〈33〉余韻に浸るのです
皆を見送り、お風呂の後自室に戻ったレオナは、部屋に薔薇が飾られているのに気づき近づく。皆からのを寄せて、一つの大きな花瓶に活けてあり、ルーカスの字で誰から、とメモが添えてあった。
黄色 テオ
オレンジ シャルリーヌ
赤六本 ゼル
紫 カミロ
ピンク ジョエル
青 ラザール
去年のお誕生日は、シャルリーヌからだけだった(ジョエルは任務で来られなかった)。
今年は、こんなにも大きい花束になった。
「嬉しいな……」
思わず独り言が口をついて出る。
ゼルのあの素晴らしい衣装を思い返す。
アザリーという国は、遠くて本の中でしか知らなかったが、ゼルが自らルーツを話してくれたのが、より距離が縮まった気がして嬉しかった。もっと色々なことを聞いても良いだろうか。
テオのことは、ベルナルドとフィリベルトが素質を認めてくれたようだ。
本人の希望にもよるが、学院卒業後に公爵家で、侍従候補として働けないか、調整を始めてくれるとのこと。
但しボドワン家が、既に養子や婚約の打診にかなり動いているようだから、本人にはまだ言わないようにと言われた。貴族は面倒なしがらみがたくさんあるので、慎重にことを進めなければならないのは、もちろん理解している。圧力をかけるのは簡単だが、本意ではないからね、とまたベルナルドが物騒なことを言っていた。
もちろん、公爵家に来たからといって、それがテオの幸せかどうかは分からない。選ぶのは彼自身。幸せと感じるかどうかは彼の基準だ。それでも、友達にどこにも行くところがない、などと言わせたくはなかった。小さな灯火のような可能性かもしれないが、少しでも力になれたらいいなと思う。
十五歳の誕生日。最初は残念王子の暴走でどうなることかと思ったレオナだが、皆のお陰で、特別でとても幸せな日になったな、と瞼を閉じる。
――いい夢が見られそう!
皆にとっても楽しい日になってたら良いなあ。
※ ※ ※
一方その頃、自室でワインを傾けるベルナルドは、フィリベルトに問う。
「エドガーは、前からああだったか?」
フィリベルトは、ルーカスにミルクティーをリクエストする。明日はまた魔道具作りだ。酔いを持ち越す訳には行かない。
「いえ……レオナとも話したのですが、あのような振る舞いは、されていませんでした」
「学院で悪影響を受けたのか」
「可能性としては。今日のジャンルーカを見ても、今後制御しきれるとは思えません。念のためレオナの警備を強化すべきではないかと」
「同感だな……だが強化といってもな……」
王立学院だ。公爵家といえど、おいそれと手は出せない。おまけに学院長は、ピオジェ公爵家と懇意だ。
「まだヒューは学生で通るでしょう」
ルーカスが笑う。
「良い罰ではありませんか。あやつには、もう少し感情の制御を学んでもらいましょう」
とはいえ三人は分かっている。
ヒューゴーは、レオナの暴走を危惧してわざとキレたのだ。レオナは未だ強固な自制心でもってあの魔力量を抑えているが、仮に弾けてしまった場合には、どうなるのか誰も予想がつかない。
ローゼン家祖先の薔薇魔女は、魔力でもって世界を破滅の危機に陥れた、とあるぐらいなのだ。
そういう意味で、エドガーはかなり危険なことをした。
実際ルーカスは、レオナが軽く怒鳴っただけで玄関ホールを凍らせたことを鑑みて、最悪結界を発動する気だった。
ヒューゴーは、あの中で犠牲になるなら自分だと判断し、即座に行動に移した。レオナの性格ならば、他人がキレれば冷静になれる。ましてや、専属侍従の自分なら尚更止めるだろう、と。
だが、王族に手を出せば、いかなる理由があろうと許されるものではない。最悪は極刑だ。主人のために命を捨てられるような、そんな尊い侍従をこの家の人間は誰も見捨てたりはしないが、残念ながらそれがこの王国の法だ。
従って今回の件は、『軽率だった』とルーカスから叱ってもらう手筈になってはいる。ジョエルもそれに参加するだろうが。
