待ち受ける異世界の襲撃者の話⑥
「――ッ?!」
急な襲撃に反応して、レフィリアは咄嗟に背後へと飛び退く。
空高くからいきなり降り注いだ“何か”は鞭のようにしなる物体であり――よく見ると、等間隔に刃がついた剣のような武器であった。
レフィリアが元いた場所の地面には深く鋭い斬り跡が残されている。
もし彼女が気づいて躱さなければ、レフィリアの首は胴体から離れてそのまま転がっていただろう。
レフィリアが頭上を見上げると、ちょうどカリストロスがいる位置の上空には、いつの間にか 飛竜の上位種であるエルダーワイバーンという魔物が何匹か飛んでいた。
そしてそのうちの一体に、先ほどの武器で攻撃してきたであろう人物が、背に乗った状態でこちらを見下ろしている。
それは漆黒のドレスに暗い紫色の騎士甲冑で武装した、銀髪紅眼の少女であった。
「メルティカ……?! 何故、貴方がここにいるのです……!」
カリストロスが飛竜に乗った鎧の少女を見上げながら、不愉快そうにその顔を睨みつけている。
メルティカと呼ばれた少女は、ワイヤーのようなものに細かく刃が並んでついた武器を縮めて収納すると、それを両刃の長剣へと変形させた。
俗にいう“蛇腹剣”という武器である。
そんな男のロマンの塊みたいな剣を容易く扱う銀髪の少女は、どこか呆れたような表情でカリストロスへため息交じりに口を開いた。
「貴方の行動はずっと前から監視していたのですよ。……まあ、貴方のこと自体はどうでもよくて、あくまで魔王様のご息女を御守りするためのものですが」
これは他人に興味のないカリストロスでも半年以上同じ勢力に属していたため知っていることだが、上空にいる少女、同じ六魔将であるメルティカは異世界転移者たちの中で最も――むしろ唯一、心の底から魔王に対して本気で忠誠を誓っている……ように思える人物であった。
その真意は定かではないし彼に理解もできないが、少なくとも敬愛する魔王が大切にしている娘のロズェリエこそが彼女の介入の目的なのであろう。
「監視ですって……? 一体、いつから――いや、今それはいい。それより、あれは私の獲物です。横から手を出さないでほしい」
「もともと出す予定なんかありませんでしたよ。ですから加勢もしなければ、貴方がハメられてるのに気づいても教えたりしなかったのです」
「くっ……!」
冷ややかな目で対応するメルティカに、彼らは本当に仲間同士なんだろうか、と傍から見ていたレフィリアは思った。
レフィリアに知る由もないが、メルティカからしてみれば、魔王をいちいち邪険にするカリストロスへの応対が厳しくなるのは無理もないのだ。
「ですが、状況が変わりました。貴方はロズェリエ様を囮に使った挙句、あろうことか傷ついた状態でそのまま放置しているのですから。貴方へも一応気を使ってあげて邪魔をしないよう待機してはいましたが、これ以上ロズェリエ様を危険に晒す訳にはいきません」
メルティカのすぐ近くには、いつの間にか気絶したロズェリエを回収したエルダーワイバーンが控えていた。
ロズェリエは死にこそしなかったものの一刻を争う重傷であることには変わりなく、メルティカとしては早く戦場を離脱して彼女の手当てをしたいのである。
そしてメルティカがちょいちょいと指で合図をすると、エルダーワイバーンの一体が脚でカリストロスの身体を掴み上げた。
「なっ?! 何をするのです!」
「――聖騎士レフィリアといいましたね」
「……ッ?!」
子供のようにじたばたもがくカリストロスを余所に、メルティカはレフィリアへと視線を向ける。
「私は魔王軍六魔将の一人、《竜煌メルティカ》。この場はお互いに引くのが賢明だと思いますが、宜しいですか?」
メルティカからの提案に、レフィリアも静かに頷く。というか、頷かざるをえない。
