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待ち受ける異世界の襲撃者の話①

 ――エリジェーヌがサンブルクから撤退して数日後。


 レフィリアたちは魔王軍の手に落ちたブレスベルクの主要都市四カ所のうち、残りの三カ所を救わんと奮戦していた。


 レフィリア一行に助けられたサンブルク市民のうち、戦える者たちはハーフドワーフの若旦那をリーダーに自ら義勇軍を結成し、生き残っていたブレスベルクの王族の指示もあって王城に勤めていた王国戦士団も参加――二つの魔王軍に対する反攻勢力がレフィリアらと行動を共にする。


 結果を先にあげると、魔王軍の支配地と化していた都市部三つのうち、二つは上手い具合に開放することに成功した。


 一つ目の都市は魔王軍側がサンブルクからの勢力を動揺させつつ同士討ちを狙おうと、洗脳された市民たちのほとんどを街の外に大挙させて兵士として展開していたのだが、それが返ってレフィリアの“ディスペルライト”によって一度に洗脳を解かれてしまい、そのまま一気に攻め落とされてしまうこととなる。


 二つ目の都市は逆に市街内部から外へ出ず、籠城戦の構えを取っていた。


 だが連絡を受けてエーデルランドから遥々やって来た遠征軍がちょうど到着し、市街を包囲するとともに魔法専門のエキスパート部隊による、催眠や麻痺などの行動封じ系を始めとした“非致死性の魔法”によって市民兵を無力化され、時間はそれなりにかかったもののあまり被害を出さず、こちらも最終的に攻略することが出来た。


 そして最後に残った三つ目の都市。


 この街を開放すべく、レフィリアたちと救出したブレスベルク国の義勇兵団及び王国戦士団、そしてエーデルランドからの遠征部隊の合同軍が今、市街へ攻め入ろうと試みている。


 魔王軍が来てから建設された高い城壁によって街の様子を外から窺い知ることは出来なかった。


 しかし今までと違い街の正門には操られた市民どころか魔族の兵士すら誰一人としていなかった。


 その無防備さが逆に怪しく、レフィリアを先頭として合同軍が厳重に警戒しつつもぞろぞろと街中へと入っていく。


「こ、これは一体……?!」


 市内に入って、レフィリアはすぐにその異様な雰囲気に気がつき、戦慄した。


 街全体に立ち込めて充満する濃厚な血の匂い。


 そして明らかに見せつけるよう街頭に高く吊るされている、ドワーフや人間たち市民の死体の数々。


 ずらりと並べられている死体に女子供や老人といった区別は一切なく、あまりに惨い光景を目にして部隊全体がざわめき出す。


 吊られたものだけでなく、ふと街中を見渡すと至る所に惨殺された市民の死骸が無造作に転がっており、蝿がたかっていたり、カラスに啄まれたりと何とも悲惨な有様になっていた。


「何でこんな酷いことを……ッ!」


 あまりにもショッキングな地獄の光景に、レフィリアは無意識に握った拳を震わせる。


 すると突然、レフィリアたちの目の前に人影が一人、どこからともなく姿を現した。


「ごきげんよう、皆さん。思っていたより遅いご到着でしたね」


 それは長く艶やかな黒髪に白い軍服のような衣装、そして二本の角が生えた麗しい少女であった。


「――ッ?! 誰?!」


「初めまして。ワタクシは魔王の実娘、名をロズェリエと申します」


 その衝撃的な自己紹介に、合同軍全体に動揺の波が走る。


「魔王の娘?! そんな人物が何故、ここに……!」


「レフィリアさん! これ、遠隔魔法によるただの映像です。攻撃しても意味はありません!」


 ふと剣を構えたレフィリアに、目前の少女の正体を解析した賢者妹が制止をかける。


「はい、そこの小娘の言う通り、ワタクシの本体はここにはいません。――そして、貴方が聖騎士レフィリアですね? 貴方にお話があります」


「私……?」


 名指しで自分を呼ばれたことに、レフィリアはより注意深く黒髪の少女へ意識を向ける。


 すると街の遠くの方で火薬の破裂音に似た音が聞こえたかと思うと、赤い花火のようなものが上空に撃ち上がっていた。


 しかもその花火の光は消えずに空中で瞬き続けており、何かを指し示しているように思える。


「今、空に撃ち上げた光を見ましたね? ワタクシはあの場所で待っていますので聖騎士レフィリア、“貴方だけ”で来てください。――ああ、普段侍らせてる仲間おまけくらいだったら二、三人ほどであれば連れてきても構いませんよ」