「……ふー。ヒューゴーには負担をかけるが、仕方がない。準備を進めてくれ」
ベルナルドは、グラスのワインをあおった。
「承知いたしました。陛下へは」
「抗議で畳み掛けておく。断れまい」
フィリベルトが、湯気の立つミルクティーを一口飲み、静かに告げる。
「私は復興祭で会う友人に、協力要請をしてみます。近衛に行くのは嫌がるでしょうが、以前から王都に戻るよう打診はしていました。アリスター殿下へも根回ししておきますので」
「ああ! なるほど、彼か! それは良い考えだな。頼んだぞフィリベルト」
「はい」
今日ジョエルから受け取った書類を、早速使う時が来たようだ。久しぶりに友人に出す手紙は、長くなりそうだなとフィリベルトは思った。
※ ※ ※
騎士団の宿舎まで歩いて帰る、この王国最強と謳われる二人の姿が、月光の下にあった。夜も更け、人通りはない。
「それにしても、きっれいだったなー。レオナ」
「……そうだな」
ジョエルは、暑いと言ってコートを脱ぎ、肩にかけている。ラザールもジャケットのボタンを全て外し、タイは緩めていた。
「……なあジョエル」
「んー?」
「ドラゴン狩らないか」
「はえ??」
「今度の休みに」
「ちょちょちょ。いきなりどうひたっ、あだっ! 舌噛んだわ」
「多分必要だ、レオナ嬢には」
ラザールは淡々としている。
ちょっと買い物行かないか? くらいの軽い感じでドラゴン戦に誘ってくる人間は、さすがのジョエルでも初めてだった。
「あー……ブルー?」
「そうだ」
「わかったあ。んじゃあ誰連れてくー?」
ジョエルも軽く応える。命懸けの戦いであることは、もちろん知っている上で、だ。
「口が固くて使える奴」
だははは、とジョエルは笑う。
「やっぱ番犬と蛇かなー」
「ふ。即答だな。だが少数精鋭」
「しくったら全滅だけどねー」
「回復薬掻き集めとくか」
「おーおー、貢ぐねえ」
「黙れ」
「だって非公式でしょーよ」
「……すまない」
はー、そうじゃねーっつの、とジョエルはポカリ、とラザールの肩を軽くどつく。
「せめて奴らにスキル、取れるようにしてあげないとー」
「ああ……そうだな」
この皮肉屋で感情の薄い同僚が、これほどまでにレオナに心を傾けるとは、とジョエルは少なからず感動を覚えていた。
であれば、レオナを取り巻く環境も同時に底上げした方が、良いに決まっている。
「今、蛇は国外にいるから、その日に合わせて呼び戻しておくよー」
「頼む」
「ついでにさあ、僕のお願いも聞いてくれるー?」
「……内容による」
「えっとねー」
ラザールはなんだかんだ、無理を聞いてくれることを知りつつ、ジョエルは微笑んだ。
「ついでだからさー。つ・い・で」
「はぁ〜わかったわかった」
深夜、最強の作戦会議が、始まった。
※ ※ ※
六本の薔薇の花言葉は『あなたに夢中』だ。
男心には鈍感な彼女は、決して気付かないだろう。だがそれでいい。
屈託なく笑う薔薇のような美しさを、愛でるだけで今は良いのだ。これから見事に花開くであろう予感を感じさせる、瑞々しさ。信じるものを貫く強さ。他人に手を差し伸べる優しさ。どれもが眩しく、好ましい。
「同じ呪われた瞳、なのにな……」
両耳のイヤーカフを外すと、彼の瞳は黄金に変わった。
自分とは正反対だと思う。だって俺の両手は。
「こんなに、汚れている」
イヤーカフを握りしめ、彼は独り震える。
「それでも。生きるんだ」
それがあなたの望みだから。
――自由に踊る貴方が大好きよ。
久しぶりに、あなたの夢を見た。
幸せ、だった――
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お読み頂きありがとうございました。
薔薇の意味(諸説あります)
黄色 テオ 友情、平和
オレンジ シャルリーヌ 絆、信頼
赤六本 ゼル あなたに夢中
紫 カミロ 誇り、気品
ピンク ジョエル 可愛い人
青 ラザール 神の祝福
2023/1/16改稿




