷いた。
「うん、がんばるよ! わたし、つよい盾になるっ!」
「オーケー、その意気だ」
「ありがとう!」
礼を言ったアヤメは走り出す。
そのまま先頭まで駆けるのかと思いきや、途中で足を止めた。
彼女は困り顔でこちらを振り向く。
「それで、何をすればいいの?」
「オーマイ……」
俺は頭を抱えそうになるのを我慢する。
ここで嘆いたところで意味はない。
平常心を意識して、優しい声音でゆっくりと指示を伝え直す。
「一番前を、歩くんだ。そして、誰を発見しようが、問答無用で、殺せ」
「うん、わかった! ちゃんと覚えられなくてごめんね」
「気にするな。俺だって飲みすぎた日は記憶が飛んでいる」
俺のフォローを受けたアヤメは、嬉しそうに先頭へ走っていった。
まるで子供のような無邪気さだ。
入れ替わるようにして戻ってきたアリスが、小声で俺に話しかけてくる。
「ねぇ、ジャックさん」
「どうした?」
「彼女、だんだんと悪化しているわ」
「そうだな」
何が、とは訊くまい。
そんなことは分かり切っている。
こちらの会話内容も知らず、アヤメは陽気に先頭を闊歩していた。
たまに遭遇する魔物を一瞬で解体している。
殺人の腕に衰えはない。
それどころか、ますます冴え渡っている気がした。
俺でも感心するほどのナイフ捌きを見せている。
「……まあ、放っておけばいいさ。手綱が握れているうちはな」
少し考えた末、俺はアリスに告げる。
今はこうして協力しているが、アヤメも俺のターゲットだ。
他の召喚者と同じく殺すと決めた人間である。
そのスタンスは絶対に曲げない。
相手がどのような状態だろうと必ず始末する。
この迷宮でトオルとアヤメを殺せば、いよいよ残るは一人だ。
ようやくゴールが見えてきた。
気を抜かずに頑張っていこうと思う。




