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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

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〈66〉過保護で良いのです フィリベルトside



 私はフィリベルト・ローゼン。

 マーカム王国の公爵家長男だ。現在は王立学院高等部へ通学しながら、表向きは公爵領経営の補佐と、魔道具研究の両方に携わっている。

 

 マーカム王国は、イゾラ神が国王の祖先を導いたとされる豊かな土壌を持ち、この大陸の真ん中に位置するため、非常に周辺諸国との外交に気を遣う。

 さらに北の森のスタンピードに備え、騎士団や魔術師団を維持し続けなければならず、隣国の政治経済に目を光らせつつ、国内の治安維持に努める王国宰相たる我が父は、真に尊敬に値する傑物であると思っている。その後継として、誇りを持って育てられてきた自負もある。

 

 そんな自分に妹のレオナが産まれた時、その瞳の深紅に魅入られた。膨大な魔力を肌で感じると同時に、慈愛に満ち溢れた波動が流れ込んできたのだ。幼心に、妹には何か強大なものが宿っていることを悟った。ならば、兄としてできることは、彼女の心の支えになることだ。何が起きようと愛し、側に居ようと誓った。

 魔道具の研究に没頭したのも、ローゼンの血に宿る膨大な魔力をもってしてさえ、レオナの魔力を抑え込むことは叶わないだろうとの推測からだ。――そしてそれは当たってしまった。

 魔力測定後、自身が内包する魔力に恐れおののき、泣き崩れるレオナをしっかりと胸に抱き締めながら、戦慄した。こんなに泣いている妹を見たのは、メイドの毒盛り事件以来だと気付いたのだ。どれだけことをこの妹は、我慢してきたのだろうか?


 思い返せば、レオナは、昔からどこか超然としていた。

子供らしくない、という表現が正しいかどうか分からない。ただ、幼い頃から、理不尽なことがあっても自室で静かに遠くを見つめて、心の整理をして、一人で飲み込む、そんな理性的で穏やかな性格だった。

 

 裏を返せば、諦めが早すぎるのだ。

 

 だからなおさら。誕生日パーティでエドガーに怒った時は、父とともに喜んだものだ。

 

 もちろん貴族たるもの、常に冷静にその責務を全うすべく教育されているわけだが、だからといって自身の感情を蔑ろにするのは不健全だ。

 怒るべきところは怒り、受け入れるところは承認し――健全な精神でなければ、とても公爵家の運営は成り立たない。ただでさえ周りは権謀術数まみれなのだから、尚更強く在るために。

 

 だからこそ、大袈裟なくらいに愛していると伝えるのだ。諦めないで欲しい、欲しがってほしい。愛する人と結婚したい、と告げた四歳の時のように。

 だがあの調子だとそれすら――ルスラーンのことすら――諦めそうだな……どうしたものか、と最近はらしくなく悩んでいる。

 

 ルスラーンはルスラーンで、文句なしに良い男なのだが、散々植え付けられてきた『辺境は田舎』『品のない武功伯爵』『見目も恐ろしく見るに堪えない』という夫人・令嬢どもの悪口が、劣等感として身に染みてしまっている。

 母を早くに亡くし、女性の立ち居振る舞いに慣れていなかったせいか、そういった発言の影響が幼心に強く刷り込まれてしまったようだ。

 

 見目については、まるで(なび)こうとしない彼に対しての下らない負け惜しみでしかない。どうにも刷り込みと言うのは恐ろしいものだ。レオナに対しても今一歩踏み込めないでいるような雰囲気を感じるのは、そのせいではないか。

 そのため今は、お互いに遠慮し誤解し、いつかすれ違ってしまわないか、ヤキモキして見ているところだ。

 

 そんなこんなで、徹夜続きで頭が逆に冴えてしまい、仮眠もままならず余計なことを考えてしまうな、どうしたものか……と思っていると。


 コンコン


 ノック音がした。

 気配からヒューゴーだと分かったが、少し空気が固い。何か報告か相談か、と仮眠室のベッドから身を起こし、軽く身だしなみを整える。

 カミロと何か雑談しているようだ。その時間も大切なので少し待つ。ヒューゴーには些細なことも把握していてもらいたいからだ。

 

