勇者一行と異世界道中紀行の話③
「あっ、本当だ。何だろう、これ?」
「もしかしてお宝か? おいジェド、取りに行けよ」
「えー、なんか歯垢とかついてて汚そう。勇者様が代表して取りに行ってよ」
「その勇者様にお前は汚れ仕事をさせるつもりか? つべこべ言わずに取りに行け」
二人が再び言い合いを始めようとしていると、サフィアが躊躇いもなく近づいて双剣の片方を取り出し、刀身を魔法で高熱化させると、サメの魔物の頑丈な歯を溶断した。
歯と歯の間に深く挟まっていた銀色の何かが重い音を立てて、ごとんと地面に落ちる。
「何でしょうね、これ……?」
レフィリアが落ちた物を拾い上げて観察すると、それはちょうど一冊の本くらいの大きさと厚みがある金属板のようなものであった。
彼女が手の甲でこんこんと叩くと、明らかに金属質な音と感触が手に返って来る。
「金属製のボード……? 本みたいな見た目にも見えますけど、何か文字が刻んであるような……」
「レフィリアさん、これ本みたいというより、その通り“本”なのではないでしょうか?」
「え……?!」
レフィリアから金属板を受け取ったサフィアは一通り見回してみてから所感を述べる。
「私が見た限りだと、どうにも魔法で鋼鉄化させた書物の類に見えます。鋼鉄化させた物体はその間、基本的に劣化したりしませんから」
「鋼鉄化……あっ……」
そこでレフィリアは、ガルガゾンヌでの戦いで自分以外の仲間たちが全員、ゲドウィンによって銀ピカに固められてしまったことを思い出した。
言うなれば、あれと同じ理屈ということか――。
「おっ、てことは何かすごい魔導書かもしれねえってことか。ただの本にわざわざそんな魔法処理を施したりしねえからなぁ」
「でもアンバム、もしかしたら呪いの書かもしれないよー。これを読んだアンバムは呪われてしまった! ……ってね」
「じゃあ、まず先にお前が読め。魔法関連はお前の担当だろうが」
(まあ、もし呪いがかかってても私が読んだら大丈夫なんだろうけど……)
「ええと、とりあえずこの鋼鉄化ってのは、今ここで解除できないんですか? 私、魔法は全く使えないもので……」
レフィリアに問われ、アンバムが無言でジェドを肘で小突く。
因みにレフィリアのディスペルライトは生物に対する解呪効果のため、こういった物品にかかっている魔法には対応していないのだ。
「あっ、僕できるよー。ちょっと待っててねえー」
そう言ってジェドは金属板と化した本に槍の先端を向けると、解呪の魔法を詠唱する。
「ディスペルマジック~」
何とも軽い調子の呪文によって鋼鉄化を解かれた書物は、魔力反応の光を伴って瞬く間に、革製のカバーがかけられたごく普通の本の状態へと戻った。
「……呪詛どころか何の魔力も感じませんね。本当にただの書物みたいです」
金属板から姿を変えた本を手に取って調べたサフィアの言葉を受けて、アンバムは心底詰まらなそうな顔をする。
「何だそりゃ。魔導書じゃなけりゃ、高く売りさばくこともできやしねえ」
「いやいや、アンバム。もしかしたら、僕らが故郷で見つけたような旧文明人の古文書かもしれないよ? 何か、伝説の武具みたいなレアアイテムの在処が書かれてるかも!」
「おっ、マジか! じゃあ、その線に期待するぜ!」
「サフィアさん、その本には何が書かれているんですか?」
書物のページを捲ってしばらく内容を確認していたサフィアは、いたって冷静な口調で返答を返した。
「黄昏の爪のお二人には悪いですが、これは古文書でも何でもないですよ。それどころか、この書物は単なる手記です」
「手記だぁー?! ってことはただの日記帳かよ! はあぁー、誰だよレアアイテムの在処が書かれてる古文書なんて嘘ついたのはよぉー!」
「悪かったね、期待煽って! ていうか、間違えただけでそこまで言うことないじゃん!」
アンバムとジェドが周りでうるさく騒ぎ立てる中、ページを読み進めていくサフィアの表情が次第に神妙なものへと変わっていく。
「……サフィアさん?」
「――レフィリアさん、確かにこの書物は魔導書でも古文書でもありません。ですが、ある意味私たちが知り得るべき“重要な情報”が書かれていましたよ」




