徴兵 竜との戦いに参加せよ
グランドールは、元々は竜を狩るために造られたと言われている。
これはグランドール乗りなら誰でも知っている事だが、アイザックのような若い世代は迷信だと一笑している。
しかし古参のガンロックやギリガン、そしてヴィルヘルミナなどの長命種の中には、実際に竜と戦ったり、その時の事が記憶に新しい者もいる。
およそ百年前、世界は竜によって何度目かの滅亡の危機に晒された。
その時もこうして一国の許に世界中のグランドール乗りが集まり、皆心を一つにして竜と戦った。
そしてどうにか竜を倒す事に成功したが、その代償として多くの者が命を失い、多くのグランドールが土へと還った。
戦いで生き残った者も、大きな傷を受けていた。
その時の傷が元で、グランドールから降りる者もいた。
人もグランドールも、そして世界全てが竜によって大きな傷を受けた。
しかし生き残った人々は、再び立ち上がり世界を築き始めた。
そうして百年が過ぎ、世界はあの頃よりも栄えた。
この平和が、この繁栄が永遠に続くと誰もが思った。
だが今、再び竜が現れた。
何度目かの世界の終わりがまたやってきたのだ。
† †
王の口から竜という単語が出た途端、それまで静粛にしていたグランドール乗りたちが一斉にざわつき出した。
「静まれ!」
口々に驚きの言葉を吐き出す彼らを、王は一喝しただけで黙らせた。
水を打ったように静まり返った室内に、王の咳払いが響く。
「諸君らが驚くのも無理はない。だがこれは決して間違いでも冗談でもない」
それから王は、先日自分が軍司令官に報告された事を皆に話した。
最初に念を押してはいたが、やはり皆の反応は「信じられない」「何かの間違いでは」の応酬であった。人間、自分が信じたくない事は誰に何と言われようと信じられないようだ。
王は話が一段落し、騒然とした室内が落ち着いた頃を見計らって一堂に問うた。
「ここまでで何か質問はあるか?」
いきなり質問と言われても、まだ王の話を呑み込めていない者たちはただたじろぐだけであった。
そんな中、豪胆なのか空気が読めないのかわからないが、大部分の怖気づいている連中とは裏腹に、楽しそうににやついている者がちらほらと見えた。
その中の一人が手を挙げる。
エッゾ帝国代表、骸骨魔獣オステオンの操縦士、ピレーネだ。
大きな女だった。身長はアイザックと同じくらいだろうか。だがファッションモデルのような華奢さは微塵もない。周囲の体躯の良いグランドール乗りたちと比べても遜色ないが、注目すべきはその立派な体格ではなかった。
彼女の頭の上には、正三角形をした犬のような耳が、挙手した腕と同様に真っ直ぐと天井へと向かって立っていた。
「うむ、そこの者。構わぬ、申してみよ」
王が発言を許可すると、ピレーネは挙げていた腕を降ろすと同時に組む。豊かな胸を押し上げながら大型犬のように堂々と問う。
「大昔に竜が出たってのは知ってるが、そいつは倒したって聞いたぜ。だったら今回出た竜ってのは別の奴なのか? それとも昔の人らが撃ち漏らしたのが復活したって事なのか?」
国が違うとはいえ、他国の王に対する口ぶりとは思えない発言に、憤った臣下が一歩前に出そうになるのを王が片手で制する。
「今回現れた竜が、かつてこの世界を滅ぼしかけた奴かどうかはまだわからん。何しろ大昔過ぎて記録も伝承もほとんど残っておらぬからな。ゴシクの長命種ならまだしも、我ら限られた寿命しか持たぬ身では、情報を後世に残すのにも限界がある」
「つまり、よくわからないって事かい」
「そうだ。だが竜が現れたという事実があれば充分であろう」
決然と王が言い放つと、ピレーネは「そりゃそうね」と鼻を鳴らす。
それきりピレーネが黙るのを見ると、王は「他に訊きたい事はあるか」と促す。