 たっぷり間を取ってから立ち上がる。

「ヒューゴー? 来ていたのか。私にもくれ」

 彼の紅茶は久しぶりだ。ルーカス仕込みで本場の腕前。茶葉厳選の知識も、商人に引けを取らない。孤児院育ちで鼻がいいんですよ、と自嘲するが、全ては彼のたゆまぬ努力に裏打ちされている。彼は一生をレオナに捧げると誓い、同じ目的を持ったメイドと結婚し、公爵家へ忠誠を尽くしている、稀有で優秀な部下なのだ。

 

 お茶を飲み終えた後、自分の研究室に戻り、椅子に腰掛ける。ヒューゴーは扉を閉めると、周りの気配を確かめてから口を開く。

「お忙しい時に申し訳ございません。レオナ様に関わる件で、ご相談したいことがございます」

「レオナのことは最優先だ。構わない。言ってくれ」

「ありがとうございます」


 先日から懸念に上がっている、頭痛の蔓延の件だった。

 シャルリーヌから日頃の頭痛を訴えられ、レオナが回復効果のお茶を提供していると聞いてはいるが、最近ゼルやテオにも同様の症状が見られ、頻発している様子だと。しかも先程カミロも訴えていたと。何やら不穏な気配だな、とフィリベルトも感じた。


「ゼルの飲み物にもレオナ様の効果を付与したところ、瞬時に回復したのをこの目で確認致しました」

「……そうか」

 レオナが付与できる効果については、実はここにある魔道具で秘密裏に分析をした。なぜなら、治癒魔法は()()()()()()()()()()()()と彼女自身が言っていたからだ。


 ヒューゴーの呪いを解いたことから、治癒だけではないことは分かっている。

 

 分析の結果は若干の疲労回復効果と、やはり『解呪』だった。聖属性を持つ者でないと発揮できない高次能力であるため、もちろん公爵家以外知らない。解呪の効果がある、ということはつまり。

 

「闇魔法……」

 思わず口にすると

「可能性は高いかと」

 ヒューゴーは肯定した。

 

 闇魔法はそのほとんどが禁忌で、特に人に干渉するものは抵抗する際に頭痛がする、というのが()()騎士団である『王国暗部組織《通称・影》』の常識だ。あらゆる拷問や洗脳に対抗する訓練をしている、影ならではの情報であり、一般的にはもちろん騎士団、魔術師団にも知られていないであろう。

 

「どうされますか、師団長」

 ヒューゴーがその呼称を用いるということは、彼は()()()()()()としての指示を仰いでいるということになる。

 もちろん本職はレオナの専属侍従だが、学院潜入にあたって第三所属にした。それが良い判断だったのどうかはまだ分からない。少なくともジョエルには、ヒューゴーを酷使しすぎだ、と怒られている。

 

「さすがに手が回らんだろう。リンジーと協力するように」

 リンジーも少数精鋭である第三騎士団の団員で、ヒューゴーとは旧知の仲だ。ブルザークでの隠密活動を終え、ブルードラゴン討伐を経て、現在はアリスターの影として任務に付いている。学院に潜入してもらい、ヒューゴーは表、リンジーは裏からレオナを護衛する体制作りをするための前段階として、第一王子の信任を得ているところだ。

 

「かしこまりました。近衛には連絡入れますか?」

「はっきりするまでは伏せておく。未知な闇魔法の使い手がいるとなれば、時期が時期だけに王国を揺るがすことになりかねない。慎重に調べなければならない。ただでさえ、亡命者が側にいるのだから」

