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乱れ踊るは異世界の狂想曲の話②

(こいつら、普通の攻撃では瞬時に再生する……?!)


「レフィリア! 後ろだ!」


 ルヴィスの大声に背後を見ると、そこにはいつの間にか疾風の如く高速で急接近してくるシルフがいた。


 その両手には鋭利な刃物が握られ、レフィリアの首筋を真っ直ぐ狙ってきている。


 だがレフィリアは振り向くと同時に、シルフの胸部中央へ光剣を突き出し、ぶすりと串刺しにした。


「キイッ?!」


「私――この光の剣の使い方、少し解ってきたんですよね……!」


 剣で敵を斬るでもなく、レフィリアはシルフの身体に刀身を突き刺したまま、ぐっと柄に力を込めて握り締める。


 すると――


「キガアァァァッ!」


 シルフの身体は内側から風船のように膨れたかと思うと、一気に爆散して弾け飛んだ。


 シルフだったものの肉片は空気に変わって溶けるように霧散していき、そのまま再生することもない。


「お前はもう、死んでいるってね!」


「おおっ?! 今度はもう再生しやがらねえぞ!」


 一言くらい決め台詞を言ってみせるレフィリアに、若旦那がガッツポーズをする。


 今のは光剣の刀身を通して相手の内側からエネルギーを強制的に送り込み、過負荷を引き起こすとともに飽和状態にして破裂させるというもの。


 敵を構成している肉体の設計図や魂魄ごと消し飛ばす、見た目的にはだいぶエグイ攻撃方法である。


 しかしレフィリアが、どこかの黒い太陽の王子でも彷彿とさせるような技を披露したのも束の間、今度はサラマンダーが口の中に紅蓮の炎を蓄えだした。


 加えてそれはレフィリアではなく、ルヴィスや若旦那の方を向いている。


「ちょっ、こっちに攻撃が来んじゃねえか?!」


「任せろ!」


 ルヴィスが床へ真っ直ぐ剣を突き立てると、仁王立ちになりながら柄を両手で握り締め、刀身に魔力を込める。


「剣陣隔絶結界ッ!」


 するとルヴィスを中心として若旦那や賢者妹を治療しているサフィアを護るように光の魔法陣が出現した。


 その直後、サラマンダーは燃え盛る火炎のブレスを口から放出する。


 火葬場なみの凄まじい火力を誇る獄炎が一気にルヴィスたちを飲み込もうとしたが、その火炎は全て半球場の見えない障壁によって阻まれたのであった。


「おお、コイツぁすげえ! アンタもやっぱやるじゃねえか!」


「このくらいは役に立たないとな!」


(にしても、何という火力だ。そんなに長くはもたないぞ……!)


