〈19〉恋バナには程遠いのです
九月最後の日に行われる、北都復興十周年祭まであと二ヶ月余りと迫った。
暑さが本格的になり、制服も半袖だ。
この国は日本と同様四季がある訳だが、春夏秋冬ではなく、きっちりと三ヶ月ごとに花の季節、風の季節、月の季節、雪の季節と呼ばれている。雪月風花だ。
制御の練習の甲斐あって、魔法で扇に冷風を乗せることに成功したレオナは、この風の季節を割と快適に過ごしている訳だが(部屋に設置できる空調の魔道具は、非常に高価なものだ)、カミロにも制御が上手くなってきましたね! と褒められた。
ハンディファンを思い付いて実行した訳だが、少しずつ自分の魔力にも向かい合えて一石二鳥である。
一方、調子に乗ってラザールにも披露したら『繊細な制御が必要な上、魔力消費量が多い、苦労の割に地味で見合わない魔法だな』とこき下ろされた。
悔しいので、次の日はこれ見よがしにランチボックスは、テオに食べてもらった。
後からやって来たラザールが、横暴だ! とか大人気なく騒いでいたが、内心でどっちが? べーっだ! と舌を出していたのは内緒である。
とにかくテオが、ぽっと赤い顔をして『手作りのご飯なんて……いいの?』とおずおず食べてくれたのが、レオナはとても嬉しかった。まさに野良猫が馴れてくれた気分であり、こっちの方がご馳走様、満腹気分だった。
(ちなみにラザールには後出しで別のランチボックスを渡した。すっかり振り回されてるな、と笑いながら食べてくれた。)
さて、三ヶ月というぎっちぎちの納期で発注した、社交界デビューのドレスは仮縫いが終わったので、学院のお休みの日に合わせて家で調整となった。
公爵家までやって来た馴染みのオートクチュールのマダムが、併せてお誕生日パーティのドレスもご用意させて頂いておりますよ、と言ったのでレオナは驚いた。
誕生日は九月一日なので、ただでさえ余裕がない時に大変申し訳ないと言うと
「お嬢様のドレスは、ずっと私の方で作らせて頂いておりますの。大変光栄なことにございます」
ニッコリ笑顔で返された。さすがプロだと感心する。
派手過ぎず華美過ぎず、かといって公爵家の権威も損なわないような、バランスの良い仕立てをしてくれる。信頼しているものの、忙しすぎて倒れないで欲しいものだ。
「レオナ様は、本当に素敵なレディになられて……お肌が白くてらっしゃるから、どんなお色でもお似合いになりますわ」
「ありがたく存じますわ。でき上がりをとっても楽しみにしています」
「あら、まだよレオナ。アクセサリーも選ぶわよ」
横でお茶を飲みながら見ていたアデリナが、無慈悲である。
まだこの時間終わらないの!? のげんなり加減が思わず顔に出てしまったようだ。
「恋愛に憧れる割に、ドレス作りやアクセサリー選びが苦手だなんて、複雑な乙女心なのね〜」
見学兼話し相手に来てくれた、シャルリーヌが冷たい。
あなたもここに立ってみれば分かるよ! ふくらはぎ限界よ! と目で訴えてみるが、見事にスルーされた。
「あら。気になる方でもいらっしゃるの?」
アデリナが聞いてくるが
「いいえ……」
残念ながら、忙しすぎてときめく暇がない、と心の中で毒づく。
「え、いないの? ゼル様やテオと仲良いし、カミロ先生には毎日お会いしているし、あとラザール副師団長にはよくからかわれているじゃない」
――シャル、余計なこと言わないで! ……あと最後のは違くないか?
「まあ! ちょっと詳しく教えて!」
――お母様も、乗らないで!
「えっと、ゼル様は同じクラスのコンラート伯爵家の方で、逞しくて明るい感じですわ。テオは子爵家の方で、レオナとは攻撃魔法と剣術の講義で一緒なんですの。小柄なんですけれど、とても気遣いのできる方で、話しやすいですわ」
「まあ! じゃあ、学院で素敵な方々に出会えたのね!」
シャルリーヌの説明に、前のめりなアデリナ。
女性はいくつになってもこういう話が好きなのだな、とレオナは苦笑する。
「カミロ先生は、優しくて物腰の柔らかい紳士ですわ。魔法制御や魔道具の知識も豊富でいらっしゃいます」
「素敵な方なのね!」
「ええ! 学生の人気も高いんですのよ。ラザール様は……」
「そっちは、よーく知っているわ。相変わらず気難し屋なんじゃない? ちゃんと教えられるのかしら」
アデリナは結構辛辣だ。
「お母様ったら。ラザール様は非常に良い講師ですし、時々お茶目なんですのよ」
「「お茶目!?」」
レオナがフォローすると二人は驚いた。
「ラザールって、あのラザールよね?」
アデリナがよく分からない確認をしてくる。
「あの、とは?」
「物言いが冷たすぎて、部下の女性が全員逃げ出して、それを慰める係の第二師団長のブランドンが、無駄にモテて遊び人になっちゃったっていう」
――なんかすごいゴシップ聞いたな!
「まさかレオナ、ラザール様のこと……」
シャルリーヌが、ゴクリと唾を飲み込みながら聞いてくる。
「残念ながら、まだどなたにも、恋と言えるほどの気持ちはございませんわ」
確かに、みんなそれぞれ素敵な男性だとは思うのだけれど、ドキドキはしないんだな〜これが、と思わず溜息が出るレオナである。
「やっぱりかあ。レオナは基準が高すぎるんだと思う。毎日のようにフィリ様見ちゃうとねえ」
「あら、お兄様は別基準でしてよ?」
そーいうことじゃないのー、とむくれるシャルリーヌの横に腰掛けた。
やっと仮縫いドレスが脱げて解放感っ! である。
「じゃあ、ジョエル様はどうなの?」
「ジョエル兄様も、私にとってはお兄様だし……」
そういうもんかあ、とシャルリーヌは黙ってしまった。
「うふふ、いいわね〜」
アデリナが微笑んで言う。
「恋は落ちるものって言うでしょう? あの方は、とかこの方は、なんて言っている余裕なんてなくって、突然やって来るものなのよ。ベルナルドと出会った時なんてね……」
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2023/1/13改稿




