悪魔リュウトと魔法少女-3
その時、脳裏をよぎったのは、幼少の日、カリガネに手を引かれ荒野を駆けた日の事。
悪ガキだった俺たちは、蛮族の討伐だと勢い勇んで、東の僻地へたった二人で乗り込んだのだ。しかし無残にも返り討ちに合い、愚かにも捕らわれたのは俺だ。
あの頃の俺は、むこう気が強かったわりに、力は弱く、足も遅かった。殺される!そう、覚悟したその時、俺を窮地から救い出したのはカリガネだった。何度倒れかけても、その都度、俺を励まし「絶対に生きて帰る」そう、宣言したカリガネの姿に、幼かった俺は感動を覚え「この勇敢な友が王になった暁には、剣として傍らにいよう」そう、決意させたのだ。
しかし、カリガネが望んだのは剣としての俺ではなかったが……。
ふいに、記憶があやふやになっていく。
子供とは言え、あの時の俺はどうして、あんなにも劣っていたのだろうか。
「リュウトさん大丈夫?」
今、カリガネの望んだ女の俺の、その手を絡め取るように握っているのは、中森。中森誠司だ。
「大丈夫。少し、ぼーっとしていただけよ」
誠司は「良かった」と、目を細めた。
「疲れたら遠慮なく言ってね、すぐに座れるところを探すから」
「うん、ありがとう、そうするね」
あれこれと誠司に世話を焼かれながら、これが美しい女の特権かと、実感していた。
俺が侍らせていた女たちも美しかったが、俺はこんなに優しくしてやったりはしなかった。しかし、あの女たちも町へ降りれば今の俺のように、蝶よ花よと愛されていた娘たちだったのだろう。
俺に愛を囁きながら、どこか不満そうなその姿を思い出す。
「誠司、次はあれに乗りたいな」
空を舞う船を指差した。大きな船が前後に揺れ、徐々にその角度を増し、最終的には一回転し転地が逆転するようだ。
モモリンが居ると言う「遊園地」は、明るい雰囲気に不釣り合いな悲鳴や絶叫、さらには笑い声も混じりあっていた。
もしや、魔女による拷問部屋のような不穏な場所であったのか?と、身構えたが、中に入れば非日常的な恐怖や刺激を味わう為の設備が数多く用意された人間の娯楽施設である事が分かった。その中でも特に大型の遊具は俺を虜にさせた。
そして、モモリンはこの遊園地でショーを行っているというのだ。
機械で事が足りてしまうこの人間界で、魔法とは見世物に過ぎないのかもしれない。尊敬の目を向けるのは子供位なのでは、ないだろうか。
「リュウトさん絶叫系そんなに好きなの?」
「駄目?」
誠司の瞳は「もう勘弁して」と、訴えていたが、俺が絡めた指にそっと力を入れ、上目遣いで覗き込めば「次、乗ったら休憩させてね」と、両手を上げて降参した。
ちょろい。
女心は理解しがたいが、男心は分かるつもりだ。イイ女を連れている。その優越に立たせてやれば良い。
「楽しいね、遊園地」
俺が微笑みかけると誠司は、まさに豆を顔面に打たれたかのような表情で、きょとんとして「うん」と顔を赤らめた。
「ぷっ、だから言ったろ?俺が女らしくしたら、お前など、その可憐さに息が止まるぞ。と」
「いやぁ……でも、せっかくだし、可愛いから女の子っぽい方でお願いします」
「ふん、まぁ良いだろう、せいぜい死なないように気をつけろ」
「あははは、そうだね、気をつけるよ。でもラッキーだったよね、カップルで手を繋いでいたら無料キャンペーン!」
誠司は繋がった手をぶんぶんと振って見せた。
順番を待つ列も園内どこを見ても手を繋いだ恋人同士ばかりだ。
好きで可愛い女を演じているわけではないが、悪くも無い。ガラス窓の前を通るたび、現れる映る鏡の君は美しく、その隣に居るのが誠司なのが気に食わないが、彼女が美しければ美しいほど俺を満足させた。