 急な一方的申し出に、レフィリアたちは意図が判らず眉を顰める。


「ですけど、そこに控えている軍全体で街中に攻め入るのはワタクシ、お勧めいたしません。まあ、強制まではしませんが全員で入り込もうものなら、この街に広がっている光景がそのまますぐに再現されることになりますよ」


 死屍累々な街中の血生臭い景色に似つかわしくない、晴れやかな表情で眼前の魔王令嬢、ロズェリエはにっこりと微笑む。


「聖騎士レフィリア、貴方が保身を考えているのならともかく、余計な損失を出したくないのでしたら貴方だけで来るのが良いでしょう。その辺の判断はお任せ致しますが。――それではお待ちしておりますね」


 それだけ言うと、ロズェリエの姿は現れた時と同様、突然一瞬にして消え去ってしまった。


 軍全体がざわめいている中、王国戦士団と遠征部隊のリーダーたちがレフィリアへ声をかける。


「レフィリア様、今のは明らかに罠です。貴方を誘い出し、陥れるのが目的です」


「私も同意見です。ここはこれまで通り、軍全体で街を攻略していきましょうぞ」


「……いえ、今回に限ってそれは止めた方がいいでしょう」


 レフィリアの発言に、二人のリーダーは慌てて目を丸くする。


「ですが、レフィリア様!」


「罠なのは承知しています。ですが先ほどの魔王の娘を名乗る者の言葉、きっと嘘でもハッタリでもありません」


 完全に理論ではなく直感によるものだが、レフィリアはそう確信していた。


 下手に軍全体でこれ以上進軍しようものなら、確実に何かしらの手段で大勢の人間が一瞬で殺されると、レフィリアの中で何かが強く警告していた。


 言うなればこの街全体が罠であり、不用意に侵入してしまった時点で既にレフィリアたちは嵌められてしまっているのだ。


「レフィリア様、お言葉ですが我々は承服致しかねます。こんな悍ましい光景を見せられ、ここで何もせず立ち止まっているなど――」


「正直、こんな言葉は使いたくないですし、私にそんな権限なんて無いのかもしれませんが――あえて、言います。“これは命令です。”指示があるまで、ここから動かないでください」


 レフィリアはけっして怒鳴ったわけでも凄んだわけでもないのだが、その言葉には何故か、両軍のリーダーにこれ以上意見させず、無理やり納得させるだけの迫力があった。


 そしてそれ以上は告げずに前へ踏み出すレフィリアにルヴィスとサフィア、そして賢者妹が追随する。


「悪いが、嫌がられても俺たちはついていくぞ」


「仲間ですからね、それに敵の方も何人かは連れてきていいと言っていましたから」


「私の魔法で少しでもレフィリアさんのお役に立てるよう頑張りますので!」


 全く臆せずついていく三人を見て、義勇兵団の纏め役となった若旦那はいてもたってもいられず、自分もと慌ててレフィリアへ駆け寄る。


「レフィリア殿! 俺もついて行くぞ、最後までアンタの力になるって決めたんだ!」


「――いえ、すみませんが貴方はどうかここに残ってください」


 真っ直ぐに自分を見据えて告げられたレフィリアからの拒絶に、若旦那は酷く狼狽する。


「何でだ?! 確かに俺は他の連中に比べたら魔法も使えねえし、役立たずかもしれねえが――」


「勘違いしないで、けして貴方を戦力外通告しているわけではありません。むしろ私は貴方を信頼してますし、尊敬もしているのでこう頼んでいるのです」


 若旦那の目を見つめてレフィリアは真摯に言葉を告げる。


「貴方は一人で満身創痍になりながらも諦めず祖国のために戦い、結果として町中の人たちから信頼を勝ち取り、今こうして義勇兵団の団長となっています。貴方が抜けてしまってはいざという時、義勇兵の皆さんが困ってしまいます」


「そいつはそうだがよ……」


「行動を共にしたい気持ちは解りますが、ここは我慢してください。この場に残ってくださった方が、貴方の真の力を発揮できます」


「……分かったよ。レフィリア殿にそうまで言われちゃしょうがねえ。だが気をつけてくんな、連中のことだから絶対に何か仕込んでくる筈だ」


 そう言って若旦那が拳をグッと突き出すと、レフィリアも笑顔で頷いてこつんと軽く拳をぶつける。


「ありがとうございます、絶対にまた戻ってきますからね。――では皆さん、あの光の場所へ急ぎましょう」


 レフィリアの言葉に三人が頷き、一行は今も空に輝き続ける光の示す地点へと急行する。


 一体、その場所に何が待ち受けているのか――。

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― 新着の感想 ―
いつもお世話になっております。50話まで拝読させていただきました。 戦闘描写やピンチ、チャンスの作り方がうまく、読んでいてハラハラさせられました。 レフィリアちゃんがんばれ……!
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