悪役だって異世界で助け合う話
――時は少し遡って、魔王城カリオストロ。
城内に設けられた庭園にて、ブレスベルクから撤退してきたエリジェーヌは、同じ六魔将の仲間であるシャンマリーからお茶に誘われていた。
「――それにしても災難でしたねえ。今も目の方は痛みますか?」
「ううん、この布を巻いていたら殆ど感じない。でも取った時はまだ痛むかな」
エリジェーヌは両目を覆う形で目元に、赤黒い色の呪符を包帯のように巻いていた。
結局、魔王城の工房でゲドウィンが処置を施しても、彼女の視力を回復させることは出来なかった。
といってもエリジェーヌも異世界転移したことで超人化――もとい人外になってしまっているので、目が見えないからといって日常生活を送ったり、異世界の住人を相手する分には何ら問題は生じない。
現に今もシャンマリーが入れてくれた紅茶のカップを自分で普通に手に取って口をつけている。
しかしこれがレフィリアと戦うとなると話は別だ。
それに彼女のG.S.A.であるドミネーション・アイズの効果も半減してしまうため、エリジェーヌの支配能力にも大きく制限がかかってしまう。
何より突然視覚を奪われてしまうというのは、悪魔になったとはいえ元は人間であった彼女からしてみると、流石に堪えるものであった。
これが人外化して精神構造に変化が及んでいなければ、完全に塞ぎ込んでいただろう。
「はあぁぁぁ……私、ほんっとにやらかしちゃったなぁ……! しかもその原因が私の油断によるものだし……」
「そんなに落ち込まないでください。戦いの結果は時の運や突発的なアクシデント、そういった全ての要素が合わさってのものですから。どれだけ堅実に進めても上手くいかないことだってあるものですよ」
「ありがとねぇ、シャンマリーちゃん。でも私、失ったものがあまりに大きくって……」
確かに今回の敗北と撤退でエリジェーヌが負った損失は、決して少なくはない。
エリジェーヌの眼もだが、ブレスベルク最大の工廠都市であるサンブルクを失うというのは、魔王軍の兵士への武器供給などに大きく影響が出る。
幸い、エリジェーヌはゲドウィン同様、魔王から今回の失態で責任を取らされたり咎められたりするようなことはなかった。
そもそも二人の方が魔王より遥かに強いので、咎めようもないのだが。むしろそれによって敵に寝返られたり、独立して第三勢力化される方がよっぽど困る。
「そういえば、魔王様からお見舞い頂いてたみたいですけど、何を貰ったんですか?」
「なんか滋養強壮に良いからって、魔人か何かの心臓貰った……チョイスはともかく、結構部下への面倒見いいよね。魔王ちゃん……」
魔王は一度、側近の配下から末端の手下まで全ての味方を失い、敵地で屈辱に耐えながらしばらく放浪していたので、人的資源の大切さはとにかく身に染みているのだろう。
敵対勢力に対してはどこまでも容赦なく苛烈だが、身内には意外と甘いくらいに寛容なのであった。
「――おや、二人ともここにいたのか」
すると二人がお茶をしているのを見かけて、ゲドウィンが庭園の中に入って来た。
彼もまたこの城を拠点としてしばらく使う為、自身の工房の整備などに勤しんでいる。
「あら、ゲドウィンさん。ごきげんよう」
「……ゲド君、お疲れー」
「お疲れ様。それはそうとエリー、調子の方はどうかな?」
「特に変わらずかな。この布のお陰で痛みはないんだけれど」
エリジェーヌは目元に巻かれた布を差しながら、すっと指先で瞼の位置をなぞる。
「ごめんね、ゲド君。色々とお世話になっちゃって」
「それはお互い様じゃないか。――それはそうと、そのことで一つ話があるんだけどね」
そう話を切り出しながら、ゲドウィンは余った席に腰かける。
「エリジェーヌ。はっきり言うけど、君の目は残念ながらもうどうやっても治せない。それは組織そのものが破壊された状態からどう魔力を加えても変化させられず、僕の魔法を以てしても一切受け付けないからだ」
「……そっか」
エリジェーヌも内心解ってはいたが、実際に言葉として事実を告げられると流石の彼女も辛かった。
「だけど視力を回復し、尚且つ君のG.S.A.を元通り使えるようになる“可能性”がある手段ならば存在するよ」
「――え?」
ゲドウィンは自身の眼孔の中に灯る光をちょいちょいと指差しながら、話を続ける。
「方法としては、君の眼球を一度摘出し、生体義眼を移植する。非常にデリケートな施術になるけど、成功すれば元のように視覚を取り戻すことが出来る筈だ」
「め、目を取り出すかあ……ちょっと怖いけど、そんなことが可能なのかな?」
「ああ、異世界転移後の僕なら。ですが、少しでも成功率を上げる為、この施術にはシャンマリーさんにも手伝ってもらいたい」
「おや、私ですか?」
「うん、貴方には人体――というか人型をしたものの構造を的確に把握する能力と、極めて高度な外科手術が可能な技能を所有してることが確認されてるからね。その力を是非、貸していただきたい」
「なるほど。まあ、確かに私なら役に立てるかもしれませんが」
頷きながら、シャンマリーはエリジェーヌの方を向く。
「私は全然構いませんけど、あとはエリジェーヌさん次第ですね。どうしますか?」
シャンマリーに問われ、エリジェーヌは数秒ほど考えると、大きく頷いて同意を示した。
「うん、分かった。それじゃあ、二人にお願いしようかな」
「本当にいいんだね、エリー?」
「自分の眼を取り出して他のものを入れるなんて、ちょっと想像つかないけど……このまま目が見えないなんて絶対嫌だし。それに私は仲間を信頼してるから」
「……分かった。じゃあ僕の方で生体義眼が準備でき次第、移植手術を行おう」
「ゲドウィンさんと私のコンビならきっと大丈夫ですよ。快復したらまた素敵な歌でも聞かせてください」
「ありがとう。二人とも、宜しくお願いしまーす」
エリジェーヌは沈んでいた気持ちが少し楽になったからか、表情の半分こそ見えないものの、いつもの調子でにこりと微笑んでみせた。