次に手を挙げたのは、アイザックだった。
「申せ」
「え~っと、このような事態に我らのような下賎な者たちを――」
「構わん。この場では身分の差など気にせず普段と変わらぬ言葉で申せ。時間の無駄だ」
王がきっぱりと言い切ると、礼儀や敬語を母親の腹の中に忘れてきた荒くれ者たちから苦笑が漏れる。
「そりゃどーも。じゃあ遠慮なく……」
そう言ってにへらと笑うと、アイザックは一度咳払いをする。
「竜が出たってのはわかった。となると、必要なのは軍隊だ。世界中の軍用グランドールを集めて竜退治ってなら話はわかるが、どうして俺たちみたいな野良のグランドール乗りたちを集めたんだ?」
「我がカントが全軍派遣するのは元より、他国への軍用グランドールの応援要請は既に済んでおる。皆快く承諾してくれた。
それに竜討伐作戦の本陣は、当然ながら各国の正規軍を編成した部隊が担当する。だが万が一という事もあるし、せっかくある戦力を遊ばせておく事もあるまいというわけで諸君らが招集されたのだ。つまり、諸君らはあくまで予備、或いは補助という立場である」
「じゃあ俺らの仕事は後方支援って事か?」
「いや、それも正規軍がやる。補給や援護などの支援は相応の装備や経験、そして物資のある正規軍がやるのが相応しい」
「だったら俺らは何をすりゃいいんだ。まさか正規軍サマの盾代わりになれってんじゃないだろうな」
「安心せい。前線に出るのは同じだが、諸君らには遊撃隊として存分に戦ってもらう。働き如何によって報酬は弾むぞ」
遊撃隊。聞こえはいいが、実際は正規軍とは全く関わらない独立部隊――つまり傭兵である。かと言って彼らを正規軍に組み込んでもお互い邪魔になるだけだし、今さら彼らを正規軍なみに統率が取れるように訓練する時間も無い。そもそも彼らのほとんどが軍からドロップアウトした連中なのだ。いくら世界の危機だからといって、大人しく軍に戻されるようなタマではない。遊撃隊というポジションは、戦力にはなるかもしれないが扱いに困る愚連隊をどうにか有効活用するための、苦肉の策である。
国王に実質作戦外の戦力であると通告され、室内に文句とも落胆とも取れない濁った空気が満ちる。
「当然参加するか否かは諸君らの判断に任せる。命惜しさにここから立ち去るも良し、一攫千金や立身出世を夢見てこの場に残るも良し。但し立ち去る者にはこの事を他言せぬようにきつく申し付ける。もし仮にこの話が外部に漏れようものなら、便所の穴に隠れようと直ちにひっ捕らえ、城の地下拷問室で生まれたきた事を後悔させてやるからそのつもりでいろ」
抜けたい者は今すぐ立ち去れという王の言葉に、さすがの荒くれ者どもも心が揺れ動く。金は欲しい。だが相手はあの竜である。命あっての物種か、いやしかしもしもここで一旗揚げる事ができたら。そんな囁きがあちこちで起こる。
他のグランドール乗りたちが迷う中で、巧真も迷っていた。
何しろ相手が竜である。
しかも今度はグランドールフェストのようにルールがある安全な戦いではない。
戦争だ。
下手をしたら死んでしまうかもしれない。
周囲の大の大人たちでも命惜しさに迷っているのだから、大人ではない巧真などすでに半分以上やめる気になっていても仕方あるまい。
死ぬのは怖い。
当たり前だ。
それに自分がグランドールフェストに出たのだって、工房『銀の星』の借金が返せるのは自分だけだったから仕方なくだ。世界の危機みたいな国家レベルの問題は軍隊とか専門の機関があるのだから、是非そちらにお任せしたい。
よし、帰ろう。竜退治は専門家に任せて、素人の自分は邪魔にならないように家で大人しくしていよう。
あっさりそう決心して出口に向かおうとするが、今出口に向かうと最初にケツを捲った奴になってしまう。ただでさえ巧真はグランドールフェスト現王者である。その自分がいの一番に逃げ出す所を見られるのは、さすがに巧真も恥ずかしかった。
