〈51〉それぞれの夜なのです
「凄かったわね……」
シャルリーヌが馬車の中で、ほうっと息を吐く。
「ええ」
「ルスラーン様って、話すと全然雰囲気変わるのね! 怖そうって思ったけど」
「ふふ、そうね。昨夜はあんな感じだったわ」
「……レオナ」
「うん?」
「良かったね。私、ほんと、応援するから」
なぜかウルウルしているシャルリーヌに、びっくりするレオナ。
動揺して尋ねる。
「ど、どうしたの……」
「……だって、レオナ、今日……すっごくキラキラしてたよ!」
レオナは、なるほどそんな風に見えていたのか、と恥ずかしく思うと同時に、やはりルスラーンへの特別な気持ちが芽生え始めている、ということを親友の言葉で自覚した。
「シャル……ありがとう……」
レオナは、ぎゅうっとシャルリーヌの両手を握った。
本当に素敵な友達だと、改めて思った。
この気持ちが恋なのかどうか、まだ分からない。
でもまた彼に会いたいし、話したい。そんなことを今まで誰かに思ったことはなかった。この想いは、かけがえのない宝物になる気がする。
――これを胸に、ずっとずっと、この生を生きていきたい。
※ ※ ※
「まーじで余計なことしかしねー親父のせいで……」
ラフな服に着替えて、街を歩きながらブツブツ言うルスラーンは、優勝したというのに不機嫌だ。
『雷槍の悪魔に寄り添っていた、超絶美人と可憐な令嬢を紹介しろ!』と控室で騎士団連中から詰め寄られまくったルスラーンは、苦肉の策で『よく知らない。フィリベルトに聞け』と逃げたわけだが、そうすると『噂の薔薇魔女があんなに美人だったとは!』から始まって『とにかくお近付きになりたい!』『後ろの子すっごい可愛かった!』『食事に誘え!』『名前だけでも!』『フィリベルトを呼べ!』ととにかく場が収まらなくなったそうだ。
フィリベルトは、こいつ本当に、こういうことに関しては不器用だな、と溜息をつきつつ、まあ、それがこいつの良いところだな、と独り思う。
「俺も最悪はジョエルに丸投げするぞ」
悪友の前では、公爵令息も素に戻る。
「っはは! それしかねーな! ……あれ? でもそしたら俺、殺される?」
「だな」
「やべー!」
旧友と飲み明かすのも、たまには良いだろう。
「……おめでとう」
「おう」
「レオナも喜んでいたぞ」
「……おう」
「何をねだるんだ?」
「……っあー、その」
「決まってないのか?」
即断即決の男が珍しい。
「……あのさ、今日、魔術師団の副師団長に何渡してた?」
見ていたのか。
「さあ。本人に聞け」
「……だよな」
口がへの字のルスラーンは、そのまま押し黙る。
もしかして妬いてるのか? これは。
かつての学院在学中、強面で無愛想なのが素敵だと、女子学生にモテまくっても、ピクリともしなかったこの男が?
さすが我が妹だな、とほくそ笑んでいると
「あー! やっと来たあ! 主役のくせにおっそいぞー! あら、フィリもー?」
酒場の入口で仁王立ちの副団長。
「フィリを誘ってました」
しれっと言うルスラーンに、こいつ……と思いつつ、つっこまないでおく。
「ほーん?」
さて。十樽軍団相手に逃げ切れるかな、とフィリベルトは内心算段を始めたものの、実際は
「ああん? レオナとシャルに会わせろってー? あの二人は僕の大事な大事な妹も同然なんだけどー。紹介して欲しい奴は、まーず僕を倒してから言ってもらおっかー?」
と酔って目の据わった副団長が、勝手に暴れ回ってくれたお陰で難を逃れたわけだが。
殺されずに済んだ、とルスラーンはホッとしていた。
ちなみにヴァジームは、速いピッチで飲まされ続けて早々に潰れていた。
※ ※ ※
公爵邸へ戻り、仕事を終え自室に戻ったヒューゴーを、マリーが彼の王立学院の制服を整えながら、迎えた。
「お疲れ様。十月から大変ね」
「……はあー。やっぱマジかよ。俺に学生とか絶対無理だろ? これでも二十三だぞ?」
護衛強化のため、学院に後期から途中入学しろ、とルーカスから指示があった時は冗談かと思ったが、実際に制服を渡されて本気だと悟った。
ジョエルの親戚扱いでヒューゴー・ブノワを名乗り、公爵家で騎士見習い修行中の身としておけと。テオには驚かれるだろうが、まあ少し事情を話せば大丈夫だろう。とにかくジョエルが気色悪かった。マジで僕ヒューのお兄ちゃんじゃーん! て違うわ!
