殺戮騎士と異世界で激突する話③
「くらいな! 必殺、彗星槍神撃!!」
アンバムは意気揚々と技名を叫ぶやいなや、騎馬を走らせてオデュロへと一気に突撃する。
その眩い光帯を伴って突進する様は、さながら流星のようである。
音速を遥かに超える速度で接近したアンバムは、その加速力に任せてオデュロの胸部を貫こうと槍の穂先を突き出す。
「なッ――?!!」
しかし、手ごたえはものすごく硬かった。渾身の一撃だったのに、ノーガードの相手から容易く弾かれてしまった。
まるでコンクリート製の巨大建築物でもぶん殴っているかのような、明らかに相手へ効いていないと判る感覚で、槍を握っていた方の腕が激しい反動からイカレてしまいそうになる。
それでもオデュロは仰け反るどころか、その場から微動だにもしていない。
加えて余裕そうな佇まいでアンバムからの攻撃を受け止めた直後、片手に握っていた大太刀のような長剣を釣り竿か何かのように、軽々と振り回した。
(あぶねェ――ッ!!)
アンバムは咄嗟に背中に装備した双剣からバーニアを噴射させるように光の翼を発生させると、宙返りするかの如く騎馬から飛び降りて後方へと飛び退き、間一髪でオデュロからの斬撃を回避した。
オデュロの剣閃はいかにも頑丈そうな見た目の騎馬を一瞬で三分割にしてしまい、解体された騎馬はガラガラと音を立てて地面へ勢いよく散らばる。
「ふっ、今のを避けてみせるか。それにさっきの突撃も中々の威力だった、俺でなければ怪我をしていたな。――なるほど、確かに勇者を名乗るだけのことはある」
「……ケッ、痛くも痒くもないって面のくせに嫌味かテメエ。たいそう舐め腐ってくれんじゃねえかよ……!」
一撃で仕留めるつもりだった最大威力の必殺奥義を容易く防がれて、アンバムは忌々しいとばかりに唾を吐き捨てる。
今ならばレフィリアに生涯をかけた秘技が通じなかった暗黒騎士の気持ちが嫌でも解るというものだ。
「アンバムさん! ここは連携して攻撃しましょう!」
オデュロから距離を取ったアンバムの隣にレフィリアが並ぶ。
「おう、ここはもうカッコつけてる場合じゃねえな。俺とレフィリアちゃんのコンビネーションで叩きのめす!」
レフィリアとアンバムは互いに目配せすると、彼らの後方に控えるサフィアとジェドも賺さず呪文を詠唱した。
因みにジェドは槍を渡してしまったため、別に携帯していた短い魔杖を取り出して魔法行使を行う。
「溢れ出でよ、猛き力の奔流――ブーステッド!」
「疾風の如き俊足で走り抜けろ――クイックネス!」
二人から受けた魔法による支援効果により、アンバムの筋力と敏捷性が強化された。
これによって彼の近接攻撃の威力が更に素早く、そして鋭くなる。
「二人ともサンキューなっ!」
「それじゃ行きますよ!」
まずレフィリアが即座に肉薄し、オデュロに向かって光剣を振り回す。
「はああああッ!!」
「ふんッ――!」
だがオデュロも反応し、長剣の刀身に真っ赤に揺らめく炎のようなオーラを纏わせると、ぶんと剣を振って彼女からの斬撃を弾き返した。
片手での振り抜きにも関わらずその衝撃はものすごく重く、たった一度打ち合っただけなのに受け止めたレフィリアの腕にはビリビリと不快な痺れが纏わりついてくる。
(ちょっ、すっごく重い……! 一発でこれとかなんて馬鹿力なのッ……!)