他にも巧真のように帰りたそうにしている者もいるが、やはり自分が最初の一人になるのは厭なので誰かが先に行かないか待っているようだ。
だが巧真たちが機会を窺っている間に、遂に最初に退室する者が現れてくれた。人それぞれ事情があるという事はみんな知っているので、彼らを臆病者と罵ったり嘲笑う者は一人もいなかった。むしろよくぞ最初の一歩を踏み出してくれたという顔をしている奴らもいる。
一人が先陣を切ると、次々と後を追う者が出てきた。巧真もチャンスとばかりに彼らに紛れてこの場からさりげなくフェードアウトしようと前を歩く男の後ろに着いて歩く。
だが運の悪い事に見つかってしまった。
「おい、あいつは……」
「ああ、本物だ……」
たちまち巧真の話題が室内を駆け巡る。ただでさえこの場にそぐわない風体なくせに、肩書だけはグランドールフェスト現王者という無駄に立派な巧真は、グランドール乗りの間では指名手配犯以上に有名なので目立つ事この上ない。
「どうしてこんな所に」
「いや、当然だろう」
「むしろ呼ばれないほうがどうかしてる」
「どういう事だ?」
「決まってるだろう」
「聞いた所によると、グランドールフェスト王者の戦力は一国の軍隊と等価だという」
え、なにそれそんな話聞いた事無い、と巧真は耳を疑うが、グランドール乗りのおっさんたちはお構いなしだ。
「なるほど。それならば誰よりもこの場に相応しい」
「さすがグランドールフェスト王者」
「無敵の女王ヒルダ=クラウフェルトを敗っただけの事はある」
口々に好き勝手な事を言われ、巧真はこのまま人の流れに任せて退室できなくなる。
そうこうしているうちに最後の一人が扉を抜けて出て行った。
扉が音を立てて閉じると、王が告げる。
「これで出て行く者は最後か? であれば今この場に残っている者は、皆竜と戦う覚悟ある者と思って良いな」
これで完全にこの部屋から出るタイミングを逸してしまった。周囲の視線や世間体を気にするあまり、命の危険から逃げ出すチャンスを棒に振ってしまった自分の愚かさに、思わず「ああ……」と情けない声が出る。
巧真が未練がましく閉じた扉に向けて伸ばした手をわきわきさせていると、王の後を引き継いだ家臣が大声で言った。
「では諸君、明朝自分のグランドール持参で闘技場まで来るがよい。そこで貸与する武器の適正を調べる」
「あ、武器を貸してくれるんだ」
竜を退治するのに素手ではちょっと……、と思っていたが、どうやらお城で貸してくれるらしい。武器があれば、竜に殺されるリスクが少しは減るかもしれない。いや、本当に欲しいのは防具なのだが。
すると巧真の独り言を聞いていたのか、いつの間にか隣に立っていたアイザックが説明してくれる。
「さすがに今回は相手が相手だ。徒手空拳で竜と戦え、なんて無茶は言わんだろう」
「貸与って事は、終わったら返せって事か」
「そりゃそうだ。そもそも民間のグランドールの武装はご法度だからな。貸与はあくまで竜討伐という非常時ゆえの超法規的措置だろう」
「ちなみに、貸してもらえる武器って自分で選べるの?」
巧真の問いに、アイザックは器用に片方の眉を上げる。ん、何言ってんだコイツ、この程度も知らないのか、といった感じだった。
「グランドールは個体によって使える武器が決まってるんだよ」
「そうなの?」
どういうカラクリなのかはまだ判明していないが、グランドールと武器には相性のようなものがあるらしい。ただ相性が悪くとも使えなくもないが、しっくり来ないというか、何となくグランドールが厭がっているような感じを操縦士は受けるらしい。
どうやら魔導石内にある行動術式が関係している、というところまでは解明されているのだが、そこから先はブラックボックスのようなものの中にあって手が出せないでいる。