 ――剣陣隔絶結界。


 ルヴィスが修める魔法剣技の一つ。


 床に剣を差した自身を中心として、魔力による攻撃を遮断する結界を形成する。


 自分だけでなく範囲内の味方全てを護ることが出来るが、魔力消費が激しい上に結界を維持している間、使用者はその場を動くことが出来ない。


「ルヴィスさん、大丈夫ですか?!」


「こっちの心配はするな! それより早く敵を倒すんだ!」


「はい!」


 レフィリアが四大精霊と戦っている間、会場内の上空ではゲドウィンが得意の魔法でエリジェーヌを治療している。


 しかしゲドウィンは何とも芳しくないといった様子で、回復を続けながらも彼女へ声をかけた。


「――おかしい。斬られた腕はすぐに治せたけどが、目の方は一向に再生できない。エリー、視力の方は少しでも良くなったかい?」


「ううん、全然もとに戻らない。ずっと焼けるように痛い」


「あの光は、おそらくエリーが瞳に巡らせた魔力ごと眼球の組織を灼いたんだろうね。理屈は僕にも判らないけど、何かしらの効力が作用して治癒を阻害してしまっている」


 エリジェーヌは泣きそうなのを堪えるかのような震え声でゲドウィンへと問いかける。


「私、もうずっと目が視えなくなっちゃうのかな……?」


「まだ決まった訳じゃないけど、ここは速やかに撤退するべきだ。魔王城にある僕の工房でなら、まだ手は打てるかもしれない」


「そっか……私も自分の管理地を手放さなきゃならないんだね……」


「人間の国なんて、また後からいくらでも攻め落とせるさ。だけど対処が遅れれば、君は一生視力を失うかもしれない。今は自分の身を優先するべきだよ」


「……ありがとね、ゲド君」


 そんな会話が上空で行われている間、レフィリアは追撃してくるノームへと攻撃の手を向ける。


「はあッ!」


 ハンマーの一撃をかわしてバク宙反転しながらノームの背中に飛び乗ると、そのまま光の剣をうなじの部分に真っ直ぐ突き刺した。


「確か巨人の弱点はうなじって、何かのマンガで見たけど……!」


 この巨人もそうかはさておき、レフィリアは突き刺した刀身をぐりっと捻る。


 するとノームの巨体もぼこぼこっと膨れ上がって爆散し、砂となって床へ崩れ落ちていった。


「これで二体目!」


 砂煙が収まる前に、すかさずウンディーネからまた氷柱の槍が飛んでくる。


 しかしその全てを粉々に弾き飛ばしながら、レフィリアは一気に突撃し、ウンディーネの腹部へ光剣を突き出した。


 ウンディーネは人間の女性のような叫び声をあげながら必死にもがくも、他の精霊たちと同じように水風船が破裂したかのように弾けて消滅する。


「三体目!」


 ウンディーネが倒れたことを確認しつつ、レフィリアはエリジェーヌとゲドウィンがいる頭上を仰ぐ。


 だがゲドウィンはエリジェーヌを連れて天井の魔法陣まで移動すると、そのまま吸い込まれるように姿を消してしまったのだった。


「ちょっ、逃がすものか!」


 レフィリアはこの際、天井をぶち抜いてでも逃げた二人を追撃しようとする。


 ところが、最後に残ったサラマンダーがルヴィスたちへの攻撃を止めると、すかさず自身の周囲360度に無数の火球を発生させたのだった。


(まさか、会場の人たちに攻撃するつもり――?!)


 レフィリアは咄嗟にサラマンダーへ向かって跳躍し、頭に飛び乗ってはそのまま光剣を突き刺す。


 いきなり脳天を串刺しにされたことで、サラマンダーはその動きを著しく鈍らせた。


「こんのぉッ……!」


 それから剣の柄を両手で強く握っては、光の刀身をぐりぐりと捩じらせる。


 しばらくしてサラマンダーは内側から膨張して爆裂四散し、激しい炎を伴って消え去ったのであった。


「レフィリア!」


「分かってます!」


 レフィリアはその場で光剣の刀身を上に伸ばし、神殿の天井を切り開いて、即座に跳躍する。


 そのまま闇の神殿の屋根まで飛び出ると、外に逃げたエリジェーヌとゲドウィンの姿を探して回った。


「……いない」


 しかし、レフィリアの超人的な視力でどれだけ探しても、二人の姿はどこにも見つけられなかった。


 せっかくあと一歩のところまで追いつめたのに、とレフィリアは雲の多く流れる夜空を見回して歯噛みする。


 だが、今回はエリジェーヌとゲドウィンを取り逃して終わり、という訳にはいかなかった。


 彼女の足元、天井に開けた穴からは依然として、闇の神殿内に響き渡る阿鼻叫喚の絶叫が聞こえてくる。


「――ぼうっと呆けている場合じゃない。今はこっちもどうにかしないと……!」


 レフィリアは気持ちを切り替えて、天井の穴からもう一度神殿内に飛び込む。


「レフィリア! ゲドウィンとエリジェーヌはッ?!」


 駆け寄って来たルヴィスに、レフィリアは悔しそうに首を横に振る。


「そうか……仕方ない、今は暴れている住人たちをどうにかするのが先だ」


 ルヴィスは気を落とさないように、と気遣う表情でレフィリアの肩へ手を乗せる。


 すると若旦那もレフィリアの元へ寄ってきて声をかけた。


「レフィリア殿、さっきみたいにまた剣をピカッと光らせてみんなを元に戻すことは出来ねえんだろうか? ペンダントを持ってねえ住民らは、いくら殴り合っても正気に戻ることはねえ」


 その頼みに、レフィリアは困ったように暗い表情で応じる。


「それが……あの技は結構魔力の消費が激しいんです。あと魔力の有無に関わらず、使用後はインターバルが発生してしばらく同じ技は連続して使えないよう制限もかかってしまうのです……」


「おいおい、マジかよ。そんじゃあ、この惨状はどう解決するってんだ。どうにかならないんですかい?!」


「待て、使えるならとっくにやっているだろうしレフィリアにあたってもしょうがないだろう!」


 焦って狼狽する若旦那に、ルヴィスが厳しい口調で彼を諫める。


「……すまねえ、つい取り乱しちまった」


「いえ、申し訳ないのはこちらの方です。一体どうすれば……」


 レフィリアが迷って考えているのも束の間、ルヴィスはいまだに難しい顔で賢者妹の胸に手をあてて治癒魔法をかけ続けているサフィアの方を向く。


「サフィア、彼女の容態はどうだ?」


「……ごめんなさい、まだ回復していない。さっきからずっと蘇生を試みているのだけど……」


 サフィアは集中して全身の魔力を込めて魔法を行使しており、額からは汗がにじみ出ている。


(そんな……いったいどうしたら……!)


 救う筈だったサンブルクの住民たちは殺し合っている、護る筈だった賢者妹はいまだに息を吹き返さない。


 現状、それらをどうにかする手段が自分には思い当たらない。


 何とかしたいとは思っていても、何とかする手立てが私にはない。


 責め立てるようにレフィリアを追い詰める不安と焦燥、そして無力感に彼女はどうにかなってしまいそうである。


 こんな時に限って、戦いの時だけは都合よく降って湧いてくる技や解決法なんかもまったく閃いてこない。


 レフィリア一行が打つ手がないと困り果てて、途方にくれていると――


「――すまない、ちょっといいかな?」


 彼等のところにどこからか見知らぬ人物が二人、近寄って声をかけてきた。

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