〈48〉応援団なのです
公爵邸にて、レオナが料理長と忙しくクッキーを焼いている間に、シャルリーヌがやって来た。
朝一番にルーカスにお願いをして、交流試合に行く、と手紙を出してもらったのだ。
「どういう風の吹き回し? 渋ってたのに」
クッキーを冷ます間に、自室でお礼の手紙を書くレオナ。
机の手前のソファで、シャルリーヌがマリーの淹れてくれた紅茶を飲んでいる。この後ガーデンで軽くランチを食べ、一緒の馬車で騎士団演習場に向かうのだ。フィリベルトも同行してくれるとのこと。
今日のシャルリーヌは、パステルグリーンで首元と腕部分が細かなレース、腰の切り替えが同色のサテンリボンのアフタヌーンドレスで、とっても可愛らしい。
同色のカチューシャにアップヘアで、ライムイエローのコサージュが付いている。元気ハツラツなシャルリーヌにとても良く似合っている。
「気になる方が、お出になるそうですよ!」
マリーが暴露する。
「え!」
シャルリーヌはガシャン! と思わずカップから手を離してしまったらしく、慌てている。
「ご、ごめん動揺しちゃって……」
「もう、マリーったら。シャル大丈夫?」
確信犯ね!
「大丈夫……」
シャルリーヌは、ゴクリと音が鳴るほど喉を鳴らして、恐る恐る
「だ、誰なのか……その、聞いてもいい?」
と尋ねた。
ここで当然教えてくれるよね! とならないところが、レオナの中でシャルリーヌの大好きなところである。
「私もまだお聞きしていませんから、是非」
マリーは遠慮なくグイグイくる。
「もー! 二人して!」
レオナはさすがに恥ずかしくて堪らない。こういうのは慣れていないのだ、と無駄にクネクネしてしまうのは、許して頂きたい。
「気になるというか、また会って話したいなって、思ってるだけ!」
「「ほほーう」」
息ピッタリだな!
ふう、とペンを置いてソファへ移り、レオナもお茶を頼む。
「あのね、お兄様のお友達で、騎士団の方なのだけれど」
あ、やっぱ騎士かあ、とシャルリーヌが言う。
やっぱって!? どういう意味!?
「ダイモン辺境伯様のご子息で」
「「ダイモン伯!?」」
「交流試合にお出になるから、是非見に来てくれと」
「「誘われたの!?」」
「ダイモン伯にね」
なーんだあ、そっちかあーて。どっちよ。
「かっこいいの?」とシャルリーヌ。
「確か、非常にお強い方とお聞きしておりますが」とマリー。
「えーと、どっちかというと可愛い? かな?」
「「……」」
えっ、おかしなこと言った!?
「とりあえず、応援しましょう」と言うマリーに、
「そうね!」と頷くシャルリーヌ。
「ええ、勝って欲しいわ!」
((そっちじゃなーい!))
マリーが選んでくれたのは、白から薄青にグラデーションのアフタヌーンドレスだった。レースがふんだんに使われていて、色は清純だけれどデザインは可愛らしい。白いヘッドドレスに青いコサージュ。
エスコートしてくれるフィリベルトは、二人ともとても綺麗で鼻が高いな、護衛頑張るよ、と褒めてくれた。レオナとシャルリーヌは顔を見合わせて、嬉しい! と笑い合い、馬車に乗った。
交流試合は復興祭の目玉イベントであり、身分を問わず無料で誰でも見ることができる。
王都には、食べ物や飲み物の出店がたくさん出るし、魔獣討伐をドラマティックに演出した舞台演劇や、旅の一座の歌や踊りを見られる。その中でもこの交流試合は、騎士の闘いを直接観戦できるとあって毎年大人気だ。
そのため騎士団演習場も一般開放される。
貴賓席と一般席に分かれるとはいえ、心配症なフィリベルトは『護衛』というわけだ。ルーカスとヒューゴーとマリーも同行するので心配はないと思うのだが。
去年までは、復興祭は宰相のお仕事、という感じで、レオナにとって自分が参加するイメージはなかった。社交界デビューしたからかもしれないが、学院に入学して、友達ができて、こういうイベントで街に出て、と自分の世界が一気に広がった気がし、嬉しさを感じた。