「おらあッ! 明星牙針突!!」
それでもレフィリアが作った隙を利用して、オデュロの側面に回り込んだアンバムが神速の突きを繰り出す。
「おっと――!」
ところがオデュロはそれを、何てことはないと軽やかに身を捻って躱してみせると、同時に回し蹴りを放ってアンバムの胴体を蹴り飛ばした。
「がっはあッ……!」
アンバムはそのまま闘技場の端まで真っ直ぐ吹っ飛ばされると、壁に激しく激突して強かに身体を打ち、その壁面に大きな罅を入れる。
その一方的にオデュロが打ち勝っている様子を目にした闘技場の観客たちは、沸き立った興奮から熱狂して一斉に歓声を上げ始めた。
「オ、デュ、ロ! オ、デュ、ロ! オ、デュ、ロ! オ、デュ、ロ!」
闘技場全体に響き渡る観客たちからの盛大なオデュロコール。
耳障りな敵への声援にアンバムは苛立つものの、伝説級の鎧を装備してなお、相殺できなかったダメージにすぐには起き上がれないでいる。
(アンバムさん?! ……くっ、敵の膂力を考えると、長期戦に持ち込まれればきっとジリ貧になる。早めに勝負を決めないと拙い……!)
そう考えたレフィリアは再度、光剣を構えてオデュロへ急接近し、彼へと斬りかかる。
当然オデュロも、正面から向かってくるレフィリアに対して迎撃の姿勢を取る。
しかしレフィリアの振り回した光剣の刃がオデュロに触れようとした瞬間、彼女の姿が眼前からかき消えた。
「――ッ?!」
その直後、オデュロの背後から空間跳躍を行ったレフィリアが飛びかかるように彼へ斬りかかる。
目の前からの斬撃と見せかけた死角を狙うフェイント攻撃。
既に加速して勢いも乗っており、これなら避けられることもないだろう。
ところが――
「ふんッ――!」
オデュロはまるで初めから判っていたかのように、そして重武装の鎧姿とは思えないような身のこなしで背後へ半身を捻ると、長剣を握っていない方の腕でなんとレフィリアの光剣の刃を掴み取ってしまった。
光剣の刀身を握ったオデュロの手や指は切断されないどころか、勢いのついたレフィリアの動きをあろうことか完全に止めてしまう。
(嘘ッ?! 有り得ない……!!)
レフィリアが驚愕しているのも束の間、賺さずオデュロは身体をレフィリアへ向けると同時に長剣を振り回してくる。
(危ないッ――!)
レフィリアは咄嗟に光剣の刀身を一旦消して自分が動けるようにすると、ギリギリのところで跳躍しオデュロの繰り出した斬撃を躱しきった。
「今のが噂の空間跳躍か。ハハッ、少し驚いたぞ」
(驚いたのはこっちの方! ああもう、何で今のに反応できちゃうの……!)
レフィリアが攻撃と回避のどちらにも移れるようにオデュロと一定の距離を保っている中、闘技場の端まで吹っ飛ばされたアンバムが何とか立ち上がってみせる。
「あんの野郎……よくもやりやがったな……!」
それを確認したサフィアとジェドは再度、魔法による支援を行った。
「傷病癒す慈悲なる聖光――ヒールライト!」
「堅牢なる光の鎧で身体を覆え――プロテクトアーマー!」
即席ではあるが傷の治療と、防御力の上昇効果を同時に受ける。
魔法によって更に肉体の強度が増したことを認識したアンバムは、槍を構えなおすと、背中から光の翼を生やして再度オデュロへ突撃を行った。
「おらァ! あの程度で倒した気になってんじゃねえぞ!」
側面からまたもや加速して突っ込んでくるアンバムの姿をオデュロはちらりと視認すると、特にその場から移動しようとはせず、長剣だけを軽く構えなおして迎え撃つ姿勢をとる。
「猪突猛進とはまさにこの事だな。勢いだけでどうにか出来ると思ったか」
まるで蚊か蝿でも払うかのような軽さで剣を振るおうとするオデュロに対し、アンバムは剣の攻撃範囲ギリギリのところで槍を振るうと同時に、槍の先端に発生している光の刃を勢いよく伸ばした。
しかも数十メートルもの長さで伸びた光の刃はまるで鞭にようにしなると、即座にオデュロの長剣と、それを握っている彼の腕に巻き付いて動きを拘束した。




