殺戮騎士と異世界で激突する話⑨
(サフィアさん達、何かのタイミングを計って魔法をスタンバイしているように見える……。もしかして――ッ!)
レフィリアは二人の考えを汲み取ると、こちらへ向き直り再度攻撃を加えようとしているオデュロに対して声をかけた。
「随分と色んな奥義が使えるんですね。他にもどんなスゴイ技が使えるのか、私に見せてくれませんか?」
今まで避けに徹していたレフィリアが正面から攻撃を受ける姿勢をとったことで、オデュロは満足気に彼女の方を見る。
「言われなくてもそうするつもりだが。――いいだろう、お前にはとっておきの技を冥途の土産にくれてやる」
そう言うとオデュロは長剣の刀身を真っ赤に光らせつつ、まるで居合でもするかのように厳かな構えを取る。
(今まで以上の凄まじい殺気……! これ、次の攻撃で私を仕留めにくるつもりだ……!)
喉元に刃物を突き付けられたかのような悍ましい威圧感に、レフィリアは思わず息を呑む。
次の攻撃、凌げなければ自分は確実に死亡する。それがはっきりと伝わり、理解できるほどの恐怖と戦慄。
だが、これを防ぎ切った先にきっと最大のチャンスがある――!
「この奥義、手向けと受け取れ――」
そう静かに言い放つと、オデュロはレフィリアの目を以てしても瞬間移動したかのように間合いを詰め、渾身の斬撃を繰り出してきた。
「裂空斬月――ッ!!!」
オデュロが叫ぶと同時に放った剣閃は一瞬にして三度の振り抜き、赤い軌跡の残光を残しつつ、嵐のようなソニックブームとともに神速の刃がレフィリアへと襲い掛かる。
「ッ――――!!!!!!」
それは永遠にも感じるかのような、刹那の瞬間であった。
レフィリアはあとから自分でもどうやったのか判らない動きで、何とか剣戟を光剣で弾き、受け止め、凌いでみせた。
しかし彼女の身に着けている鎧が所々外れて飛んでいき、細かく鋭利な傷が入り、そして身体のあちこちから切創を伴って空中に血の雫が舞う。
「――見事ッ! 今の技を受けてまだ生きていようとは!」
オデュロは心からレフィリアへ最大限の賛辞を込めた言葉を送りつつ、再び彼女へ追撃をかけようと剣を構えるが――
「お褒め頂いてどうも。ですが次は私の番ですよ!」
賺さずレフィリアは、オデュロからの攻撃を防ぎ切った光剣を振りかぶってみせる。その刀身は、目が潰れそうな程に激しい輝きを放って瞬いていた。
「ぬっ……?!」
「ペインリフレクス――ッ!!」
そう叫んでレフィリアが光剣を振り抜いた直後、白い閃光のようなものが伸びてオデュロの長剣へ吸い込まれるようにぶつかり、彼を大きく弾き飛ばした。
「うおおおッ……?!!」
オデュロを以てしても反応できない速度でぶつかって来た突然の強烈な衝撃に、彼は大きく仰け反って体勢を崩してしまう。
そう、その閃光はまるで先ほど自分が繰り出した奥義の剣戟がそのまま帰って来たかのような手ごたえだ。
《ペインリフレクス》
相手から受けたダメージ値をそのまま攻撃してきた対象へと返すカウンター術技。
レフィリアだけを対象とした直接物理攻撃にのみ対応する。
一種の呪い返しのような技であり、レフィリアが相手から攻撃を受ける必要こそあるものの、発動に成功すれば相手の防御や回避、距離や障害物の有無など関係なく同じだけのダメージを与える。
レフィリアが今回の戦闘で会得した――というよりは、過去に無意識下で使用した技を確立化させたもの。
実はブレスベルクでのカリストロス戦で彼女も知らないうちに一度使っており、彼の眷属である猟犬兵から受けたナイフによるダメージを、主であるカリストロスへの自動追尾弾化したナイフ投擲、という形で発現させているのである。
オデュロ本人は特性により物理ダメージを受け付けないが、彼の剣を通してなら衝撃を伝えるくらいのことは可能だと、アンバムが証明してくれている。
オデュロがよろめいた隙をついて、ジェドはここぞとばかりに全身に巡らせた魔力を滾らせると、即座に魔法詠唱を行った。
「聖なる鎖よ、ホーリーバインド!!」
短縮化された詠唱と高速化された発動時間の恩恵で、オデュロの周囲からすぐに光の鎖が出現し、彼の身体を縛り上げる。
「むっ……?!」
しかしジェドはこれだけではないと、更に呪文を立て続けに唱えた。
「押し潰せ、グラビティプレス!」
すると今度はオデュロの全身に強烈な過重力がかかり、彼の動きを更に抑え込む。
ベヒモスすら身動きを封じる光の縛鎖と重力負荷の二段コンボ、これを受けてただの力技だけで抜け出せるようなヤツは、常識ではまず考えられない。
しかしそれだけの過剰ですらある拘束を受けても尚、オデュロは今すぐにでも打ち破って来そうなほどに全身を震わせ、光の鎖を軋ませていた。
おそらくほんの数秒程度しか持たせられないであろう。
「二人とも、ありがとう! これなら――ッ!!」
だけど、それだけのチャンスがあればレフィリアには十分過ぎた。
拘束から抜け出そうと藻掻くオデュロに対して、レフィリアは即座に光剣の刀身を100メートル近く伸ばすと、それを真紅の騎士に向かって一気に振り抜く。
「ディバインソード――スラッシャアアアアアアッ!!!!!!」
必殺を誓った長大な光剣によるVの字の薙ぎ払い。
その斬撃は闘技場の観客席にいる魔族たちにまで被害を与えたが、そんなことまで気にしている余裕などない。
レフィリアが振り抜いた光剣には、確かに敵を斬り裂いた手ごたえがあり、彼女はついにオデュロを仕留めたと認識した。
だが――
「嘘っ、腕だけ……ッ?!!」
オデュロはすんでのところで拘束を無理やり打ち破ると、咄嗟に飛び退いて光の斬撃が直撃することだけは防いだ。
それでも彼が長剣を握っていない方の左腕は肩からごっそりと切断され、その断面からは光を一切通さず吸い込んでしまうかのような暗黒の空間が覗いて見える。
「ちいっ……! 左が持っていかれたか……!」
跳躍した先で地面を何度か転がったオデュロは、すぐに起き上がって体勢を立て直しつつ、黒い靄が激しく立ち昇る自身の切断箇所をまじまじと見つめる。
「ちょっ、あれだけ抑え込んでたのに抜け出すとか訳分かんないよ! ていうか、ヤバいんじゃないの?! さっきの技ってそう何度も使えるもんじゃないんでしょ!?」
「ええ、レフィリアさんの奥義は基本的に一度使うとしばらくは制限がかかると聞いています。それに魔力の残量もきっと――ん?」
そこまで言って、サフィアは視界に移るオデュロの様子が何だかおかしいことに気づいた。




