〈56〉一緒に検討するのです
「ウーン」
やはり行き詰まってしまった。
レオナは、家庭教師の教えを得ていたとは言え、学院に入るまではほぼ引きこもりであった。知識はあれど、市井の詳しいことなどは分からない。
「どうした?」
「やはり生鮮品は、保管と運搬が難しいですわね」
「……そうだな、基本はモノと季節にもよるが、荷馬車で二日が限界。それ以外は食糧として消費だ」
「そうですわね。せっかく我が国は農作物が豊富なので、もっと流通網ができれば、食も経済も更に発展できるのではと考えているのですが」
レオナは、目を上げないままに独りごちる。
「基本的には、地産地消ですものね」
「ちさんちしょう?」
「その地域で生産し、その地域で消費することですわ」
「ふむ……それなら……まず、珍しいものや高価なものに目がないのが貴族だ」
「!」
ぱっと思わず顔を上げるレオナに、ルスラーンは微笑んだ。
「例えば、ダイモン領はイチゴが名産なんだが、王都まで荷馬車で片道五日かかる。さすがに傷むので通常は無理だが、以前フィリベルトが、氷魔法で冷やしながら持ち帰ったことがあってな」
イチゴは温暖なこの周辺では小粒で酸っぱい、色も黒っぽい野いちごのような品種が流通している。一方涼しい気候の北のダイモンでは大粒で甘く、色も赤い品種を栽培しているのだそうだ。
「王妃殿下に、色もルビーのように綺麗だし、甘くて美味しい、と大変喜ばれたらしい。それ以降その話を聞きつけた貴族連中から引き合いはあるのだが……冷蔵の魔道具は非常に高価だ。仮に使ったとしても、今度は盗賊に盗まれる危険が高い。護衛を付ければその分値段は跳ね上がる。無事に運べたとしても、どうしてもいくつかは傷む。というわけで、あまりに高額にするのもどうかと思って、実売はできていないのだ」
「それ、検討の価値ありますわ!」
「お?」
レオナのペンが走り出す。
「密閉の専用容器を作って、比較的安価な氷を取替えながら進めばあるいは……傷みがあるものは、ジャムやシロップ漬けにしたりして十分使えるはずです。貴族に大人気な甘いイチゴを使ったお菓子って」
「庶民にも手が出そうだな」
「ええ!」
「輸送経費を貴族に持ってもらう形になるわけか」
「左様です。生のイチゴの希少価値を謳うと同時に、庶民にも手が出るよう、傷んだものは加工したお菓子にする。王都で流行れば、地方からも引き合いがありましょう。廃棄の無駄もなくなります」
思い付いたことを箇条書きにしていく。あとは家で清書するだけだ。
ルスラーンはすっかり冒険小説を閉じてしまって、レオナがひたすら書いているのを眺めている。
は! と気付いた時にはもう遅い。
「……すみません、またもやお邪魔してしまいました……」
「いやいや、楽しいぞ。しかも我が領のためになるかもしれん」
ルスラーンは、少し寂しそうな顔をして遠くを見やる。
「……ダイモンは、危険な場所という印象が根強いからな」
魔獣蠢く北の森を有する、屈強な者どもの土地。それがダイモンの代名詞。
「訪れるのは冒険者ばかりだ。風の季節も涼しくて自然が豊かな、良いところなのだが」
「是非行ってみたいですわ!」
前世では、一人でイチゴ狩りに行く勇気はなかったが、イチゴは大好きなレオナである。ダイモン領でイチゴ狩りツアーが実現したら、流行りそうだと感じた。
「お? そうか? それなら是非遊びに来てくれ。親父も喜ぶ」
「はい!」
レオナは、ヴァジームにももちろん会いたいが、ルスラーンの生まれ育った場所を見てみたかった。
さて、そろそろ切り上げるか? とルスラーンが言う。
「お陰様で良いものが出せそうですわ。ありがたく存じます」
「お役に立てたのなら良かった」
言いながら、テーブルを片付けるのをさり気なく手伝ってくれるルスラーンに、レオナは感心する。
伯爵家令息で近衛騎士だというのに、気さくで紳士。
騎士の鍛練だけでも相当大変であるのに、ドラゴンスレイヤーであることもひけらかさず、真面目に任務に取り組んでいる。しかも自領の産業を把握し、懸念も理解している。次期領主としても、しっかりと勉強しているのだろう。
すごい方だな……
今日ここでお話ができて、もっと知ることができて、良かったと、レオナは思った。ヒューゴーの機転に感謝である。
「あーそれでだな、褒美のことなんだが」
「! はいっ」
「……なんでもいいのか?」
「私にできることなら、なんでも」
「ちか…」
「誓います!」
かぶせて言うと。
ふはは! と可笑しそうに笑われた。
「うーん。あのな、実はまだ考えていなくてな……」
「そうなのですね」
「ああ。なんでもいいと言われると、かえって思い浮かばんものだな」
すまない、と申し訳なさそうに言うけれど、別に強制ではないのだ。
「もう少し考えさせてくれ」
欲しいと思ってくれるだけで、嬉しかった。
「わかりました!」
ルスラーンは、バスケットを食堂に返すのを手伝ってくれ(重いだろ、と持ってくれた!)、さらにフィリベルトの研究室まで送ってくれた。なんて紳士なのだろう、とレオナは感動する。
学院内の道を歩きながら、
「次の剣術の講義は、副団長が来るそうだ」
と教えてくれた。
「え! ジョエル兄様、大丈夫ですの?」
「めちゃくちゃ忙しくて目が死んでる」
……ゲルゴリラかな。
「教えて頂けて良かったですわ。また焼き菓子をお作りしなくては」
「え、もしかしてレオナ嬢の手作りか!?」
「ええ。お恥ずかしながらそうなんですの。ラジ様にはこの間お渡しできたのですが、ジョエル兄様にはまだお渡しできていなくって」
「ラジ様ってラザール副師団長? なるほど……あの時のは……」
「?」
「……あーいや、なんでもない。んん。その」
「ルス様も、宜しければお召し上がりになりますか?」
「ぜひ! ……その、良いのか?」
「もちろんですわ! あ、きっと皆様の分作って来た方が良さそうですわね。たくさん焼いて持って参りますわ!」
「……皆様か……ああ、ありがとう」
「? ルス様?」
少々ガックリされている? 気のせい?
「た、楽しみだな」
「はい! ジョエル兄様とヒューの手合わせを見るのは久しぶりで、楽しみですわ!」
気のせいだったようだ。
「……そ、そうだな……はー」
溜息!?
やはり読書のお邪魔をしてしまったからかな!?
大変申し訳ないです……




