新登場する異世界の勇者様の話①
オデュロの襲撃から数日後、レフィリアたちはとにかく慌ただしい時間を過ごした。
特にルヴィスはレフィリアらの迅速な手当てによって一命こそ取り留めたものの、外傷以上に身体の内部へのダメージが大きく、しばらくは安静にしていなければならない。
また招待状に記載されている、ナーロ帝国で開催される武闘大会の日取りまでそれ程余裕がなく、少なくともルヴィスが回復するまで待つことは残念ながら出来そうになかった。
「――今回の任務にルヴィス兄さんは連れていけません。仕方ありませんが、私たちだけで出発しましょう」
レフィリアが言いにくかった事実をサフィアはすっぱりと口にしてくれた。
「すまない、レフィリア。まさか旅に同行できなくなるなんて、俺はこの体たらくが悔しくて溜まらないよ」
「そんなこと言わないで下さい。生きていてくれただけでも、本当に嬉しかったんですから……。私たちのことは気にしないで、今回は焦らず療養に努めてくださいね」
ナーロ帝国へ旅立つ前日、レフィリアはルヴィスへの見舞いと共に新たな討伐任務へ出発する旨を伝えてくる。
此度に関しては兵士を中心として王国側が被った被害は極めて甚大であり、王都にいた手練れの兵士や精鋭たちの多くが討ち死にしてしまったこと、城内が落ち着く前にすぐ出発せねばならぬ事情から、これまでのように王国から新たに同行者を募ることは出来なかった。
つまりレフィリアはサフィアと二人だけでナーロ帝国へ向かうこととなる。
せめてもの旅の助けとして、レフィリアらは王国が用意してくれた馬車によってエーデルランドの南西、ナーロ帝国へ入る前に経由しなければならない《ベルヴェディア》という隣の国まで送ってもらう。
因みに《ベルヴェディア》という国はエーデルランドと同じくまだ魔王軍から侵略されていない国家であり、そこの国境を越えてようやく目的地へ侵入できる。
――つまり中継地点として国を一つ跨がねばならないのである。
(こんな時にドラゴンとかに乗ってひとっ飛びできたら楽なんだろうけど……無いもの強請りしてもしょうがないしなぁ)
馬車に揺られながらブレスベルクで見たワイバーンをふと思い出し、逸る気持ちをレフィリアは何とか落ち着かせようとする。
息つく間もなく始まってしまった討伐任務の旅もまた、波乱万丈の事態をひしひしと予感させていた――。
◇
――ベルヴェディア。
エーデルランドの南西側に位置する隣国であり、美しい山岳地帯を背景に長閑な牧草地と葡萄畑が広がる、農業を中心とした国家である。
クリストル兄妹の祖国と比べて、ほんの少しだけ面積の広い国内をレフィリアたちが乗った馬車は、ナーロ帝国側まで最短距離で進んでいく。
まだ魔王軍の国内侵攻を許していないだけあって魔族による襲撃はなく、せいぜいたまに野生の魔物や盗賊のアンブッシュに遭遇するくらいであったが、そんなものはレフィリアとサフィアの手にかかれば簡単に蹴散らせた。
そして一行はついに、ベルヴェディアからナーロ帝国側への国境線に最も近い街、《ホルン》のすぐ目の前へと辿り着いた。
しかし何やら様子がおかしい。どうも何か張り詰めた、きな臭い雰囲気を感じる。
「旅の方々。申し訳ないが現在、この門は緊急事態発令につき閉鎖しております。今、ここから街の中へ通すことは出来ません」
街の正門で門番の兵士に呼び止められ、レフィリアとサフィアは馬車から降りて事情を伺う。
「緊急事態とは穏やかじゃありませんね。一体、何があったのですか?」
「現在、ホルン市内にはナーロ帝国方面から魔王軍の軍勢が攻めてきており、戦場となっています。大変危険なため、外部からの来訪者を受け入れることは出来ないのです」
「そんな……街中まで魔王軍が来ているということは、国境付近の防衛線を突破されたということですか?」
サフィアの問いに、門番の兵士は頷いて答える。
「ええ。実は先日、我が国とナーロの境にある防衛線の砦を突破されてしまい、そのまま侵攻してきた魔王軍から市街への襲撃を受けました。一度目は“勇者様”が追い払ってくださいましたが、今日になって増援部隊と思われる第二波がまた攻めてきているのです」
