乱れ踊るは異世界の狂想曲の話①
「このっ……死ね! 死ね!」
「うわあああ! く、来るな! 化け物ぉ!」
「この野郎! 俺のことを殺そうとしやがったな!」
「テメェこそ! この最低最悪な殺人鬼が!」
「どこもかしこも怪物だらけだ! た、助けてくれえええ!」
「いやああああ! 誰かあああああ!!」
エリジェーヌの叫びを聞き、姿を目にしてしまったサンブルクの住人たちはみな、謎の狂気に支配されて近くにいる者たちへ無差別に攻撃を行い始めた。
その様子はまるで幻覚を見ている統合失調症やPTSDの患者のように手がつけられない有様であり、相手が家族や恋人、友人であっても一切関係なく本気で殺し合っている。
闇の神殿内部は、まさしくその名に相応しい阿鼻叫喚の地獄へと変わってしまった。
「い、一体何が……?!」
突然の事態と会場全体に響き渡る悲鳴にレフィリアは唖然とする。
するとレフィリアの後方にいたルヴィスとサフィア、そして若旦那は酷い頭痛に苛まれているかのように、苦しそうな表情で跪いた。
「くっ、何だ今のは……何かものすごく悍ましいイメージが頭の中に無理やり入ってきた……!」
「俺もだ……踏ん張って意識を強く保ってねえと、気がふれちまいそうだぜ……!」
「あっ……皆さん、無事ですか?!」
レフィリアが仲間の様子を確認すると、辛そうに顔を顰めてはいるものの、ひとまず観客席の住民たちのように発狂まではしていないようである。
おそらくはスターペンダントの退魔効果に加えて、エリジェーヌが眼を負傷したことにより、精神干渉の威力が軽減してギリギリ本来の影響を及ぼさなかったのであろう。
「ああ、俺たちは大丈夫だ……それより早く、エリジェーヌを!」
「ッ――!」
ルヴィスに促され、レフィリアは再度上空のエリジェーヌへと向き直る。
ここからなら一度の跳躍で一気に彼女を斬りつけることが可能だ。
『――そうはさせませんよ!』
しかしその時、会場内の天井全体に巨大な光の魔法陣が出現して、そこからゲドウィンと、その四方を護るようにして光り輝く怪物が姿を現した。
「邪導のゲドウィン?!」
レフィリアが驚くのも束の間、ゲドウィンは空中を飛んですぐにエリジェーヌの傍まで駆け付けると、四体の怪物はステージへと降り立ちレフィリアの前へ立ち塞がる。
「ゲド君ッ?! 来てくれたんだ……!」
「安心してエリー、すぐに傷を回復させるから」
落ち着いた優しい声でそう声をかけたゲドウィンは、エリジェーヌの身体へ手を添えると再生魔法をかけ始めた。
(いけないッ――!)
直感で回復をかけていると認識したレフィリアは焦ってゲドウィンへ攻撃しようとするが、行く手を四体の怪物に遮られる。
せっかくここまでダメージを与えたエリジェーヌを治療されては、今まで奮闘した全てが台無しになってしまう。
(ちょっ、何なのこいつら?! なんかちょっと強そうなんですけど!)
ゲドウィンが引き連れてきたのは、地、水、火、風、それぞれ四つの属性を司る精霊たちであった。
いわゆる四大精霊という存在である。
火炎を纏った鎧蜥蜴のような怪獣型のサラマンダー、人魚にも見える妖艶な姿のウンディーネ、羽根の生えた美しい人型のシルフ、岩石と宝石で構成された巨漢のノーム。
各々が赤、青、緑、黄、という神秘的な固有の光を放つそれらの異形たちは、一目見ただけで明らかに普通の魔物とは格が違うことを否応なしに感じさせてきた。
(もう面倒だから必殺奥義で――いや、アレだけは駄目ッ!)
過去のゲドウィン戦で使用したレフィリアの必殺技、あれを用いれば四大精霊はおろか空中に制止しているエリジェーヌとゲドウィンも纏めて、一刀のもとに一掃出来るだろう。
しかしあまりに射程と威力がありすぎるので、確実に会場内の住民たちも巻き込んでしてしまう。
レフィリアが迷った隙をついて、四大精霊の一体であるウンディーネが、目の前の空間に太く鋭い氷柱の槍を無数に出現させて、それらを弾丸のように一斉射出してきた。
「ッ――!」
考えているくらいなら、一体ずつでもいいから着実に仕留めていくしかない。
レフィリアは防御も迎撃もせず、そのままウンディーネへ突撃し、その身に受けた氷柱の槍を粉々に粉砕していく。
そしてウンディーネが反応するより早く、その胴体を真っ二つに袈裟から斬り捨てた。
――筈だったが。
「なっ――?!」
分断されたウンディーネの身体は一瞬水に戻ったかと思うと、すぐにくっつき元通りに再生してしまった。
レフィリアが振り向きざまに驚いていると、今度はノームが手に握っている大型のハンマーを振り下ろしてくる。
「この……ッ!」
咄嗟に反応したレフィリアはハンマーを剣で受け止めると同時に、そのハンマーごとノームの巨体をばっさりと切断する。
しかしそのノームもまた、切断面が一瞬砂や土に戻ったかと思いきや、同じようにくっついて全快してしまったのであった。




