殺戮騎士と異世界で激突する話⑩
「ぬうう……いかん。今の技、ただの斬撃ではない……。あの光、俺の“中身”を焼いたのか……ッ?!」
今まで苛烈な猛攻を立て続けに行い、隙を一切見せなかったオデュロが攻撃に移ろうとせず、何かに耐えて悶えるような動作をしながら、無くなった左肩を見続けている。
彼の左肩からは火でも焚いたかのように黒い靄が吹き出続け、そして放出された傍から空中に霧散していく。
「拙い……ここまで中にダメージが及ぶとは……! これ以上、中身が零れると――意識が持たせられん……ッ!」
オデュロがどこか苦しそうな様子を見せていると、突然ガタガタと甲冑全体を大きく振動させて、何かを抑え込むように呻き声を上げだした。
「オオオオッ……コロス……ハヤク、コロサナケレバ……ッ!!」
「ッ……?! 一体、何が起きて……!」
レフィリアもオデュロの状態が明らかにおかしくなったことを視認し、咄嗟に剣を握り直して身構える。
必殺技を使ってしまったことでレフィリアにはもう攻撃に回せるような魔力など余分に残っていない。
支援魔法の強化も切れており、まだ襲いかかられては今度こそやられてしまう。
「コロス……コロス……オオオオオオッ!!!!!!」
途端、オデュロはこれまでの落ち着き払った口調から一転して、気の狂ったような雄たけびをあげながら、レフィリアに向かって猛獣のように飛びかかって来た。
「くっ――!」
赤い闘気を伴った大ぶりな斬撃を、レフィリアは何とか反応して躱し、後ろへと飛び退く。
今の彼女にオデュロの剣閃をまともに打ち払えるような膂力など残ってはいない。
だがオデュロからの攻撃は当然止むことはなく、無くなった肩から黒い靄をぼうぼうと立ち昇らせながらも、嵐のような連撃をレフィリアに向けて振り回し続けた。
「コロス! コロス! コロスコロスコロスッ――!!!」
レフィリアも次第に追い込まれて躱し続けることが出来なくなり、なし崩し的に光剣でオデュロの斬撃を受けるものの、長剣を叩きつけられる度に凌ぎきれず後方へと弾かれていく。
「シネヤアアアアアアッ!!!!!!!」
(ヤバい! これは本当にヤバい……! でも……ッ!)
せっかくここまで敵に大きな手傷を負わせられたのだ。
確かに今の自分はジリ貧ではあるが、まだ戦えなくなった訳ではない。
これまでのように、弱った六魔将を逃すつもりはない。それに次に機会が巡って来る保証もない。
たとえ自分がしんどい状況であろうと、今回はこの場で絶対に仕留めてみせる――!
「はあああああッ!!」
レフィリアは転移前の自分では考えられない程の気合と根性で、何とかオデュロとの剣戟を持たせている。
とにかく今は凌いで、あともう一発トドメの攻撃を加えるチャンスを見つけるのだ。
すると背後からサフィアの叫び声が聞こえてくる。
「レフィリアさん、撤退しましょう! ここでオデュロを倒しでも、それだけで戦いは終わりません!」
サフィアはレフィリアの表情や戦い方から、半ばやけくそになっているのを読み取ってそう進言した。
ここで仮にオデュロをギリギリの状態で倒したところで、今戦っている場所が敵地の真っただ中であることに変わりはない。
帝国からの脱出も視野に入れて体力を残しておかなければ、戦闘後に元も子もない事態に陥ってしまう。
「いえ、まだやれます! 私はまたここで逃がしたくは――ないッ!」
ところがレフィリアは撤退の提案を受け入れず、オデュロとの戦闘を継続した。
賢者妹が囚われ、アンバムが犠牲となって散った。その主犯であるコイツを野放しにしておく気なんかない。
――そうだ。
敵の懐に潜り込み、差し違える角度で肩の切断面に光剣を刺し込み、過重負荷を叩きこむ。
それならば、あるいは――
「ゼアアアアアアッ――!!!!!!」
レフィリアがそう思案していたところで、真っ赤な闘気を最大にまで噴出させたオデュロ渾身の振り抜きがレフィリアに叩きつけられた。
レフィリアはその斬撃を光剣で受け止めるが、威力を殺しきれずそのまま闘技場端の壁面まで吹っ飛ばされる。
「がはあッ……!!」
石の壁に大きな罅を入れながら身体を激しく打ち付けたレフィリアは、すぐに立ち上がろうと身体に力を入れる。
しかし、それは叶わなかった。
「あ……」
戦闘でハイになっていたことで認識が遅れてしまったのか。今のレフィリアの身体は無惨な状態になっていた。
光剣を握っていた両腕はどちらも完全に粉砕骨折し、筋肉が断裂してしまい、血管が破けて血が吹き出ている。
そんな有様で剣を握れる筈もなく、レフィリアの手からはいつの間にか剣が落ちて、地面に転がってしまっていた。
しかもオデュロの斬撃から生じた余波を逃がせなかったことで内臓各部や全身の筋肉組織にも大きなダメージを覆い、喉元へ一気に血が込み上げ、口からとめどなく溢れて来る。。
極めつけに背中や腰だけでなく、後頭部も激しく強打したことで、レフィリアは視界が霞み意識が朦朧としてきてしまった。
(いけない……立たなきゃ……。剣を拾って、早く……)
レフィリアは地面に転がった剣を手に取ろうとするが、腕どころか指一本動かすことが出来ない。
目の前には、殺意に満ちたオデュロが迫っている。こんなところで倒れている訳にはいかないのに。
何とか意識を保たせようとするが、眩暈のような感覚が無慈悲にもレフィリアの頭の中を塗り潰していく。
そしてぶつりと、まるでテレビ画面を消すかのように、レフィリアの意識は閉じてしまった。




