勝ち抜け!異世界武闘大会の話⑤
「刎頚黒鎌葬――ッ!!」
アベルカインの振り回した長剣の刀身から、闇のように黒い流体が炎にも刃にも見える形状となって、レフィリアを囲い込むように幾つも分かれて襲い掛かる。
その攻撃はただ、暗黒の魔力を敵にぶつける単純なものではない。
剣から放たれた闇は生命の流れを感知して自動的に急所を狙い、物理的に切断し、灼熱で焼き焦がし、そして呪詛によって冒し尽くす三重の攻撃を行うのだ。
たとえアダマンランク冒険者級の達人でも、正面から受ければただでは済まないだろう。
「ふっ――!!」
しかし、悲しきかな――。
レフィリアはそれほどの一撃でも、その場から動かずに真正面からの斬り払いで完全に防ぎきってしまった。
それも攻撃から身を守るのに彼女のG.S.A.は一切発動していない。つまり単に剣技でのみ、防御されてしまったのだ。
たった一瞬の出来事であったが、その結果に会場中の者達が唖然とし、闘技場全体がしんと静まり返る。
そして数秒後、最初に声を発したのは奥義を繰り出した張本人であるアベルカインであった。
「――これは参った。今の奥義を完全に凌がれるのであれば、いくら私が貴方とやり合ったところで相手にすらならない」
自身とレフィリアの実力の差を直に認識してしまったアベルカインは、潔過ぎるくらいに攻撃の姿勢を解いて長剣の先を地に降ろす。
「おっ、あのオッサン。レフィリアちゃんが強すぎるから諦めたか?」
「しっ、今くらい空気読んでよアンバム」
後ろの方でこそこそ話す二人を余所に、レフィリアは構えを解いたアベルカインへ声をかける。
「降参するのでしたら、貴方への追撃はいたしませんが」
「いやいや、ああも大見得を切って宣言してしまった以上そうもいかぬよ。確かに貴方と私では大人と赤子以上の開きがある。――しかしそれは今だけの話だ」
そう言うとアベルカインは自身の足元に魔法陣を出現させた。
途端、周囲から黒いオーラのようなものが大量に沸き立つとともに、彼の身体がメキメキと膨れて変形していく。
「なっ……?!」
瞬く間に、アベルカインは身長2メートルを軽く超える異形の魔人へと姿を変えてしまった。
頭からは曲がりくねった角が何本も生え、纏っていた鎧は肉体と融合して外骨格のような装甲となり、背中からは悪魔のような翼が生えている。
そして手にしていた剣も更に刺々しく、禍々しい様相へと変化してしまっていた。
「ちょっ?! あのオッサン、マジで化け物になりやがったぞ……!」
「ヤッバぁ! 暗黒騎士っていうか、あれじゃ暗黒魔人じゃん!」
「レフィリアさん、加勢します!」
近づこうとしてくるサフィアにレフィリアが手を振り上げて制止する。
「いえ、まだ結構です! というか、離れて下さい!」
「刎頚黒鎌葬!」
魔人化したアベルカインは、長剣を振り回して再度先ほどの奥義を放ってくる。
しかしその威力と規模は人間の姿だった時に比べて、比較にならないほど遥かに強力になっていた。
レフィリアは味方へ攻撃がいかないように暗黒の魔力を光剣で斬り払うが、逸れた黒炎の刃はそのまま闘技場の端の観客席まで届いて、観客たちに被害を出した。
「うわああああ!!!!!!」
「ぎゃああああ!!!!!!」
明らかに強さが増している。敵もなりふり構ってはいられないということだろう。
「こっちです!」
レフィリアは咄嗟に移動すると、味方に攻撃が飛んでこない方向へアベルカインの注意を引き付ける。
「逃がさん! 刎頚黒鎌葬!」
間髪入れずにまたもや、必殺奥義による攻撃。
しかしレフィリアは一気にアベルカインの懐まで接近すると、長剣を握っている右腕を手首から光剣によって切断した。
これでもう、広範囲への大量破壊攻撃は出来ないであろう。
「甘いわ! この身は既に人のものではない!」
だがレフィリアが斬り落とした右腕の断面から、賺さず無数の触手が伸びてレフィリアに襲い掛かった。
その触手の先端には鋭利な刃がついており、レフィリアの動脈や急所を的確に狙ってきている。
「っと――ッ!」
それでもレフィリアは即座に反応してみせ、迫りくる触手を全て斬り捨てた。
ところがアベルカインはその隙に左腕を彼女に向けて広げ、光を飲むような黒い魔力弾を発射する。
「くらえいッ!」
レフィリア目掛けて放たれた魔力弾は彼女に着弾すると、激しい爆風と衝撃波を発生させた。
その威力はベヒモスを一撃でミンチにするアンバムの爆弾矢にすら匹敵しただろう。
「ッ――!」
しかし飛び道具である以上、レフィリアには通用しない。
レフィリアは爆炎から飛び出すように隣接すると、アベルカインの目の前で光剣を振り下ろし、肩からばっさり左腕を斬り落とす。
「ちいっ……!」
アベルカインは翼を広げて一度後方へ飛び退き、距離をとった。
レフィリアも無理に追撃はせず、彼の様子を観察することに努める。
「――恐ろしいくらい強い女だ。まさしく人類の救世主、魔王軍に注目されるだけのことはある。……だが!」
アベルカインが力を込めると、肩ごと持っていかれた彼の切断面から肉が一気に盛り上がり、一瞬にして左腕が再生してしまった。
しかもその左腕の手首から先はなんと、鋭利で細長い鋏状に変化してしまっている。
「この形態になった私はいくらでも傷を再生できるし、同時に変幻自在でもある。いくら聖騎士といえど、私を殺しきることは出来ないであろう」
「何あれ、超気持ち悪い! 暗黒騎士の時はイケオジでちょっとカッコよかったのに!」
「魔物以上に化け物らしくなってんじゃねえか! レフィリアちゃん、俺の弓矢で丸ごと吹っ飛ばしちまおうぜ!」
ジェドとアンバムの声が聴こえてくるが、レフィリアは今受け答えができる状況ではない。
(あれだけの高い再生力を持っている以上、外傷を与えて行動不能にするのは事実上、困難……再生には回数制限があるのかもしれないけど、徒に戦いを長引かせる訳にもいかない……!)
レフィリアは光剣を握り締めるとともに覚悟を決め、自身の行動への判断を下す。
(仕方ないけど、ここは仕留めるしか……ない!)
そんな中、アベルカインは斬られた右腕の触手をまた再生させると同時に、今度はそれらを紙縒のように寄り合わせて、先端を捩じれた槍のように変形させた。
そしてそれをドリルの如く高速回転させると、レフィリアの胴を貫かんと彼女目掛けて触手を伸ばし、突き出してきた。
「ふッ――!!」
だがレフィリアは触手の攻撃を躱しつつ、一足でアベルカインの懐に向かって跳躍する。
「来たな! その首、いただかせてもらう!」
目の前から突撃してくるレフィリアにアベルカインは左手の鋏を大きく開くと、彼女の首を切断しようと勢いよく左腕を伸ばした。
「はあああああッ!!」
レフィリアは自身の首を狙って繰り出された鋏が閉じるよりも早く身を屈ませて、攻撃を回避する。
そして鋏がガチンと音を立てて閉じたのと同時に、下から抉り込むように光剣を突き出し、アベルカインの左胸を思いきり貫いた。




