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女子だけで異世界トークする話

 ――カリストロスと交戦してから十数日後。


 事実上、魔王軍からブレスベルクを解放したレフィリアたちは、傷の療養のために少しだけサンブルクに滞在してからエーデルランドに戻って来た。


 レフィリアの怪我は一度容体が安定してからは回復が非常に早く、二日目にはほとんど全快してしまっていた。


 三日目には首都サンブルクで国をあげての宴を開いてもらい、それにも無理のない範囲で参加し、そして共に戦った若旦那とも別れを済ませてきたのである。


「あの方、見かけによらずかなり泣いてましたねえ。まさかあれ程まで泣き上戸だったとは……」


「でもレフィリアさん、その前は笑い上戸でものすごくゲラゲラ笑いながら兄さんに絡みまくってたんですよ」


 レフィリアとサフィア、そして賢者妹の三人は今、エーデルランド王城の一室にてお茶会をしている。


 国王たちが次の方針を決めるまでの間、レフィリアたちはわずかの間ながら休養の日々を過ごしていたのだった。


「兄さんもお酒に強いドワーフに合わせて飲むもんだから、次の日には二日酔いになってしまいますし……」


「でもあの宴で飲んだ蜂蜜酒ミードはとても美味しかったですね。あと肉料理もなんというか豪快でした」


「ドワーフ族は酒も肉もすこぶる大好きですからねー。ていうか、私もお酒もっと飲みたかったなー! あの蜂蜜酒ってブレスベルク国王が賜った最高級品だったんでしょー!」


 不満げに口を尖らせる賢者妹に、サフィアは苦笑いを浮かべる。


「貴方も一杯だけこっそり貰ったじゃないですか。本当は適齢期が来ないとお酒飲んじゃダメなんですよ」


「そういうサフィアさんはすぐ酔っぱらってレフィリアさんにメッチャ抱き着いてましたよねー?」


「ちょっ?! あ、あれはですね……!」


 急に顔を耳まで赤くするサフィアにレフィリアはまあまあ、と宥めた。


「別に私は気にしてませんよ。それに私たち、友達じゃあないですか」


「でも身体とかすんごく撫でまわしてましたよね? 手つきが変態オヤジのそれでしたよ」


「う、うるさいです! ああ、あれはただのスキンシップのつもりだったんですよ! だった筈です! 酔っていたのでよく覚えていませんけど!」


 ここまで慌てるサフィアを見ることもそんなにないので、レフィリアはついクスクスと笑ってしまう。


「そ、それはそうとレフィリアさん。右腕の調子は大丈夫なんですか? 何か痛みや痺れが残っていたりはしませんか?」


 唐突な話題逸らしにレフィリアは少し戸惑ったが、サフィアのためにそのまま会話を繋げてあげることにした。


「ええ、今のところ後遺症も見受けられませんし。肩も問題なく上がりますし、手首から指先まできちんと動かせますよ」


「でもレフィリアさん、解放骨折一歩手前だったんですよ。あとちょっとで下手したら骨が皮膚を突き破って出てきていたんですから」


 賢者妹も心配そうな表情でレフィリアの右腕に視線を落としながら、前回の戦いを思い返す。


「レフィリアさんに大怪我させた、カリストロスが乗ってた“アレ”って何なんだったんですかね?」


「異世界の魔物……? でも如何にも生物っぽくは見えなかったですから、鉄で出来た異形のゴーレムといったところでしょうか?」


「あー……アレはですねえ、実は乗り物なんですよ。“戦車”っていうんですねどね……」


 頬を掻きながら答えるレフィリアに、サフィアは興味深そうな表情で覗き込んでくる。


「戦車……ということは、チャリオットの類でしたか。変わった見た目でしたが、もしやアレはレフィリアさんが元いた世界の代物なのですか?」


「まあ……実物を見るのは私も初めてでしたけど。アレって上に立ってたカリストロス以外にも、中に動かしたり大砲撃つ他の人が乗ってたと思うんですよねえ」


 賢者妹も顎に指をあてながら、考えを巡らせる。


「あれを見てすごく不可解だったのですが、あの戦車からは魔力を一切感じなかったんですよね。私の魔審眼が全く反応しなかったので」


「確かに魔力で動くものじゃあないですからね……えっと、多分ディーゼル?」


「そこが到底信じられないのです。あれだけテクノロジー満載の産物が魔導器どころか魔法の一つも使わずに動いているなんて。それにあの戦車が発射してきた攻撃だってそうですよ。あんな運動エネルギーと爆発力を生み出すのに魔力が少しも用いられていないなんて!」