演習場の貴賓席もまた王族、高位貴族、下位貴族、で分かれている。
ベルナルドは別件があり、後から来るそうで、アデリナは家で休むとのこと。王族席は緊張するので、と遠慮した。正面から少しずれた席に陣取ると、他の家は公爵家に遠慮してか、だいぶ離れて座っている。一般席はずっと向こうで、お互いの顔は判別できないくらいに離れていた。
初めて訪れたレオナは、この騎士団演習場が学院のものと違って(当たり前だが)ものすごく広くて驚いた。木造であるが、その形はイタリアのコロッセオのようだと思う。
王族席には国王、第一王子のアリスター、第二王子のエドガーがおり、ピオジェ公爵オーギュストが第一夫人と子息、そしてフランソワーズを連れていた(ちなみにフランソワーズの母である第二夫人は病弱のため家に籠りきりだそうだ)。
今日の彼女はその金髪に負けないぐらいのイエローゴールドのドレス。昼にはなかなかキツい色だが、きっとピオジェ公爵の趣味なんだろうなあ、とレオナは少し同情した。
それから、ダイモン伯ヴァジームは毎年欠席していたらしいが(ヤンチャな若者に、英雄がなんだ! かかってこいや的に勝負を吹っかけられたりするのが大変面倒という理由で)、
「わしが誘ったし」
と来てくれ、しかもレオナの隣に座ってくれた。
わーい、またお話できる! とはしゃぎつつ早速シャルリーヌを紹介すると
「また元気で可愛らしいお嬢ちゃんだのー」
「お会いできて嬉しいです!」
すぐに打ち解けたようで、一安心した。
というわけで、最前列にヴァジーム、レオナ、その後ろにシャルリーヌ、フィリベルト。その背後にルーカス、ヒューゴー、マリーが控える形になった。後ろからフィリベルトがお茶や日傘の指示を出したり、話題の補足をしてくれて、とっても快適である。
この交流試合の優勝者には記念盾が授与され、賞金が出るわけだが、それよりも名が売れるので、上昇志向の出場者はすごく頑張るらしい。
婿に来ないかとか、個人的に雇いたいとか、貴族からのスカウトが受けられる大チャンスなのだ。特に叩き上げの騎士にとっては、非常に魅力的なプロモーションの場でもある。
そういった若者のチャンスを潰さないため、騎士団長や副団長をはじめとした幹部は出場できない。
今年は王国騎士団、辺境騎士団合わせて約百名の出場者がおり、いざ出場者全員が演習場に並ぶとかなりの人数に見える。予選からとなると、終わるのは夕方になりそうだ。
ルールは、まいった、と言わせるか気絶させたら勝ち。殺すのはご法度で、危険な時は審判が止めて双方負けになる。単純明快な分、装備も魔力も自由に使えるので勝ち残るのは大変らしい。ただし、魔法は禁止。
時間になり、ファンファーレの後、国王の開幕の挨拶が始まる。滅多に見られない王族の姿に、一般観客席のボルテージも最高潮だ。
「今年もこの交流試合を開催できたことを、我が国民の皆に感謝する! 今年の国一番の騎士が誰になるのか、非常に楽しみである! 騎士の皆の勇気を共に讃えよう! そして騎士達は、己の強さを誇れ! では、いざ開幕!」
「おお!」
それぞれの武器を空に掲げ、気合いの入った怒号が響き、大きな拍手と声援が沸き起こる。出場者達がぞろぞろと控え室へ移動していくのを見ていたが、ルスラーンがどこにいるのかはまだ分からなかった。
「……思ってたより多いね!」
とシャルリーヌ。
「ええ……」
しかも見える限り全員屈強でむさ苦しい! と感じたレオナは、この中で一番になるとは、相当の腕前でないと無理ではなかろうかと不安になる。
「お、やはり見に来たか」
その冷たい声に振り返ると、案の定ラザール副師団長だ。
貴賓席までわざわざ来てくれたことに、レオナは嬉しくなる。今日は魔術師団の制服を着ていた。警備で巡回しているのだろう。
この国の騎士団と魔術師団の制服はロイヤルブルーの上着に白ズボン、焦げ茶のニーハイロングブーツだがデザインが違う。騎士団は帯剣を想定したもので、金の肩章と飾緒付き、黒マント。近衛騎士団は青マント。魔術師団は黒襟金ボタンで黒いローブを合わせる。マントもローブも幹部になると長くなる。副師団長のはふくらはぎ丈だ。最短で背中の半分、最長でくるぶし丈。