ともあれ、“詳しい事はわからないが使えるもんなら使っちまえ”というスタンスでグランドールやら魔導石やらの発掘品を日常的に使っているこの世界である。わからないなら無理に調べず放っておいて、今日に至るのだ。
「本当にこの世界の人たちはいい加減だな」
「わからない事を調べ続けるのは時間の無駄だろう。そんな暇があったら、わかってる事を有効活用すればいい。できない事に固執しても、未来は拓けないぞ」
「いや、わかるまで調べたほうが未来が拓けるでしょ」
「わからないって事がわかっただけで充分なんだよ」
それはただの欺瞞ではなかろうか、という言葉を巧真は呑み込む。これ以上漫才のようなやり取りを続けていると、目の前の王様は許してもその周囲に立つ家臣の人たちが許してくれなさそうな顔をしているからだ。
「武器との相性って、どうやってわかるんですか?」
まさか軍の武器庫にある武器を片っ端から試すのかと思ったら、
「グランドールの魔導石を調べればすぐにわかるぞ」
「そうなんだ……」
意外とすぐに調べられるようだった。だから明朝グランドール持参で集まれと言ったのか。どうやら犬の予防接種みたいに一斉に済ませるつもりらしい。
闘技場に集まって、順番に検査を受けるグランドールと操縦士たちの姿を想像していると、
「改めて言うまでもないとは思うが、一応言っておこう。この事は他言無用だ。ただ完全に秘密にしておく事は不可能であろうから、グランドールの整備に携わる者にだけは、事情を話す事を許可する。勿論その者たちにも口外無用だと念を押しておくのは忘れぬように」
微妙に緩い緘口令を最後に、王は悠然と退室した。それから後を引き継ぐように臣下の者が明日の武器適正検査の話をしたが、巧真は竜との命がけの戦いに巻き込まれたショックで脳が着いていかず、右から左に聞き流していた。
† †
王城から工房『銀の星』に戻った巧真は、夕食の席を利用して今日あった事を皆に話した。
最初は興味本位で巧真が王城に連れて行かれた理由を知りたがっていたリサたちも、竜の話が出た途端急激にテンションが下がっていった。まさかこれほど深刻な事情があったとは思わなかったらしい。
「え……。その話、本当?」
リサがそう確認をするのも無理はあるまい。竜が出た、などという話はすぐに信じられるものではない。まずは冗談、あるいは嘘だと疑うのが当然であろう。
「てっきりグランドールフェスト関係かと思ったら、とんでもない事になってたのね」
追加の賞品でも渡されるとでも思ったのだろうか。リサはがっかりといった感じで肩を落とす。
「それで、タクマくんはどうして呼ばれたの?」
「実は、遊撃隊として竜討伐に参加しろって言われたんだ」
巧真がそう言うと、リサはさっき落とした肩を跳ね上げるようにして椅子から腰を浮かせて身を乗り出した。
「何それ!? どうしてタクマくんが竜を退治しに行くの!?」
「それは……まあ、一応グランドールフェストチャンピオンだし」
「理由になってないわよ。グランドールフェストはグランドール同士の戦いだし、きちんとルールもある。けど竜退治なんて、下手したら命の危険があるじゃない。そういう危ない事は軍人さんがやればいいのよ。タクマくん、どうしてハッキリ断らなかったの!?」
まったくもって巧真も同意見である。だが見栄や世間体を気にするあまり断る機会を失ってしまったとはとても言えなかった。
「いや、まあ、その……世界の危機だし、しょうがないかなって……」
言葉に窮した巧真が助けを求めるようにギリガンとヴィルヘルミナを見るが、二人は話が始まった頃からずっと重苦しい顔を崩していた。
「竜か……」
これまで黙って話を聞いていたギリガンが、気の抜けたように笑う。
