勝ち抜け!異世界武闘大会の話⑥
「がはあッ……!」
光剣を鍔の部分まで敵の身体に深く刺し入れたレフィリアは、そのまま刀身を引き抜かずに剣を握る手に更なる力を込める。
「愚かな、わざわざ殺されに来たか……!」
アベルカインは剣を突き刺したまま自身の懐から動こうしないレフィリアを右腕の触手で刺し穿とうとした。
ところが急に自分の身体に置き始めた異変に気付いて、彼女への攻撃ではなく回避に移ろうとする。
しかし、もうその時には何をしても遅かった。
「ディバインブレイド――オーバーロードッ!!」
レフィリアが技の名を叫ぶとともに、アベルカインの魔人化した身体が、光を放ちながらぼこぼこっと風船のようにあちこちから膨れ上がる。
「なっ、これは何――」
秒と経たず、断末魔の絶叫すらあげる間もなく、アベルカインの肉体は内側からバラバラに弾け飛んでしまった。
この技はレフィリアがサンブルクの闇の神殿で四大精霊相手に使用したのと同じものである。
《ディバインブレイド・オーバーロード》――という名称がついたこの剣技で倒された敵は、如何なる再生能力や復元機能を持っていようと復活することは叶わない。
「――すみません。よりによってこの技で倒したくはなかったのですが……」
レフィリアは謝罪の意を込めてそう呟きながら、周囲に散らばったアベルカインの肉片を見据える。
すると数メートル先の地面に、運よく形を保った状態のアベルカインの頭部が転がっていた。
しかもその頭はなんとまだ意識を保っているようで、レフィリアの方へぎょろりと視線を向けると、念話でレフィリアに向かって語り掛けてきた。
「流石は人類の希望を託された聖騎士殿……よもや魔人と化した我が身さえ打ち砕くとは……」
「申し訳ないですけど、貴方の願いを踏みにじる形で、私は先に進ませてもらいます。……慰めにもなりませんが、貴方の祖国、ウッドガルドにも必ず向かいますので……」
謝るような表情で最期の言葉をかけるレフィリアに、頭だけの状態になったアベルカインは彼女をじっと見つめる。
「ふふ、そう言っていただけるのは誠に忝い。――ですが、まだ終わった訳ではありませんぞ!」
途端、アベルカインの生首が宙に浮きあがると、レフィリアの顔面目掛けて真っ直ぐに飛び込んできた。
「――ッ?!!!」
そしてレフィリアの顔まであと数センチのところまで近づくと、まるで榴弾のように大爆発を引き起こしたのである。
「レフィリアさん?!」
爆発によって生じた黒煙が晴れると、そこには髪すら乱していない無傷の状態のレフィリアがいた。
しかし、その表情は明らかに激しく動揺してしまっている。
「あんの野郎! 最後に悪趣味な真似しやがって……!」
「ちょっ、大丈夫?! 怪我してない? 何か呪いとかかけられてない?!」
「え、ええ……怪我とかは大丈夫、です……流石に驚きました、けど……」
駆け寄って来た仲間たちに、レフィリアは何とか平静を保って落ち着いた顔を見せようとする。
だが今のはあまりに最悪だった。
昔、首を斬られても飛び回ったという鬼だか武将だかの怪談を聞いたことがあるが、実際に目の前でやられるとあまりに気色悪すぎる。
文字通り、すぐ目の前まで迫って来た憎悪と殺意の視線が網膜に焼き付いて離れない。
死ぬ前にあんなトラウマを植え付けて来るなんて、流石に彼を恨んでしまいそうだ。
今でこそただの人間だった頃より精神が強靭になっているので耐えられているが、あんなの元の女子大生の頃に経験すれば何かしらの精神病を患ってしまうだろう。
それだけ彼女にとってショッキングな精神的攻撃であった。
「暗黒騎士アベルカインの絶命を確認! よって第二回ナーロ帝国武闘大会の勝者は……聖騎士及び勇者御一行チーム!」
結果的に決勝戦で勝ち残ったことでレフィリアたちの優勝となり、司会の魔族は勝者である彼女らのチーム名を高らかに叫んだ。
しかし会場には歓声や喝采が沸き立つどころか、混沌としたざわめきばかりが聞こえてくる、あまりにも居心地の悪い嫌な雰囲気が漂い始める。
それもその筈。魔族でもデーモンでもないレフィリア一行が、観客たちから望まれているのはあくまで惨たらしい敗北であり、優勝してしまうなど興覚めも甚だしいのである。
「なんだ、このひっでえ扱いは。こっちは呼ばれて来てやったのに、勝ったらこの有様かよ。これだから魔族共は」
「別にどんな反応をされようと結構です。こちらは人質さえ返してもらえれば、後は何もいりませんので」
「はぁー、にしても俺様たちは武闘大会に優勝したんだぜ? いくら敵とはいえ、拍手ぐらいしたらどうなんだって話だよ」
アンバムがかったるそうに悪態をついていると、突然アベルカインがいた方向の入場門の奥からパチパチと一人分の手を叩く音が聞こえてきた。
「――いやあ、すまない。この国の魔族らは最低限の礼儀すら弁えていないようだ。ここの管理者として、俺から非礼を詫びさせていただこう」
入場門の闇の中から拍手とともに、よく響く金属音を鳴らして歩いてくる一人の影。
それは鮮血の如く真っ赤な鎧の騎士――絶刀のオデュロであった。