「ラザール様、ごきげんよう。いらっしゃって下さって良かったですわ」
立ち上がり、マリーに目配せをする。それを見たフィリベルトが微笑んでいる。
「ん? どうしたレオナ嬢」
「あの……お礼が遅くなって……」
胸元に手をあてると、それだけで通じたようだ。ふっと口許が緩んだ。表情が優しい。
「……ああ、気にするな。勝手にしたことだ」
「とても嬉しかったです。お礼にはならないかもしれませんが、焼き菓子を作って参りましたの。受け取って頂けますでしょうか?」
ラザールは目を見開いた後、んんッと咳払いをした。
「気を遣わせたな。ありがとう、頂こう」
マリーがそっとクッキーの詰め合わされた箱を手渡してくれたので、確認してから彼にそっと差し出す。グレーのリボンは、ラザールの瞳の色。
「疲れた時に是非……お茶請けにしてくださいませ」
「! それは、大事に食べよう」
疲労回復効果を付与した、との暗喩も通じたようだ。
「ほおー、ラジとも仲良いのか」
「ヴァジーム卿、お久しぶりです」
「学院で攻撃魔法を教わっておりますの」
「あのもやしボンボンが先生とはなあー」
「……その呼び方止めて下さい」
え! ジョエル兄様のあだ名付けの師匠ってもしかして……
「あー! ラジずーるーいー!」
噂をすれば、だ。
「ジョエル兄様!」
「なんじゃ、おまえもおったのか青二才」
この人が青二才なら他の人どうなるの?
「ジーマさーん! 貧乏クジで審判だよお」
「もっと働け」
「冷たいー」
ジーマというのはヴァジームの愛称で、限られた人にしか呼ぶことを許してはいない。さすがのジョエルだが、演習場の中からのふくれっ面で台無しある。
「ジョエル兄様の分もありますわ! これ、本当に嬉しくて……」
「いいのいいのー。僕はラジについてっただけだしー。ラジに僕の分も渡しといてー」
「……なくなっても知らんぞ」
「ふふ、いいよー。その分こき使うからー」
キラリンっとウインクしているが、内容は物騒である。
「やれやれ。どちらにしろジョエルが今日受け取るのは無理そうだな。代わりにもらっておこう」
「はい、ラザール様のお荷物を増やしてしまって申し訳ないですわ。ジョエル兄様、またお作りしますからね!」
「うんー、またジャムも頼むよー」
「分かりましたわ!」
マリーが、二つの箱を持ちやすいように布で包んでくれた。ラザールはそれを持って、少しの躊躇いの後に。
「レオナ嬢、良ければ」
「はい?」
「ラジと呼んでくれ」
「ふふ! はい、ラジ様! ありがたく存じます」
「ではまたな」
「ええ、ごきげんよう」
去って行く背中を見ながらジョエルが言う。
「……あいつあれでさー、今日もすっごい忙しいんだよー」
「まあ!」
そんな時に顔を見に来てくれるとは、なんて優しい人なのだろう! とレオナは思った。
「だからクッキーすごい嬉しかったと思うよー。僕も審判がんばるねー!」
「ええ、頑張って下さいまし!」
じゃーねー、とジョエルは演習場中央に向かうと、
「では、始める! 両者中央へ!」
凛々しく第一声を放つ。
もう既に、華々しい副団長の姿だ。
スイッチのオンオフが激しい。
そういえば騎士団長は? と周囲を見回すと王族席に見つけた。フランソワーズの隣で、なぜかカチコチになって座っている。そういえば昨夜ダンスしていたな? とレオナが思い返していると、フィリベルトも気付いて苦笑した。
「ゲルルフにも、ついに春が来たようだな……」
ええええええ! 年齢違いすぎませんか!
「二十歳差だが、まあ貴族は、年齢よりも家格だな」
フランソワーズは公爵家、ゲルルフは子爵家。例え騎士団長でも……ましてやピオジェ公爵は、第二王子推しだ。
「武功ならあるいは、といったところか」
「ゲルゴリラがのう……」
頑張って! フランソワーズ!
なんか、応援しちゃう!