 闇魔法の使い手は滅多に記録にない。薔薇魔女以外には数人だ。そしてその数人、の中にリンジーが入っているのは極秘中の極秘情報だ。

「カミロ先生にはなんと?」

 闇魔法検知を記録するには、相応の魔道具がなければならない。

「気が重いが、協力してもらう他ないな……」

「ですね」

 二人で頷きあうと、ヒューゴーが部屋を一旦出る。応接スペースを抜けて、カミロの私室の扉をノックする。

「……はい?」

 すぐに開けてくれた。

「どうしたんだい?」

「少しご相談が」

「うん? 聞こう」

 そのまま師団長室に促し、座ってもらう。ヒューゴーは扉を背に立ち、後ろ手に扉を閉めた。

 ――防音結界が発動する。

 

「カミロ殿下。またもお力をお貸し頂きたい」

 切り出すと

「もう殿下ではないったら」

 困ったように笑う彼の赤髪は、言われてみればブルザーク皇帝陛下と同じ色である。

「ラディがまた何か無茶を言ってきたのかい?」

「いえ、弟君ではなく我々の問題です。ヒューゴーが」

「不穏な魔力を検知致しました。つきましては、持ち歩けるような属性判定、かつ記録ができる道具があればと」

「……なるほど。推察するにきっと希少属性だね? ――詳しくは聞かないけど。ジョエルかラザールにまた大量の魔石を取って来てもらわないといけないが、ここの設備でなんとか作れるだろう。名目は考えてくれるかい?」

 

 属性クリスタルは、現状魔術師団しか持っていないことになっている。これは第三騎士団のみの機密事項にしなければならない。

「感謝致します。今なら障壁材料として申請すれば可能でしょう」

「分かった」

 この件は念のため、ラザールにも伏せておこうとフィリベルトは決め、カミロも同意した。ただでさえ合同演習準備で、魔術師団長不在の彼の負担は大きい。まずは第三で調査にあたり、結果次第で通常の手続きで報告する。仮にそうでなかった場合の対応を最小限に抑えて動く。

 

「すぐに父上とジョエルへ手紙を」

「はい。閣下は恐らくこの時間なら執務室で捕まるかと」

 ヒューゴーなら馬でそのまま届けてくれるだろう。

「もうしばらく帰れなそうだね」

 肩をすくめるカミロは、柔和であの皇帝とは全く似ていない。母が違うと言っていたが。

「巻き込むことになり、申し訳ございません」

「いえいえ、ローゼン公爵家に庇護して頂いている身。使って頂けるなら本望だよ。気にしないで」

 軽くウインクをして、早速準備をするよと自室へ引き上げるカミロ・ブルザークは、王立学院講師の仮面が剥がれて皇族の雰囲気をまとっていた。

 

「……父上が、公開演習の後、皇帝陛下と密会する準備を進めているそうだ」

 この機会にとひそりと部下に告げると、複雑な顔をされた。

「どうした、ヒューゴー?」

「フィリ様は、どちらが相応しいと考えられていますか?」

「ん?」

「ルス様と、皇帝陛下」

「……レオナが決めることだ」

「あの方は……決めるでしょうか……」

 ヒューゴーもまた、本当に妹のことをよく分かっているなと思う。彼に身分さえあれば嫁がせることもできたのだが、この王国では残念ながらそれは叶わない。実は、レオナの身分を捨てさせればあるいは、と言ったこともある。

 

 が、ヒューゴーは『レオナ様はご自身で愛する方を探されたいと仰った。自分はそれをお支えするのみです』とそれ以上を決して望まず、マリーと共に家族として側に居たいと願った。

 当初は理解が出来なかったが――愛すればこそ男なら手に入れたいと思わないのか、と(なじ)った過去もある。若かったなと反省しているが――それもまた愛の形だなと今では受け入れている。

 

「俺らにできることは、守り、愛することだけだ。だろ? ヒュー」

 あえて、素で言う。

「はは! だな、フィリ」

 出会った時の笑顔のまま、彼が笑う。

 立場を超えて何度も殴り合いをした、兄弟のようなものなのだ。

 