「さすがに十六歳とは言っていたけどね。まあ顔だけは童顔だから大丈夫。特にルスラーン様は『年上』だからね。間違えちゃだめよ」
「うえー。敬語ね、敬語。ヨロシクオナガシマス」
実際はこっちが五歳上なんだが。
「喧嘩売らないように」
「売らねえよ」
「どうだか」
勝ち筋はいくつかあるけどな。あのニーズヘッグってやつと一回ガチンコやってみてえな。と考えていると、マリーがイタズラっぽく
「でも二人の試合見てみたいわ。お嬢様はどちらを応援するかしら」
とからかってくる。
「……どっちも頑張って! て言いそう」
「あはは、そうね!」
羨ましいわ、とマリーは切なげだ。本当は自分が潜入したかったと、当然思っているだろう。
「仕方ねえよ、全部一人でカバーとなると」
「私の体力じゃね……」
マリーは優秀だが、小柄なせいか持久力が劣る。周辺に注意を払い索敵しつつ情報収集、いざという時には戦闘、おまけに講義には、剣術と攻撃魔法も含まれる、となると、なかなかキツいものがある。
「その代わり家のことは頼む」
さすがに屋敷内での警備までは、頭が回らなくなる。
「まかせて」
二人で護っていくんだからな。
……とはいえ少々手駒不足。やはりテオを育てるか。
※ ※ ※
「恥をかかせよって!」
誰もいなくなった演習場の片隅に、ゲルルフの声が響いた。
宴会だと? ふざけるな。
どいつもこいつも耄碌した爺に擦り寄りよって。辺境に隠遁している奴の子供如きに遅れを取ったとは。恥を知れ。
「も、申し訳……」
ドガッ!
ハゲを踏み潰す。地面に散った鼻血が汚い。
「ドレインナックルは使ったのか」
拳にはめる魔道具で、殴ることで敵の魔力を吸い取る代物だ。オーパーツと呼ばれる過去の遺物で、現在は作ることができない。騎士団が発掘した遺跡で見つかり、普段は団長室金庫に厳重保管してある。
ヒト相手は生気も吸い取るので、使用は禁忌とされているが、魔道具の存在自体知られていない。歴代団長以外には。――まさかヴァジームが見に来るとは、想定外だった。
「……使いました」
「ちっ」
まあいい。これからいくらでもチャンスはあるだろう。
「剣術講師に専念するんだったな」
ジョエルがイーヴォを、体術講師から外した。
身体強化を取り入れて欲しいという、学生からの要望が大きいだと? 勝手に決めるな公爵家の犬め。気に食わん。
「……はい」
「せいぜい精進しろ」
決勝戦で、『あれが私の直属の部下です』などとフランソワーズに言わなければ良かった。でなければ『負けてしまいましたね』なんて言われなかった。
ピオジェ公爵には『優勝者が前団長の息子とは、さすが英雄は格が違うのかねえ』と蔑まれた。全てイーヴォのせいだ。クソッ! ……まあいい、次の機会を待つだけだ。
※ ※ ※
「あー飲み過ぎた」
散々飲まされた明け方、延々飲み続ける騎士団の仲間達から、ルスラーンはほうほうの体で逃げ帰り(フィリベルトは気づいた時にはとっくに居なくなっていた。薄情である)、ベッドにようやく横になれた。とにかく疲れた。
今年、やっと優勝できたという充足感が、ジワジワと身体を満たしていく。
ニーズヘッグは、ブラックドラゴンへの勝利で獲得した肉体と魔力の限界を外すスキルで、言わば身体強化の一種だ。
限界を外してしまうので、使い過ぎると反動が酷く、去年は使いこなせていない分と、使った反動分でソゾンに歯が立たなかった。
今年は練度を上げて、なんとか勝つことができた。苦労を知っているせいか、ソゾンには『頑張ったな!』と讃えてもらえて嬉しかった。
一方で悪名轟くゲルルフの小判鮫の、イーヴォとの闘いは、全く強くないはずなのに力を吸い取られるような気色の悪い感覚だった。これは気合いを入れて一撃で決めないとマズイ、と本能で悟っていた。
最後、寸前で加減して拳を引いたので、殺さずに済んで良かった。肋は何本か折れているかもしれないが。
……お互いを高め合う試合は好きだが、他者を蹂躙するようなのは好きではないな。来年からは不出場でいいな。レオナにも見てもらえたし……って、あー……
自然と彼女のことをふと考える自分に戸惑っている自分がいる。
「ご褒美、ねえ……」
ラザールに何をあげたのだろう。俺が欲しいものは……