「勇者様……?」
ふと耳に残ったワードにレフィリアが首を傾げていると、もう一人いた恰幅のいい門番の兵士が呑気な口調で声を口を挟んできた。
「まあ、しばらくしたら勇者様がこの前みたいにぱぱーっと魔王軍を片付けてくれるだろうから、引き返さずにちょっとここで待っていたらどうかね?」
「えっと……その勇者の方は、今も街にいらっしゃるのですか?」
「ああ、ありがたいことにまた魔王軍と戦ってくださっているとさっき連絡が入ったからな。それがもう、すんげー強いんだ。あのでっけえ化け物のベヒモスを何十体も一人でバッサバッサやっつけてやんのよ」
門番の兵士はわざわざ大仰に剣を振る真似をして、勇者の様子をレフィリアたちに説明する。
「あの方がもしかして今、噂のシャルゴーニュとブレスベルクを救ったっていう英雄様かねえ」
「どうだろう、俺が聞いた話ではその英雄は確か女性だったと思うが。あの勇者様は男だから違うんじゃないか?」
「どっちにしろ、あんなに強い方々がいてくださるなら、人類の未来もまだまだ捨てたもんじゃないよなあ」
市街に魔王軍が侵入している状況でありながら、いまいち危機感に欠ける雰囲気で会話を始める兵士を余所に、サフィアは懐から階級章のような、鎖に繋がれた金属製のプレートを取り出す。
「実は私たち、アダマンランク冒険者です。もし宜しければ、私たちもその勇者の方へ加勢をしたいと思うのですが」
アダマンランクであることを示すプレートを目にした恰幅が良い方の兵士は、驚きから目を見開いて思わず息を呑む。
「うおっ、すごいなアンタ達。なんか冒険者っぽい装いだとは思っていたが、まさかアダマンランクとは……しかも超キレーな姉さんたちときた」
(まあ、アダマンランクなのはサフィアさんだけで私は冒険者ですらないんですけどね……)
「そうして頂けるならば大いに助かる。不甲斐ない話だが我々が100人や200人いるより、貴方がたが手伝ってくれた方がずっと戦力になるだろうからな」
「でもあの超強い勇者様のことだ。もしかしたらもう終わっているかもしれない。手柄を立てたいなら早く行った方がいいかもしれないぞ」
そう言って、門番の兵士たちは特別に街への正門を開けるよう、他に勤務している兵士に指示してくれる。
「では、ご武運を」
「ありがとうございます」
門番の兵士たちの言葉を受けながら、レフィリアたちを乗せた馬車は街の中へと入っていく。
市内に入ると、確かに遥か遠くの方から建物か何かが壊れたり、崩れるかのような物音が耳に入って来た。
しかし今のところは、周囲に魔族や魔物の姿は見受けられない。
「――サフィアさん、“勇者”って称号はこの世界だと、主に魔王を倒したサフィアさんの叔父さんのことを指すんですよね?」
「ええ、祖国に限らず世間一般では基本的に、私と兄の父であるアメジス・クリストルの弟――エメルド・クリストルが勇者として認識されています。ですが――」
サフィアは街の様子に注意を払いながらも、会話を続ける。
「既に故人であることも知れ渡っていますので、勇者の名前を襲名する者が出てきたとしても不思議ではないでしょう。もしくはその人物があまりの強さから、周りに新たな勇者の誕生を期待されてそう呼ばれている可能性もあります」
「あー、なるほどー……確かに勇者ってネーミングはインパクト強いですもんねえ」
サフィアはしばらく進んだところで一旦馬車を止めて建物の影に隠すよう御者に指示をすると、そこから剣を携えて外に降りた。
「ここから先は会敵する可能性が高いので、徒歩で行きましょう。この振動と咆哮、どうやら大型の魔物がいるみたいです」
「オーケーです、それじゃあ行きましょうか!」
外からは空気と鼓膜を震わせる微細な振動と、足元を鳴らす地響きのようなものが明らかに伝わって来る。
レフィリアとサフィアは戦場になっているであろう方角に向けて、速やかに急行した――。