もしメルティカに今、襲ってこられればそれこそこの場で成す術もなく殺られてしまうであろう。
しかし見逃してくれるというのであれば、是が非でも同意を示す他ない。
「……分かりました。貴方がたがこの街から撤退するというのであれば、私もこれ以上追撃はしません」
「良い判断です。もしまた出会うことがあれば、その時はお相手しましょう」
「離しなさい! 私は貴方の世話になんて――」
「はいはい、暴れないでください。私も貴方なんて助けたくないですけど、捨ててって後からロズェリエ様に文句言われるのも嫌ですので。無理やりにでも連れ帰りますよ」
そう言うと、メルティカはロズェリエとカリストロスを連れた状態でエルダーワイバーンに号令を出して飛び去り、あっという間に遥か空の彼方へといなくなってしまった。
「……本当に行ってしまいましたか」
メルティカたちが完全に街から離脱したのを見送り、周囲に展開していた猟犬兵たちも全て消滅したのを確認すると、レフィリアは急に気が抜けてその場にどさりと崩れ落ちる。
「レフィリアさん!」
「レフィリア!」
クリストル兄妹と賢者妹が慌てて駆け寄ってくるのが聞こえたが、レフィリアは疲労と虚脱感から自分で身を起こすことも出来なかった。
意識はまだ失っていなかったが、忘れていた痛みにまた苛まれ、どうしようもなく苦しくなる。
「下手に身体を動かさない方がいいな。三人で早急に治療を行うぞ」
「ええ、兄さん。傷病癒す慈悲なる聖光――ヒールライト!」
「レフィリアさん、苦しいとは思いますがゆっくりでいいのでこのポーションを飲んでください。少しは楽になる筈です」
ルヴィスに少しだけ身体を起こされ、サフィアから回復魔法をかけられながら、レフィリアは賢者妹にポーションを飲ませてもらう。
レフィリアの身体には常時発動型能力的な一種の自然治癒機能も備わっており、外部から魔力を得たことで徐々にではあるが、傷は塞がりつつあった。
「――私、また六魔将を取り逃してしまったんですよね。聖騎士なんてみんなから言われてるのに、全然魔王軍倒せてないなぁ……」
「何言ってるんですか。レフィリアさんがいなければ、私たちも含めてここにいるこれだけの人たちは助からなかったんですよ」
サフィアは回復魔法をかけつつ、弱気になりそうなレフィリアの左手を握って彼女を励ます。
「しかしカリストロスが乗っていた、あの鉄の乗り物みたいなヤツ……アレも消えてしまったな。接収できれば何か使い道があったかもしれないが」
レフィリアが主砲を斬り落とした10式戦車も、カリストロスの撤退に合わせて消失してしまっていた。
基本的にカリストロスの手を離れた武器や兵器はすぐに霧散してしまうので、異世界の住人たちが他所の世界のテクノロジーを得る機会は今のところ皆無なのである。
「――少しは容体が安定してきたかな」
「そうですね。では私は街の入り口に控えてる軍を呼びますので、お二人は治療を続けてください」
そう言うと、賢者妹は鳥のような小精霊を召喚し、それに連絡事項を書いた手紙を持たせて空に飛びだたせた。
これで若旦那を始めとした合同軍が駆けつけて、囚われた街の住民たちを解放してくれる筈だ。
(ああ、何だかすごく眠くなってきた……みんなには悪いけど少しだけ……)
「レフィリアさん、もう無理しないで休んでいいですよ。あとは私たちに任せて」
サフィアの優し気な表情と気遣いに、レフィリアはゆっくりと頷いて安堵の息をついた。
「ありがとう、それじゃ……少しだけ……」
まだ誰一人として六魔将を仕留め切れてはいないが、ひとまずブレスベルクから大半の魔王軍は撤退させることに成功した。
そのことだけは喜ぶべきだと、誇るべきことだと自身に心の中で言い聞かせながら――レフィリアはゆっくりと目を閉じた。