 ――これこそ、レフィリアとこの世界の住民たちの有する知識と価値観の違いであった。





 レフィリアがやって来たこの異世界は、魔法技術が極めて発展していると同時に依存しきっている傾向がある。


 魔法の存在を含めた総合的な技術レベルは、近世ヨーロッパが近代に移行した産業革命前後(だいたい18~19世紀の中間くらい)だが、科学分野オンリーとなると中世ヨーロッパの最後辺りである15~16世紀くらいまでレベルが一気に後退する。


 レフィリアのいた世界が“電気”を中心に動いているのと同じ理屈で、この世界の文明は“魔力”に頼ってこれまで歴史を積み重ねてきているのだ。


 その為、大抵のテクノロジーには魔力の存在が付いて回る。それこそがこの世界での常識あたりまえである。


 また、この異世界に大砲――火薬を爆ぜさせて砲弾を物理的に撃ちだす火砲キャノンにあたるものは存在しない。


 先進軍事国家には似たような魔導兵器はあるらしいが、それも魔力によって動作している代物である。


 この世界で普及している主な攻城兵器はカタパルト、トレビュシェット、バリスタ等であり、それらもまた何かしらの魔法技術によって手が加えられている。


 一応、火薬自体はこの世界でも既に発見、発明されているが、住人たちからすれば盲目的に慣れ親しんだ魔力を用いた方が便利だったので、兵器運用としてはそこまで注目されなかった。


 つまりこの異世界には大砲や銃器といった“概念”が生まれる基盤が無く、仮に生まれたとしてもそこから育つ土壌が無いのである。


 故に、銃器が持つ本来の有用性について気づくこともないのは、まあ無理もない話であった。





「そういえば今まであまり話題にしませんでしたが、レフィリアさんは元いた世界では何をされていたのですか?」


「えっ……?!」


 サフィアから振られた突然の質問に、レフィリアは戸惑ってつい口ごもってしまう。


 そもそも今のレフィリアは元々の自分の名前など個人を特定できるような情報を思い出すことが出来ず、ざっくりとした内容しか口に出来ないのだ。


「あ、それ私も気になります。故郷の世界でも勇者みたいな感じで世界を救ったりしてたんですか? それとも王国騎士団に所属していたとか!」


「い、いえ……私そんな大した人物じゃ全然なくて……えっと……学生でした」


「「学生?!」」


 二人からすれば予想外の答えだったようで大声をあげながらレフィリアの顔を覗き込んでくるが、その反応にレフィリアもビクッとしてしまう。


「レフィリアさん、学生だったのですか?!」


「レフィリアさんが通うような学校って……超一流の王立騎士学校とか……?!」


「ああ、いやその……一応、法学部……」


「「法学部?!」」


 更に驚きの声を上げるサフィアと賢者妹に、レフィリアは何だか冷や汗が止まらなくなる。


「レフィリアさん、もしかして執政官や政務官を目指しているんですか?」


「いやいや! そんな大それたものには――」


「流石はレフィリアさん。戦いに強いだけじゃなくて頭も良いなんて、そこに痺れたり憧れたりしちゃうなぁ……」


(いやいやいやいや、その年齢で王立魔法学院主席卒業してる貴方の方がぜーったい頭のデキ良いですからね……!)


 そんな会話に花を咲かせていると、突然レフィリアたちがいる部屋の扉がノックも無しに勢いよく開かれた。


「ご歓談中のところ申し訳ありません! 緊急事態です!」


 息を切らせて部屋に駆け込んで来たのは、一人の若い男性の兵士であった。


 その慌ただしい様子から、三人は只事ではない事態が発生したと即座に認識する。


「何事ですか?」


「はい、たった今王城へ警備部隊から魔導通信が入ったのですが――魔王軍の者が街の正門を突破して市内に侵入し、真っ直ぐ王城まで移動しながら兵や民を大勢殺戮してまわっているとの事です!」


「何ですって?!」


 驚きの表情を浮かべるレフィリアの隣で、サフィアが冷静な口調で兵士の男へ問いかける。


「侵入者はどういった敵で、どの程度の規模の軍勢ですか?」


「あ、いえ……それが“軍勢”ではないのです」


「軍勢ではない……?」


「はい、侵入した者はたった一人。血のように真っ赤な全身甲冑フルプレートの騎士です」


 その兵士の回答に、サフィアですら目を見開き無意識に息を呑んだ。


「真っ赤な甲冑の騎士……その特徴はまさか」


「……サフィアさん?」


 レフィリアが心配そうにサフィアの顔を覗き込むと、彼女は戦慄した表情でぼそりと一言呟いた。


「――六魔将の一人、絶刀のオデュロ……!!」

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