勝ち抜け!異世界武闘大会の話④
――ナーロ帝国武闘大会、決勝戦。
レフィリアたちと戦うことになったのは、今大会優勝候補筆頭とされるダークエルフと人間のハーフ、暗黒騎士アベルカインであった。
事前に耳にした情報では、前大会でも決勝戦まで勝ち進んだ実績を持っており、元々はウッドガルドの王宮騎士だったとされる。
そもそもこの武闘大会に出場する造魔人調教師たちは、そのほとんどが2~4人の造魔人によるパーティを編成しているのだが、彼に至ってはずっと一人で予選から決勝まで勝ち抜いてきている。
つまりそれだけの優れた技量を有する実力者ということだ。
「へっ、暗黒騎士というだけあって辛気臭い面した野郎だな、オイ」
レフィリアたちが闘技場の門から入場すると、既に対戦相手であるアベルカインが得物である剣を携えて、静かな佇まいで待っていた。
(あの人が暗黒騎士……恰好に関してはイメージ通りだけど……)
レフィリアの視界の先に立つのは、30代半ば頃の厳かな顔つきをした、やや浅黒い肌に綺麗な銀髪を纏めた男であった。
首から下は全て、いかにも暗黒騎士らしく禍々しい装飾のほぼ黒に近い紫色をした甲冑を身に着けている。
そして手には長剣を握っているが、その先端には分度器のような形状の広がった刃が設けられており、その鈍い輝きはまるでギロチンを彷彿とさせた。
(今まで見たデーモンとは全然違った雰囲気……なんていうか、すごくマトモそう……)
「貴方が噂に聞く聖騎士レフィリア殿か。我が名はアベルカイン。お初にお目にかかる」
「あっ、どうも……」
観察していると急に目を合わせて礼儀正しい挨拶をされたため、レフィリアは少し戸惑ってしまった。
「私がこのような立場でなければ、貴方と戦うようなことはしたくなかった。結果として人類側に敵対するような真似をどうか許してほしい」
「貴方は……」
目の前にいるこの人物は、一人で孤高に大会を勝ち上がるだけの力を持っていながら、人間としての心をしっかり保っているのではないか。
だとしたら無理をして互いに傷つけ合い、命のやり取りをする必要はないのかもしれない。
「……アベルカインさん、でしたか。貴方は身体を魔物にされながらも、しっかり人間としての意思を持っているように思えます。しかも私と戦うことが人類側への不利益に繋がると認識できているのなら――」
「勝ちを譲れと? 悪いがそれは出来ん。私にはたとえ人類側の敵となろうとも成さなければならないことがある」
そう言うとアベルカインは徐に司会の隣にいる大会運営委員長の方を向き、彼に向かって大声で叫んだ。
「大会運営委員長殿! 無礼を承知の上で、この場でお頼み申したいことが御座います!」
突然の直談判に、アベルカインの主である造魔人調教師の魔族が慌てて声をかける。
「おっ、おい馬鹿者! 一体、何を言い出し始めるんだ?!」
「構わない。何せ、初代大会で私のデーモンと最後に戦った相手だ。要件を言ってみなさい」
しかし大会運営委員長は落ち着いた寛大な様子で、暗黒騎士の発言を受け止めた。
「感謝致します。この決勝戦、私が魔王軍に仇名す聖騎士レフィリアを見事討ち取った暁には――」
暗黒騎士アベルカインは一息おくと、決意の籠った表情で運営委員長に言葉を投げかける。
「ウッドガルドにて囚われているだろう、我が祖国の王女を解放してはいただけないでしょうか!」
会場全体に響き渡るほどのアベルカインの言葉に、観客席中からざわめきが聞こえてくる。
冷や汗をかいて青い顔をしたアベルカインの主が、またもや彼に怒声を浴びせた。
「貴様、何を宣うかと思えば! そんなことが許される訳ないだろう! ――申し訳ありません、我がデーモンが大変な無礼を……」
「よい。……ふむ、確かお前はウッドガルドに仕える王宮騎士の出身であったな」