「普段グランドールの本分は竜退治だって言っていたが、いざこうして話を聞いてみてもイマイチ信じられねえな」
「それは、あなたが竜の本当の恐ろしさを知らないからよ」
ヴィルヘルミナは眼鏡を外してテーブルに置くと、肘をついて両手で顔を覆う。指の隙間から漏れる吐息は、重厚な溜め息だった。
「本当の恐ろしさって?」
リサが上半身を捻ってヴィルヘルミナのほうを向く。ヴィルヘルミナは真っ直ぐ見つめてくる彼女の目をちらりと見ると、
「そうね、この際みんな知っておいたほうがいいわね」
何か重大な決意をしたように口を強く引き結んだ。
† †
かつてこの世界は、今よりも遥かに技術が進んでいた。
優れた技術によって国が栄え、人々は今では信じられないほど豊かな生活をしていたと言われている。
だがある日、竜が現れた。
竜は圧倒的な力で、一度この世界を滅ぼしかけた。
人々は、持っている武器の中で最も強いもので竜に対抗しようとした。
しかしそれは大きな過ちだった。
その結果、人々は自らの首を絞める事となった。
膨大な土地を汚し、いくつもの国を削り取り、多くの人が人の手によって死んだ。
それでも竜は死ななかった。
あれだけの被害を出しても、戦いは終わらなかったのだ。
そして前車の轍を踏まないように、グランドールが生み出された。
人々はグランドールに乗って戦い、どうにかして竜を倒す事ができた。
だがそれまでの戦いで、世界は取り返しがつかないくらい疲弊してしまっていた。
多くの人が失われ、さらに多くの技術が失われた。
僅かに生き残った人々は、すっかり変わり果てた世界と、ほとんど失われた知識や技術に絶望した。
しかし人々は、辛うじて消えずに残ったおこぼれにすがりつき、どうにか今日まで生き延びた。
そのおこぼれの代表格が、竜を殺すために作られたグランドールである。
グランドールと魔導石が、世界と人々をここまで蘇らせたのだ。
† †
「ここまではいい?」
そう言うとヴィルヘルミナは、全員の顔を窺った。一人を除いて『そんな事みんな知ってるだろう』という顔をしていた。
「それならあたしも知ってる。小さい頃、よく寝る前に昔話を聞かせてもらったもの」
懐かしそうに語るリサの表情は、幼少の頃を思い出しているのか柔らかく緩んでいる。しかしどこか寂しそうでもあった。
「じゃあこの昔話って……」
「そうよ。事実よ」
巧真の問いに、ヴィルヘルミナはあっさりと答える。
「この世界は、竜によって何度も滅ぼされかけてるわ」
見事な断言である。他の者が同じ事を言おうものなら質の悪い冗談か何かと一笑に付するところであるが、何しろ彼女はゴシクの者だ。ゴシクにはリサや巧真など普通の寿命しか持たない人間がおとぎ話だと思うような太古の事象を、実際にその目で見たり聞いたり体験した者がざらに居るのだ。彼女自身がそうであったり、身近にそういう者が居たり口伝や伝承が残っていたとしても何も不思議ではない。
「ってこたあ、これからタクマたちはそんな化け物みたいな奴と戦わなきゃならねえって事か」
ギリガンの言葉に、食堂の空気がずんと重くなる。
「あ、でも相手が相手なだけに、お城から武器を貸し出してくれるってさ」
本心では武器があろうが盾があろうが竜なんかと戦いたくはないのだが、場の空気を明るくしようと、巧真は努めて明るく言った。
「おお、そうか。それなら何とかなるかもな」
「けど民間のグランドールは武装禁止なのに、武器の貸し出しをするぐらいの緊急事態って事でもあるのよね……」
「もう、ヴィルヘルミナはどうしてそう悪い方向にばかり考えるのよ!」
「ごめんなさい……。で、武器の貸し出しはいつ?」
「明日の朝、お城の闘技場にグランドール持参で集合だって。そこで適正検査をするってアイザックが言ってた」