 そしてパッと切り替えて、唇を引き結ぶのは再び諜報員の顔。

「ところでゼルは、やはり」

「ああ、掴んでいた情報通り」

 先日リンジーから送られてきた報告書を開く。

「アザリー王族由来の者であると裏付けが取れた。コンラート伯が保護したということだな」

「でしたか……耳の魔道具が気になっていました」

「何かを封じているようだな」

「魔力か、身体的特徴か、特殊能力か……」

「いずれにせよ、今まで通り目は離さん方が良いだろう」

「はっ」

「また強引にレオナに迫るようなら、いよいよヒューゴーが盾になるしかなさそうだな」

「気が滅入りますね。ただでさえルス様に誤解されているのに」

「あいつはヒューゴーを、ブノワの者と思っているからな。情けない。家柄など関係なく奪うぐらいの気持ちは持てと言いたい。気概のない奴など無視して構わんからな」

「……」

「いざとなれば必ず勝てとは言わんが、負けないだろう?」

「ですけどね。やれやれ、骨が折れますよ」

 

 分かっている。本来なら第三はあまり派手に動くべきではない。

 

「それとエドガーとベッタリなあの女子学生だが」

「ユリエ・カトゥカですね」

「ああ。なぜか学院長とかなり懇意のようだ。学生簿の閲覧が全く許可されない」

「……」

「魔力測定名簿に怪しい点はなかったとラザールから報告は上がっている。私も直接確認した。が」

「俺は怪しいと思っています」

「その通りだ。男爵家令嬢とはいえ、素養がなさすぎる。にも関わらずハイクラスから落ちる気配はない」

「マナーも座学も壊滅的です。普通に考えて、進級は不可能かと」

「ジャンやルスいわくは、うまく殿下の心に取り入っていて、もはや離すこともできない状況のようだ」

「……」

「学院長のドミニクは、陛下とも旧知の仲で王立を傘に着て宰相権限も通じない。少々危険だが、カトゥカ家との繋がりを別働隊に探らせる」

「リンジーと情報共有します。こうなれば学院内部も積極的に調べた方が良いでしょう」

「頼む」

 

 話し終え、手紙を書くため机に向かい、便箋を取り出し、頭の中を整理しながら文字にしていく。宰相閣下は多忙だ。必要なことのみ簡潔に書くが、誤解のないようにしなければならない。

「フィリ様」

 背後に立つ部下が、今度は妹の専属侍従に戻る。

「ご多忙でしょうが、できれば今夜一度公爵家へお戻り下さい。レオナ様が会いたがっています」

「……そうだな」

 美しい薔薇色の瞳が、脳をよぎる。

 

 公爵家子息とはいえ最年少の十八歳で、第三騎士団師団長を任された身。潤沢な資金と魔道具を提供することによって獲た地位だ。暗部を統括し、結界や魔力制御の魔道具を開発し、この王国における『薔薇魔女』の生きる道を作るのが今の自分の生きがいであり、王国のためにもなると信じている。ベルナルドからは、茨の道だぞ、と散々脅されたが、進むと決めた。

 

 ただ、レオナのためにしていることが、レオナを寂しがらせるのは本意ではない。

「この手紙を書き終えたら一旦帰ることにするよ。ジョエルが騒ぎに来そうだしな」

「それは……関わりたくないですね」

「会わずに手紙だけ置いていくつもりか? また拗ねるぞ」

「知らねっすよ。あ、ところで」

 ペンを止めずに耳を傾ける。

「テオは期待通り頑張ってくれています。ルーカスがそろそろ次の段階に移ってもいいかと」

「そうか……頼もしいな。問題ない、進めてくれ」

「そちらもそろそろ動かなければ、ですね」

「……ああそうだな」

 ボドワン家に切るカードは何枚か持っているが、なるべく穏便に済ませたい。それもまたレオナの心の平穏のために。

「我ながら過保護だな」

「今更ですね」


 

 ――だが、それで良いのだ。

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