「まぁな、金が無い身分だ。文句は言えん」
「あ!リュウトさん、女の子らしくしないとモモリンに会えないよ」
「そうね、良かったわ」
プライドなんて、穂積の服で家を出た時点で無いようなものだろう。
それよりも、カリガネの愛した、この鏡の君が他の男の手によって穢れていく、その事で俺は小さく復讐を果たしているような、そんな気持ちも持ち合わせていた。
「まだ時間ある?」
「えっと、モモリンショーまで、あと一時間はあるからまだ遊べるよ」
「じゃあ、これに乗ったら次は、あの水の中に突っ込む乗り物にしよう?」
「……ごめん、それは本当に許して」
誠司は顔色を変え、頭を下げてきた。本当に限界なのだろう。
仕方が無い、勘弁してやろう。俺は心の広い悪魔だ。
「誠司は遊園地にはよく来るの?」
「いや、久しぶり。実は入場前に遊園地が見えた時から凄くわくわくしてたんだ、だから僕もリュウトさん以上に楽しんでるよ、モモリンに感謝しなきゃね」
モモリン……一体どんな魔法使いなのだろうか。魔界堕ちの者、または人間界で息を潜めてきた種族なのか……。敵にはしたくない。少しの不安が胸に渦巻いた。
「あっリュウトさん」
「ん?」
呼び止められ顔を上げると、ふわふわと浮くピンク色の謎の物体が目の前に差し出されていた。
それを持っていたのは、三日月の目をした道化師だ。
「風船、くれるって」
「……風船?」
風船と呼ばれた物体の紐を手にした途端、パチン!と大きな音を立て破れた。衝撃で中に入っていた、色とりどりの紙ふぶきがヒラヒラと舞う。
「うわっ」と声を上げ「びっくりしたー」と、胸に手を当てていたのは誠司だ。
俺は、すかさず道化師の胸倉を掴む。
「カリガネの手の者か!」
いずれ来るとは思っていたが、こんなにも早く、配下を送ってくるとは!油断した、丸腰だ。
「ゼスモニオの兵には見えんな」
俺が詰め寄ると、「リュウトさん、大丈夫だから!」と、誠司が慌てて道化師との間に体を割り込ませた。
道化師は、よほど驚いたのか「スミマセン」と蚊の鳴くような声で口を開き。喋ってはまずかったのか「あっ」と、口を噤んだ。
そして、道化師の脇から女が慌てたように現れ「お、お二人が本日のベストカップルに選ばれましたー!おめでとうございまーす」と、派手にファンファーレを鳴らしたのだ。
「ぷっ!あははは、選ばれたんだって、僕達がベストカップルに」
誠司は腹を抱えて笑い、周りに居た人間達が微笑ましそうにこちらを見ると、おもむろに両手を叩いて祝福をはじめた。俺だけその場に取り残されたような、不愉快さに苛立つ。
「お二人はいつから付き合い始めたんですかー?美男美女のカップルで凄く目立っていましたよー!高校生かなぁ?」
女が俺に筒状の機械を向けた。
「……何だ?」
「あー、えっと……彼女、シャイだから!僕達、今日から付き合い始めたばっかりで今日はモモリンショーを見に来ました――」
其れらしい嘘を軽快に並べた誠司に「すごーい!初めてのデートですか?ラブラブですね!お似合いのカップルですよー」と、女が大げさに喜び、「有難うございます」と、少し照れたように答える誠司の、その声が園内に響いていた。
至る所に掲示されていたポスターを思い出す。来園者の中から仲睦まじい二人が選ばれる賞がある。そんな事が書かれていたような気がする。
「やっと分かった」
誠司に耳打ちすると「良かった」と頬を緩めて見せた。
そんなに、いちゃついて見えたのか。と、自分で顔が熱くなるのが分かった。それを目ざとく見つけた女が
「彼女さん照れちゃって可愛いですねー!初々しいー!」
甲高い声が園内に響く。
いっそ殺してくれ!見上げた誠司は今にも噴出しそうに肩を震わせていた。