「そうか。適正検査か。だったらワシも行こう」
「私も行くわ。ヴァリアンテがどんな武器に適正を持っているか興味あるし。何より魔導石技師が行かないのは恰好がつかないわ」
ヴァリアンテの魔導石の調整は巧真でもできるのだが、グランドール乗りでありながら魔導石の適正があるという巧真の特異性はあまり外部に漏らすべきではないという結論に至り、出来る限り秘密にする事が決まっていた。
それはそれとして、ギリガンとヴィルヘルミナが適正検査に同行してくれるのは嬉しいのだが、二人が技師としての好奇心を隠しきれていないのが少しだけ気がかりであった。そりゃヴァリアンテがどんな武器を持つのか楽しみなのは巧真も同じだけど、それで竜と戦わなくちゃならないと考えると二人ほど瞳を輝かせてお気楽に喜んではいられないのであった。
† †
翌日。
巧真たちはヴァリアンテと共に、王城の中にある闘技場に来ていた。
まだ早朝だというのに、闘技場の中にはたくさんのグランドールとその操縦士、そして検査をする技術者がいた。
「朝っぱらから人がいっぱいいるなあ」
あくびを噛み殺しながら巧真が周囲を見まわすと、すでに適合検査を終えて武器を貸与されている者がちらほらいた。
見た目はただの剣だったり斧だったりするが、さすがに全長十メートルのグランドールが持つだけあって大きさが半端じゃない。大木のような槍を持って仁王立ちグランドールを見上げると、この時ばかりは巧真も竜と戦う危険や恐怖を忘れてわくわくした。
「どいつもこいつも一秒でも早く武器が欲しいってツラしてやがる」
「男の子って、いくつになってもこういうの好きよね」
嬉しそうに武器を持った自分のグランドールを眺める操縦士を見て、ギリガンとヴィルヘルミナが皮肉めいた事を言う。二人の言葉に、ヴァリアンテにどんな武器が合うのか早く知りたいと思っていた巧真はどきりとした。仕方がない。彼だって男の子だ。というか、ヴィルヘルミナにしてみたらこの場に居る誰もが「男の子」扱いである。
しかしながら、ヴィルヘルミナの言う「男の子」は言い得て妙である。既に検査を終えて武器を貸与された操縦士たちは、どいつもこいつも自分のグランドールが武器を持って立っている姿を締まらない顔で眺めている。
「見て。あの人ったら子供みたいにはしゃいでる」
軽く引いてるヴィルヘルミナの視線をたどると、一人の男がグランドールを眺めていた。後ろ姿からでもわかるほど、嬉しそうなオーラがほとばしっている。いつまでも眺めているのかと思うと、男は後ろ向きのまま走り出した。グランドールから少し離れると、全体像を見て再び満足そうに何度も頷く。すると今度はいきなり地面に寝そべって目線を変えて鑑賞し始めた。まさに身体の大きな子供といった感じだ。
「ひでぇなありゃ。グランドールを人形か何かと勘違いしてるんじゃねえか」
ギリガンは吐き捨てるように言うが、巧真は男の気持ちもわからなくはない。彼だってスマホが故障していなければ、武器を持ったヴァリアンテの写真を撮りまくりたいと思ったものだ。
しかし、さすがに公衆の面前であそこまでする度胸はないなと巧真が思っていると、
「ん?」
男とグランドールに見覚えがある事に気がついた。
「ねえ、あれって……」
巧真がギリガンとヴィルヘルミナに声をかけようとすると、視線を感じたのか、地面に横顔をぴったりと着けてグランドールを舐めるように眺めていた男が振り返ってこちらを見た。
頬に砂を着けた眼帯の男と目が合った。
「げ、やっぱり……」
巧真の厭な予感が的中した。男は巧真たちの姿を認めると、照れも羞恥もなくにやりと笑って立ち上がり、足取り軽くこちらに向かってきた。
「よう、お前ら。遅かったな」
ギリガンたちもようやく男の正体に気がつき、「うわあ」と呆れ顔になる。
