第112話 爆弾魔は寄り道で発見する
ドワーフの集落を発った俺達は、何事もなく森と渓谷を抜ける。
今回はドラゴンに襲撃されるような事態もなかった。
もし再び遭遇したとしても、片手間に倒すことができただろう。
当時と比べても装備は充実している。
稀少な素材が大量に手に入るので、むしろ会いに来てほしかったくらいだった。
ゴーレムカーは青々とした草原を走っていく。
「もう領土内か。あっという間だったな」
「あれだけ速度を出したのだから当然よ。ジャックさんの運転じゃなかったら、樹木にぶつかっていたわ」
「ハンドル捌きは得意でね。それに、この車両はハイスペックだ。おかげで快適に走れる」
ゴーレムカーは本当にすごい。
これほどのモンスターマシンは他に存在しないだろう。
日々のアップデートで着々と機能を向上している。
おまけにパワードスーツへの変形も可能だというのだから、兵器としての適性も高い。
乗りこなすには慣れが必要だが、他の車両では物足りなくなる良さが詰まっている。
「……ふむ」
ハンドルを操る俺は、ふと考え事をする。
めざとく気付いたアリスが首を傾げた。
「どうしたの?」
「ちょっと閃いたことがあるんだ。地図を見せてくれ」
「はい、どうぞ」
「サンキュー。どれどれ……」
運転の傍ら、アリスの広げる地図をチェックする。
視線が辿るのは大まかなルートだ。
いくつかの村と街を経由して、目的の都市に到着する。
だいたい数日の旅になる。
「よしよし、悪くない位置だ」
「何か分かったの?」
「大したことじゃない。ちょいと寄り道がしたくなっただけさ」
俺の言葉を聞いたアリスは、不思議そうな顔をした。
「寄り道?」
「ああ、アリスも気に入ってくれると思うぜ」
進行方向を微調整する。
迂回しているわけでもない。
目的地への到着時刻は誤差の範囲で済む。
しばらく走った後、地図を見ていたアリスは気付いた。
「この方角はもしかして……」
「そう、あの場所だよ」
俺はニヤリと笑う。
せっかく帝国まで来たのだ。
確認したくなるのも仕方ないと思う。
やがて見えてきたのは、一面の瓦礫地帯だった。
遠くからでも果てが見えないほど続いている。
端々では植物が育っていた。
ここは帝都跡だ。
俺が召喚された地であり、都市核の爆弾で吹き飛ばした場所である。
その後、どうなっているか気になっていたのだ。
この感じだと放置されているらしい。
そのうち風化するかもしれない。
「ジャックさん、停まって」
アリスの発言で俺はブレーキを踏む。
ゴーレムカーは帝都跡から離れた地点で停車した。
「どうした?」
「この先は魔力濃度が高すぎるわ。生物には有害な場所になっているから、あまり近付かない方がいいと思う」
「ほう、そいつは大変だな」
生憎と俺は魔力を感知できない。
アリスが言うなら本当なのだろう。
確かにあれだけ大規模な爆発が起きたのだ。
環境に何かしらの変容があったとしてもおかしくない。
「ジャックさんほどの高レベルなら、おそらく大丈夫とは思うけれど。むしろ魔力の影響を受けて、何らかの良性な変異を誘発できるかもしれないわね」
「俺をモルモットにするつもりかい?」
「まさか。ジャックさんは大切な人よ。酷いことはしたくないわ」
「ははは、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
アリスはこういう言葉を平然と口にする。
分かりやすくて俺は好きだ。
なんとなしに帝都跡を眺めていると、俺はあることに気が付く。
「……ん? あれは何だ」
瓦礫の合間に誰かがいる。
人間だ。
こちらに背を向けて何かを食っていた。
見間違いや幻ではない。
明らかに実在している。
俺は助手席の相棒を見やった。
「あの辺りは有害な場所なんだろう?」
「ええ、そうよ。普通ならすぐに倒れて動けなくなるわ」
アリスも訝しそうにしている。
彼女にも説明が付かないようだ。
俺ほどの高レベルなら耐えられるそうだが、そんな人間は滅多にいない。
未だに見たことがなかった。
その後も観察していると、その人物がこちらを見た。
首に赤いマフラーを巻いた若い女だ。
黒髪が風でたなびいている。
「気付かれたな」
「……ここを離れた方がいいかもしれないわ」
「同感だ」
俺はバック走行で帝都跡から離れていく。
その間、赤マフラーの女は近くにかかった布を引っ張って剥がした。
そこから現れたのは一台のバイクだ。
彼女はそれに跨って発進した。
瓦礫の海を乗り越えながら猛スピードで接近してくる。
「ジャックさん」
「分かっているさ」
俺はゴーレムカーを急旋回させ、瞬時に前後を反転させた。
そして、バイクから離れるようにアクセル全開で走る。
俺はサイドミラーを確認する。
バイクは一向に引き離せない。
向こうも相当な馬力を持つらしい。
まだ距離はあるものの、遮蔽物の無い草原で撒くのは難しそうだ。
俺はふとバイクの運転手に注目する。
サイドミラー越しに女の顔を確かめる。
はっきりと造形を認めた俺は、堪え切れずに笑った。
「ハッハ、まさかこんなところで再会するとはなぁ」
とんだ偶然だ。
本来は予定になかった寄り道である。
それで出会えたのだから、笑ってしまうのも無理はあるまい。
互いに引き寄せ合う運命にでもなっているのか。
今までを考えると、あながち否定できない部分ではある。
「再会って、まさか……」
ハッとした表情になるアリス。
俺は彼女に頷く。
「ああ。後ろの女は召喚者だ」




