第140話 爆弾魔は参謀を追い詰める
轟音と共に崩れゆく洋館。
土煙が舞い上がり、ここからだと何も見えなくなる。
俺は狙撃銃のスコープを覗き込み、洋館の敷地内をじっと観察した。
やがて土煙の中を動く人影を認める。
「はは、ビンゴだ」
俺は笑みを隠さず、照準に映る光景に注目する。
そこにはトオルがいた。
さすがに洋館の倒壊程度では死ななかったらしい。
彼のそばには、可憐な容姿の美女が寄り添っていた。
彼女は赤いローブを纏い、土煙に咳き込んでいる。
端々の所作からは、確かな気品が窺えた。
この状況で、トオルが最優先で護衛するほどの人物だ。
すなわち、あの美女が次代の皇帝ではないだろうか。
別に間違いだろうと構わない。
トオルが必死に守ろうとする存在だと分かるだけで十分であった。
彼らは洋館跡から速やかに離れようとしていた。
あと数秒もすれば、建物の陰に入って見えなくなる。
狙撃するのは困難だろう。
だから俺は、狙撃銃の引き金に指をかけた。
沸き上がる感情を抑えて、努めてクールに照準を合わせる。
手前に皇帝で、奥がトオルだ。
弾が貫通すれば、ちょうど二人を撃ち抜けるルートであった。
「――くたばりやがれ」
俺は引き金を引いて発砲する。
爆発的な衝撃が腕を叩き、反動で銃口が跳ね上がった。
両腕の痛みを無視して、俺は成果を確認する。
二人は倒れていた。
皇帝は無傷で済んでいる一方、覆い被さるように倒れるトオルは右肩に大穴が開いている。
咄嗟に皇帝を庇ったのだ。
この距離からの狙撃を察知できたのは、素直に称賛するしかない。
ただ、それすらも予想の範疇だった。
「腕、大丈夫?」
アリスが心配そうな眼差しを向けてくる。
俺は力の入らない両腕をぶらぶらと振ってみせた。
左右の前腕は、関節がないはずの部分で曲がって揺れている。
「これくらい平気さ。トオルの痛みに比べればゼロに近い」
今回の狙撃では、特殊弾を使用した。
銃弾の加速と貫通力と破壊力にとにかく重点を置き、使い手のことなど無視したものとなっている。
ご覧の通り、発砲の反動で腕の骨が折れるような設計だ。
今の俺でこのダメージなのだから、他人に使わせることはできない。
そんな特殊弾は、アリスと俺が共同開発した。
迷宮産の財宝と魔物素材を贅沢に使い、二人が納得できるクオリティーに仕上げた。
結局、完成したのは十発だけで、残りは九発だ。
ちょっと少ない気もするが、トオルを始末する分には足りるだろう。
「勇敢な王子様はどうなった?」
狙撃銃の排莢と装填を済ませつつ、俺は苦しむトオルの姿を眺める。
彼は信じられないとでも言いたげな顔で、無様に地面を這っていた。
これが【幻想否定 A+】の弱点の一つである。
ファンタジー要素を完璧にシャットアウトできるが、通常の物理法則には何も作用しない。
確かに特殊弾は、ファンタジー要素満載の銃で放たれた。
しかし、その後は関係ない。
運動エネルギーに従って飛んでいるだけだ。
スキルの効力では防御できない。
精々、内包された魔力を打ち消せるくらいか。
あとはレベル補正で上がった防御力で耐えるしかなかった。
泣き顔の皇帝は、トオルの傷口に赤い薬品をかけようとする。
それを彼は押し留めた。
苦痛を我慢しながら、首を横に振っている。
「再生能力を促進させるポーションね。最高級品だわ」
隣で双眼鏡もどきを使うアリスが解説する。
皇帝は高級ポーションでトオルを治療しようとして、それを拒まれたようだ。
貴重なアイテムを温存したいという考えかもしれないが、おそらく理由は別にある。
これこそ【幻想否定 A+】の二つ目の弱点だ。
あの能力は強制発動されている。
結果、回復効果のある魔術やポーションも残らず無効化されてしまうのだ。
せっかくの治癒行為も、彼に影響を及ぼすことはない。
これはアヤメからの情報だった。
彼女の言動のいい加減さから信憑性が薄かったが、事実だったようだ。
以前、街中でトオルに追いかけられた時も、彼は自前の脚で走っていた。
あの時は特に気にしていなかったが、この弱点が事実なら納得がいく。
能力で車両の機能を殺してしまい、馬のような生物でもレベル補正を消してしまうため、仕方なく走るしかなかったのだ。
そう考えると不便そうなスキルである。
なんとか立ち上がったトオルは、負傷しながらも逃走を始めた。
皇帝に肩を借りつつ、懸命に動いている。
肩に開いた傷口からは鮮血が溢れ、彼の衣服を濡らしていた。
「護衛対象の足を引っ張るなんてな。こいつは減点だ」
俺は自然治癒した腕で狙撃銃を構えて発砲する。
今度はトオルの脇腹に命中した。
血飛沫と肉片が勢いよく散る。
トオルは体勢を崩しつつも、皇帝を連れて物陰に隠れた。
「ふむ……」
あの傷でも辛うじて動けたのは、高レベル補正のおかげだろう。
俺ほどではないとはいえ、彼もスーパーヒーローのような身体能力を得ている。
そこに付随するタフネスが、瀕死の彼を生かしたのだ。
俺はスコープから目を離すと、嬉々としてアリスに告げる。
「追うぞ。狩りの時間だ」




