新登場する異世界の勇者様の話③
「――サフィアさん、あの二人を見てどう思う?」
「まず特筆すべきは装備ですね。あの勇者を名乗る男の身に着けていた双剣と鎧、そして魔導士らしきもう一人の持っていた杖……端から見ても判るくらい、人の手ならざる御業の代物です」
そう言いながら、サフィアはレフィリアが身に纏っている金の鎧に目を向ける。
「そう、いうなればレフィリアさんの剣や鎧と同じものを感じます」
「それは私も思った。……もしかしてあの人たち、私と同じ“異世界から来た者”だったりするのかな?」
「うーん、どうでしょう。私がレフィリアさんを召喚したのに使ったアーティファクト以外のものが他にも存在するならばあるいは……」
もし彼らも自分同様、異世界転移者だというのであれば、魔王軍と戦っていた以上は少なくとも人類側の敵対者ではない。
仮に協力関係を築けたならば、何かしらのメリットはあるかもしれないのだが――。
「――あの二人とコンタクトを取ってみますか?」
「ううん……いや、今はいいかな……」
レフィリアとしては正直、あの勇者を名乗るオレンジ髪の男に話しかけるのは気が進まなかった。
というのも、彼のような軽薄な容姿をしたオラついた男性はレフィリア的にかなり苦手なのだ。
確かに味方として招き入れることが出来れば強力な戦力になることは間違いないし、人類の未来を任されたものとしてはそうした方が良いことも判っているのだが――
やはり、どうしても乗り気にはなれない。
仮定として彼を仲間に引き入れて戦力アップできたところで、上手く連携するどころか良好なコミュニケーションすらとれる自信がないのである。
「レフィリアさん、気持ちは解りますよ。……私もあの手のタイプは好きじゃないです」
レフィリアの表情から察して、サフィアは同意しつつ頷きを返した。
いかに彼女の兄であるルヴィスが紳士的でさわやかな好青年であったかをレフィリアは再認識する。
ひとまず例の勇者の件については置いておこう。それより――
「サフィアさん、もうお昼ですしお腹すきません?」
「それもそうですね。どこかのお店で昼食――といきたいですが、この騒ぎでしたしお店がすぐやっているかは分かりませんね」
「ああ、そっか……店で食事どころかテイクアウトすら出来ないかもしれないのか……」
「さっきの勇者一行が連れていかれた店ならやっているのでしょうけど」
「いや、そこは絶対にパスで」
「ですよねぇー」
即答で返したレフィリアにサフィアはくすりと笑ってみせる。
顎に指をあてて昼食をどうしようか考えていたレフィリアは、ふと街中に転がっているキングベヒモスの死体が目に入った。
「……ベヒモスの肉って食べれたりするんですかね?」
「ああ、止めた方がいいですよ。魔獣の肉は汚染されているので毒抜きが必要ですし、仮に食べれる処理を施したところで、不味い・硬い・臭いの三拍子です」
「まるで実際に食べたことあるような口ぶりですね……」
「ありますよ。ええ、食べたことありますよ」
サフィアは過去の嫌な記憶を思い出したかのようにげんなりとした表情をする。よっぽど美味しくなかったのだろう。
「ま、まあもしかしたらどこかお店が再開してるかもしれませんし。ちょっと街中を見て回ってみましょうよ」
「そうですね、ひとまずは馬車のところまで戻りましょうか」
見物人たちもある程度、散り散りになってしまったところでレフィリアたちは馬車を置いてきたところまで戻ろうと踵を返す。
すると――
「きゃああああああ!!」
突然、甲高い女性の悲鳴が響き渡った。
「ッ――?!」
レフィリアたちが咄嗟に振り向くと、悲鳴をあげた本人であろう女性が小さな男の子を抱きかかえながら、腰を抜かしてしまっている。
その視線の先には、ついさっき勇者を名乗る男に両断された、魔族の指揮官の上半身がおぞましいオーラのようなものを漂わせて空中に浮かび上がっていた。
「おのれ、許さん……これほどの失態を犯した以上、我が処罰は免れん……ならばせめて、この街を傷物にしてくれるわ……!」
死亡した筈の魔族の指揮官の身体は急速に腐れるように崩れ落ちつつも、ぶくぶくと膨れるようにしながら奇怪に大きくなり、怪物化していく。
「サフィアさん! これって……!」
「まさかリッチ化?! あの魔族、死の間際に自身を死霊にする何らかの能力を行使したのかもしれません!」
「おおお……まずは、我が手足となる眷属を作り出す……!」
もはや顔面が髑髏のようになった魔族の指揮官は、死霊魔術を使い、近場に転がっていたキングベヒモスの死体を毒々しい霧で包み込んだ。
途端、首のないキングベヒモスの死体の一匹が動き出して、犬が水を払うかのように身体を元気にぶるぶると震わせる。
いうなればベヒモスゾンビの誕生だ。
「きゃああああああ!!」
またもや上がる女性の悲鳴。突然の事態にどよめく周囲の住民たち。
「ははは、いいぞ……さあ、人間どもを踏み潰し街を破壊す――」
だが、せっかく起き上がったベヒモスゾンビは、20メートル近く伸びた光剣の刃によって一発で両断された。
真っ二つになったベヒモスゾンビは再度地面に転がり、そこからまた動き出すようなことはなかった。
魔族の指揮官がその状況に驚いていると、いつの間にか目の前にはレフィリアが光剣を構えて接近してきている。
「貴様、何も――」
喋らせる間も与えず、レフィリアはリッチ化した魔族をそのまま斬って捨てた。
今度こそ魔族の指揮官は死に絶え、その身体は塵になって跡形もなくなっていく。
光剣を仕舞ったレフィリアは傍で尻もちをついている女性の近くへ寄ると、優しくその女性を起こしてあげた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます。突然あんな化け物が現れてびっくりしてしまって……」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
女性の子供であろう男の子から感謝の言葉を受け、レフィリアはにこりと微笑みを返す。
「あ、貴方も勇者様のお仲間だったりするのですか? せめてお礼をさせてください……!」
「いえ、私は彼らとは無関係ですし、勇者なんて大それた人間でもありませんよ。――そうですね、この近くでやっている食事が出来るところでも教えてもらえたら非常に助かるのですが」
「でしたら! 是非うちでご馳走させてください! 避難指示が出ていたせいで、この先のお店がやっているのかどうか分かりませんので……」
「お姉ちゃん、一緒にご飯食べようよ!」
女性とその子供に縋るかのごとく手を握られ、レフィリアは少し困った顔をする。
「えっと……連れの友人も一人いるのですが、構いませんか……?」
「ええ、ええ! 構いません! 貴方は命の恩人ですので、どうかお礼をさせてください!」
レフィリアたちは助けた女性に連れられて、彼女たちの家へ昼食を振舞ってもらえることになった。
そんな微笑ましい様子を、遠く離れた建物の屋根から口笛を吹いて眺めていた者が一人いたことも知らずに。