「俺なんか朝イチに来て、とっくに武器を貸してもらったぞ」
つやつやした顔でそう言ったのは、アイザックであった。いつもの操縦士の格好じゃないからよく見ないと別人のようだった。
「なんだ、お前だったのか」
「早いわね。もう検査が終わったの?」
恥ずかしい奴が知り合いだとわかり、ギリガンとヴィルヘルミナがアイザックに話しかけるが、二人ともどことなく距離感が開いたのを感じさせる口調だった。
そんな事にも気づかず、アイザックはきらきらした目で背後のスペレッサーを親指で示す。
「あったぼーよ。日の出前から城門の前に陣取ってたからな。お陰で武器の支給一番乗りだぜ。見ろよ、この雄姿」
一番乗りしてから今までずっと眺めてたのかよ、と思いながら親指の示すほうを見れば、スペレッサーが両手に大型のナイフを握って立っていた。大きな剣とか斧を持っている姿は想像できないが、これは不思議と違和感が無い。
「双剣かあ。確かに似合ってるね」
巧真が褒めると、アイザックは「だろう?」とだらしない顔で肩に腕を絡めてくる。
「小型の武器なんで一撃の威力は低いが、高機動型のスペレッサーにはぴったりだ」
「確かに、重い武器だとせっかくのスピードを活かせないからね」
「わかってるじゃねーか」
「しかしお前、軍隊上がりなんだから自分のグランドールがどんな武器持つかわかってるだろ。わざわざ朝イチに並ぶ必要なんて無かったんじゃねえのか」
ギリガンの言葉に、アイザックは「わかってねーなー」と肩をすくめる。
「それとこれとは別なんだよ。そもそも、グランドールってのは本来は武器と一組なんだ。つまり武器持ってナンボだろ? だったら一秒でも早く正しい姿に戻してやりたいって思うのが操縦士ってもんなんじゃねえのか?」
「なるほど。違いねえ……」
「納得しちゃった!?」
アイザックの力説にギリガンがあっさり論破され、思わずヴィルヘルミナがツッコミを入れる。だがよく考えてみれば、彼は今でこそ技術者であるが、元は操縦士なのだ。思考回路は根っこのところでアイザックたちと同じである。
「ああもう、馬鹿な事言ってないで、私たちもさっさと検査を受けるわよ」
これ以上馬鹿の相手をしていると自分も馬鹿になると言わんばかりに、ヴィルヘルミナは巧真たちを受付へと急かす。
ヴィルヘルミナに背中を押され、グランドールたちが立ち並ぶ闘技場を歩いていると、
「ちょっと待ちな」
突然声をかけられた。
巧真に声をかけたのは、長身の女性だった。
「何ですか?」
振り返った巧真は驚いた。だがそれは女性の操縦士が珍しいとか、彼女が女性にしては大柄だという事だけではなかった。
巧真の関心を最も惹いたのは、彼女の頭の上にぴんと立ったイヌ耳であった。
そこで巧真は思い出した。確か彼女は国王に質問していたエッゾ帝国代表の操縦士、ピレーネだ。後に聞いた話では、彼女の故国エッゾ帝国は獣人の国で、カント王国や他の国で見るケモ耳の人間はみなエッゾ帝国出身の者なのだそうな。
「あんたがシンドゥ・タクマかい? 思ったより小さいな」
そう言うとピレーネは、値踏みをするように巧真の上から下までじろじろと眺める。
「えっと……ピレーネさん、でしたっけ。俺に何か用ですか?」
巧真に名前を呼ばれ、ピレーネのイヌ耳が片方だけぴくりと震える。
「ほう、天下のグランドールフェスト王者に憶えてもらえるたあ、あたいもちったあ名が売れたもんだね」
ピレーネはにやり、と太い犬歯を見せて笑うが、すぐさま表情を引き締める。
「用っていうのは他でもない。あんたにあたいらの大将になって欲しいんだ」
「は?」
巧真は「たいしょう」の意味が聞いた瞬間理解できず、「対象」「大正」「対照」「対称」「隊商」と同音異義の単語が脳内を駆け巡った。