大会運営委員長は数秒ほど考えると、アベルカインの目を真っ直ぐに見つめて言い放った。
「いいだろう。私からオデュロ様に直接掛け合ってみよう。聖騎士レフィリアを討ち取るという偉業を成し遂げたとなれば、たかが小娘一人の命などあのお方は頓着しないであろう」
「私の頼みを聞いていただき、誠にありがとうございます……!」
「だがそれは、あくまで聖騎士レフィリアを倒せれば、の話だ。それにもし打ち勝てたとして……お前もその後のことは解っているのであろう?」
「……はい、十分承知の上で御座います」
アベルカインの返答を聞いて大会運営委員長はニッと意地の悪い笑みを浮かべると、彼に対して頷いてみせた。
「ならば、件の聖騎士を見事討ち取ってみせよ。さすればウッドガルドの王女を解放し、無事に亡命させることも約束しよう!」
「はっ、必ずや!」
大会運営委員長から直々に言質をとったことを確認し、アベルカインは再度レフィリアの方に向き直る。
「――待たせたな。そういう訳だ、私は何としてでも聖騎士レフィリア、貴方の首を獲らせてもらう」
「ッ……!」
眼前に立つ暗黒騎士の目つきは、既に殺気の籠った鋭いものへと変わっていた。こうなってはもう、どんな交渉も受け付けないであろう。
「おいおい、おっさん。テメェ、自分が何言ってんのか解ってんのかよ」
「謝ろうとは思わない。この帝国へ虜囚として連れてこられたウッドガルドの国王陛下や王子たち、王族の方々は全員が環境に耐えられず亡くなられてしまった……王家を存続させるには、祖国に残った王女に生きていてもらう他ないのだ!」
アベルカインはまるで処刑人の如く、手にした長剣を大仰に振りかざしてレフィリアへ告げる。
「聖騎士レフィリア、私は人類全てを敵に回してでも王家の存続を優先する。貴方が人類の救世主として魔王軍を討ちたいのならば、まずは反逆者である私を踏み倒していけ!」
暗黒騎士の覚悟を決めた視線を正面から受け、レフィリアも一度呼吸を整えてから静かに一人、前へと歩み出る。
「すみませんが、ここは私一人に戦わせてください」
「レフィリアさん……?!」
レフィリアからの急な提案に、サフィアを始めとして仲間たちは困惑の表情を浮かべる。
「今まで私は皆さんに、相手の命までは奪わないでほしいと我が儘を言ってきました。ですがこの相手にそれは難しいでしょう。ここは私が責任を持って彼に相対します」
「いやいや、レフィリアちゃん。別に気にすることはないぜ。それにここは全員であの根暗野郎を袋叩きに――」
「手は出さないで下さい」
レフィリアは決して声を荒げた訳ではなかったが、その制止の言葉にはアンバムを黙らせるほどの凄みのようなものがあった。
レフィリアも彼からの敵意と殺意を受け止め、場合によっては彼を仕留めなければならない覚悟を決めたのだろう。
「一騎打ちとは忝い。ここは我が生涯をかけた奥義でもって、答えさせていただこう」
眼前の聖騎士と向かい合ったアベルカインは、手にした長剣を構えると、その刀身に燃えるような揺らめく闇のオーラを纏わせ始める。
何か強力な攻撃が来る――。
おそらく彼は剣戟を斬り結んで戦いを楽しむような真似はせず、最初から一気に全力で仕留めに来るつもりなのだろう。
「ッ――!」
レフィリアも光の剣の刀身を発生させ、咄嗟に迎撃体勢をとる。
「――なんて美しくも輝かしい剣だ。今の私にはとても眩しい。私だって王宮に仕えていたころは、貴方と同じ聖騎士だったのだ……!」
過去の栄光を名残惜しむかのように言い捨てながらも、アベルカインは炎のように暗黒の魔力を滾らせた長剣を大仰に振りかざす。
「だが人の身を捨て魔と化し、暗黒騎士に堕ちた私にその煌めきはもう無い。――受けてみよ、我が奥義!」
そして黒い魔力の奔流が臨界に達したことを認識して、アベルカインは一気にレフィリアへと斬りかかった。




