第141話 爆弾魔は召喚者達を追う
俺は屋根の上を跳んで進む。
背中にはアリスを、空いた片腕は狙撃銃を保持する。
ひとまずは物陰に隠れたトオルと皇帝を見つけるのが最優先だ。
「武器を呼び寄せるわ」
アリスがそう言うと、後方からパワードスーツが飛んできた。
倒壊した洋館の巻き添えになったはずだが、無事だったらしい。
俺達と並走を始めたパワードスーツからアームが伸び、ひょいとアリスを掴み上げた。
機体の前面が展開して、そこにアリスが収納される。
展開部分がロックされると、より人間的な動きで飛行を始めた。
ものの数秒足らずで、彼女はパワードスーツを装着した状態になってしまった。
一連の動きを目撃した俺は、思わず苦笑する。
「随分とハイテクだな。いつの間に改造したんだ?」
「暇な時にちょっとね」
アリスはさも当然とばかりに答える。
もはやファンタジーというよりSFじみた機能だが、便利なことに違いはない。
ゴーレムカーに積んでいた武器も使えるので良いこと尽くめだ。
いくつかの屋根を飛び越えた俺達は、前方にトオルと皇帝の姿を発見する。
彼らは、巨大な半透明の狼の背にしがみついていた。
狼はかなりの速度で疾走している。
通りの人々を驚かせながら、風のように駆けていた。
「おいおい、どこの動物園から脱走したんだ?」
「クガ・トオルの魔力が減っているわ。あの生物は彼が魔術で生み出したようね。傷も止血されているみたいだし、回復魔術も使ったんだと思う」
「なるほどな……」
アリスの解説を聞いて納得する。
今まで手の内を見せていなかっただけで、トオルは様々な魔術を習得していたらしい。
召喚されてから既に数ヶ月が経過している。
別に不思議なことでもないだろう。
あれだけの身体能力を持ちながら複数の魔術も扱えるとは、トオルはオールラウンダーなタイプのようだ。
すべてが爆弾に特化した俺とは大違いである。
俺とアリスは、トオル達を眼下に収めながら追跡する。
狙撃銃を構えると、瞬時に察知した狼が回避体勢を取った。
あれでは発砲しても当たらない。
それくらいは感覚で分かる。
弾の無駄遣いができない以上、まだ撃つ時ではないだろう。
屋根からは下りず、必要以上には近付かない。
気を抜けば【幻想否定 A+】の射程に入ってしまうためである。
ここで一発逆転されても困る。
優位な状態をキープしつつ、確実に仕留めてやらねば。
「あはははっははははは!」
その時、後方から聞き覚えのある笑い声が響いてきた。
通りを爆走するのはアヤメだ。
彼女は見知らぬバイクに跨っている。
どこかの兵士から強奪でもしたのだろう。
というか、やはり生きていたらしい。
トオルが離れたことで【無限再生 A+】が復活したのだ。
あのまま死んでくれても良かったのだが、意外としぶとい。
まあ、欲張りすぎるのもいけない。
彼女は後ほど殺そうと思う。
アヤメは手から火炎を噴き出して加速した。
彼女は前方を突き進む狼に追い縋ると、その後脚をナイフで切り付ける。
しかしナイフは、狼の体表を滑るだけだった。
武器の質が悪かったようだ。
次の瞬間、伸び上がった狼の後脚がアヤメを蹴り付けた。
衝撃で彼女の上半身が消し飛ぶ。
残骸がバウンドした末に露店に衝突し、辺りを血みどろにした。
「相変わらずだな」
「そうね」
俺達はそれをスルーして追跡を続行する。
アヤメなら大丈夫だろう。
放っておいても復活するはずだ。
「ロケットランチャーを貸してくれ」
「はい、どうぞ」
俺はアリスからロケットランチャーを受け取り、それをすぐに発射した。
弾はトオル達の進路上に炸裂し、地面を抉って大きな穴を作り出す。
(躓いて転倒すれば儲けものだが……)
俺の望みとは裏腹に、狼は地面にできた穴を飛び越えていった。
そして、通りを曲がって路地へ隠れる。
都市の門からは離れる方角だった。
てっきり外へ向かうものかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
(これは、もしや……)
軽快な動きで進む狼を見ているうちに、俺は彼らの目的地を察する。
このルートはよく知っている。
一度、俺達が使った道だ。
路地の先に何があるかも分かっていた。
やがて前方にレンガ造りの巨大な塔が見えてくる。
そこは俺達が潜伏していた迷宮であった。
俺の予想した通りだ。
狼に乗るトオル達は、そのまま塔の内部へ逃げ込んで消える。
俺達は迷宮の前で足を止めた。
「ハッハ、以前とは立場が真逆だな」
「皮肉な話ね」
もちろんここで追跡を中断するなんてことはない。
冷徹な殺人マシーンのように、連中を地の底まで追い詰めてやろう。
そして息の根を止める。
絶対に逃がさない。
「待ってー! わたしも行くよーっ」
声のした方向を向くと、半壊したバイクに跨るアヤメがやってきた。
彼女はノーブレーキで迷宮内に突っ込んでいく。
内部から激しいクラッシュ音と爆発が聞こえてきた。
「頼りになる助っ人だぜ、本当に」
肩をすくめつつ、俺は意気揚々と迷宮内へ踏み込んだ。




