第125話 爆弾魔は参謀の力を察する
俺は拳銃の引き金を引く。
カチリ、と音が鳴るだけで発砲できなかった。
弾切れではない。
しっかりと弾は装填されており、撃鉄も動いていた。
ただの故障や弾詰まりなどでもなさそうだ。
「……ふっ」
車体側面に張り付く少年が、小馬鹿にするような笑いを洩らす。
彼は手を伸ばせば届きそうな距離にいた。
こちらを舐め切っているようだ。
その理解を正さねばならない。
俺は後部座席のショットガンを掴み取り、少年を狙って撃つ。
やはり弾は出なかった。
こちらも動作不良といった感じではない。
(何が起こっているんだ?)
俺はショットガンを引っ込めようとする。
その時、少年が銃口を掴んできた。
俺は無理に引き戻そうとするも、びくともしない。
逆に引っ張られてしまう始末だった。
(一体なんだ、こいつはっ!?)
まるで重機のようなパワーだ。
高レベル補正を受けているはずの俺が、拮抗すら許されずに力負けしている。
そのまま俺は窓の外へ引きずり出され、上半身を晒す形となった。
「馬鹿が。考えが甘いんだよォッ!」
叫ぶ少年はショットガンから手を放すと、今度は俺の左腕にしがみ付いてきた。
指がめり込んで骨が軋む。
眼前で火花が散るような激痛が這い上がってきた。
「……っ」
俺は全力で踏ん張り、全身が車外へ出ることは避ける。
ただ、向こうの行動が終わったわけではない。
気を緩めれば、たちまち外へ引きずり出されそうだった。
「アリス! 運転は頼んだっ!」
「で、でも機能が停止して速度が落ちているわっ」
「それでいい! とにかくぶつからないようにだけ気を付けてくれ!」
そう告げた俺は、咄嗟にナイフを取り出した。
腕を捕まれた状態で身体を捻り、少年の首筋に突き立てる。
ところが、ナイフはほとんど刺さらなかった。
皮膚で大きく阻まれ、うっすらと傷を付けるのが精一杯であった。
「痛いじゃないかこの野郎!」
少年が激昂し、俺を掴む手に力を込める。
鈍い破壊音を伴って、俺の腕があらぬ方向を向いた。
関節でもない場所でひん曲がり、割れた骨が飛び出している。
言うまでもなく骨折だ。
裂け目から血が噴き出しており、かなり重傷である。
「やってくれたなァ。こいつはお前の三倍は痛ぇよ」
俺は無事な手でショットガンを回転させ、上手く逆手に構えた。
それを振りかぶり、銃床で少年の顔面を殴打する。
銃床の角が少年の目を捉えた。
防弾ガラスのような感触だったが、確かにぶち当てたはずだ。
「うぐぁ……っ?」
少年が小声で呻き、手の拘束が緩まった。
その隙に俺は振り払い、上半身を車内へ戻す。
腕は折れたままだった。
レベル補正やスキルがあるはずなのに、いつまでも再生が始まらない。
じくじくと強烈な痛みを訴えている。
腕の惨状を確かめた俺は、次にサイドミラーに注目する。
片目を真っ赤に充血させながらも、少年はゴーレムカーから落ちていなかった。
ギリギリのところでしがみ付いている。
地面と接する靴底が、摩擦で白煙を巻き上げていた。
「ったく、しつこい野郎だ」
俺は悪態を吐く。
このままだとエンジンの動かないゴーレムカーは停車し、俺達は少年に殺されてしまう。
非常に望ましくない展開である。
ただ、希望はあった。
ここまでの一連のやり取りを経て、俺は少年の能力を断片的ながらも理解していた。
大量分泌されているであろうアドレナリンが、瞬間的な推理力を増幅させたのか。
生存本能というやつは馬鹿にできない。
完璧な正解ではないにしろ、おおよその内容が分かっただけでも大きい。
それに応じた対処ができるようになるからだ。
「このまま運転を続けてくれ」
「任せて」
アリスに指示した俺は、大急ぎで後部座席を漁る。
手が折れているのもお構い無しだ。
車内を血で汚しながら目当てのものを探す。
「確かここにあったはずなんだが……おっ」
そうして俺が見つけ出したのは、一抱えほどのサイズの壺だった。
中身は爆弾に使う薬液である。
本来の用途とは異なるが、現状においては最適のアイテムだった。
すなわち、こいつが少年の能力の弱点を突くのだ。
(なぜもっと早く気付けなかったのやら……)
内心で嘆息しつつ、俺は壺の栓を外す。
厄介な状況ほど、原始的な手段で解決しやすい。
今回はその教訓を胸に刻むことになるだろう。
「ジャックさんっ」
アリスが声を上げる。
見れば少年が、運転席のドアに辿り着いていた。
開いた窓から無理やり侵入しようとしている。
ただ、少しだけ遅かった。
俺は壺を抱えながら少年に告げる。
「ほらよ、プレゼントだ。遠慮なく受け取ってくれ」
壺を逆さまにすると、中からとろりと薬液がこぼれた。
粘度の高いそれを、勝利を祝うシャンパンのように少年にかけてやる。
ドアを掴む少年の手が、滴る薬液で滑って宙を泳いだ。
引っかけていた足も、つるりと音を鳴らして滑る。
少年は、あっけなく車体から剥がれた。
「な、に……っ!?」
驚愕の表情を浮かべる少年。
その身体が落下して視界から消える。
生々しい衝突音と、何かを轢く音がタイヤの下から聞こえてきた。
直後、ゴーレムカーのエンジンが復活する。
折れた俺の手も、焼けるような音を立てて再生し始めた。
数秒もせずに違和感がなくなるほどにまで治癒される。
俺は手を開閉しながら後方を一瞥する。
少年は地面に転がっていた。
動かない。
死んでいるのではなく、たぶん気を失っているだけだろう。
「ジャックさん、魔術が使えるようになったわ」
「素晴らしい。このまま潜伏先へ向かおう」
俺はアリスから運転を代わる。
少年は隙だらけに見えるが、今の俺達では勝てないだろう。
無闇に接近して殺されては笑えない。
向こうの能力はほぼ判明したのだ。
ここは下手に欲張らず、素直に撤退すべきだろう。
そう考えた俺は、ゴーレムカーを操ってその場から走り去った。




