アイドルは異世界の女悪魔の話⑥
――レフィリアがゲドウィンの傍を離れてから、彼女は全力疾走で王城を脱出し、わずか三分足らずで闇の神殿へと到着した。
途中で敵の雑兵から妨害を受けることは一切無かったが、鬼気迫る表情で市街を駆ける彼女の走行速度は、平均時速200~300キロ近くは出ていたのかもしれない。
レフィリアが鉄扉をぶち抜きながら一気に跳躍して、ライブ会場のステージへしゅたっと躍り出ると、そこには仲間の四人とともにエリジェーヌがにこにこした表情で待ち侘びたとばかりに彼女を出迎えた。
「おーっと、ここでようやく本日のビッグゲスト! 今、魔王軍で一番話題のゲキカワ☆ゲキツヨ聖騎士レフィリアちゃんの登場でーす!」
可愛らしい声と仕草で観客たちへ突然乱入してきた人物を紹介するエリジェーヌを視野に収めつつ、レフィリアはステージ上にいる仲間四人へ意識を向ける。
彼らはエリジェーヌに対して武器を向けたり、攻撃の構えを取っている訳でもなく、何だかぼーっと佇んでいるようにも見える。
まさか――
「レフィリアちゃん! これが本ッ当に最後の最後のチャンスだよ! 私たち魔王軍の仲間になってくれる気はないかな?!」
エリジェーヌの如何にもアイドル然とした素敵なスマイルをレフィリアは冷たく一蹴する。
「ありません。同じことを何度も言わせないでください」
「そっかぁー、それは残念だなぁー。私、レフィリアちゃんだけを仲間外れにするつもりはなかったんだけどなあ」
そう言うとエリジェーヌは、スタンドマイクに変化させていた自身の得物をもとの大鎌の状態にして握りなおす。
「だってほら、貴方のお仲間さんはみんな、魔王軍のお友達になってくれた訳だし」
エリジェーヌがレフィリアへ意地悪な微笑みを向けると、エリジェーヌの傍にいたルヴィスとサフィア、若旦那、そして賢者妹が一斉にレフィリアへ武器を向けた。
「ちょっ、皆さんどうしたんですか……?!」
その光景には流石のレフィリアも動揺を隠しきれない。
考えたくはないが、予想通りであれば四人は既にエリジェーヌから洗脳を受けてしまったのだろうか。
「ふふっ、ちょっとだけ説明してあげようか。私に備わったG.S.A.は《ドミネーション・アイズ》。私を視た者、私の声を聴いた者、そして“私が視た者”の精神に無条件で干渉する能力なんだよねぇ」
《ドミネーション・アイズ》
エリジェーヌが保有するG.S.A.
彼女が先に述べた通り、エリジェーヌの姿を視た、声を聴いたなど、とにかく“受容体で彼女の情報を得た生物”の精神へ強制的に干渉する能力。
ただし常時発動型技能ではなく、彼女が能力を行使した時のみ作用する。また、映像や録音した音声にも一定の効果を発揮する。
その能力の特性上、敵味方関係なく無差別にコミュニティーを崩壊させる異能だが、一応指向性があり、エリジェーヌが認識さえしていれば効果の範囲外になることは可能。
加えてエリジェーヌの眼は、視界に収まっている“世界”へ影響を及ぼす一種の呪眼であり、前述の特性とは逆に能動的なデバフが可能で、両方同時に使うことで相乗効果により威力を倍加させることが出来る。
因みに他の異世界転移者の面々に対して使用した場合、直接的な精神への干渉効果こそ及ぼさないものの、重圧をかけて身体能力を大きく阻害、制限することが可能である。
「あいにくレフィリアちゃんには通じなかったけど。でもとっても便利で平和的な能力なんだよ。だってこうやって敵対している人たちともすぐ仲良くなれちゃうんだから」
エリジェーヌは笑みを浮かべながら金色と瑠璃色のオッドアイを妖しく光らせる。
「何が平和的な能力ですか。一方的に他人の心を好き勝手オモチャにして弄っているだけでしょうに」
「えーっ、ほら何かの格闘技の奥義でもあるじゃん。一番強い技は、“自分を殺しに来た相手と友達になること”っていう。それだよ、それ」
因みにそれは合気道の話である。
そんなことはさておき、表情こそ明るいものの、ついにエリジェーヌもレフィリアに対して明確な殺気を向けてきた。
「ま、レフィリアちゃんが孤独の道を突き進みたいんだったら、もう止めはしないよ。私は新しいお友達と一緒に貴方を歓迎してあげるからさ」
そう言ってエリジェーヌはパチンと指を鳴らすと、それを合図に若旦那が両刃のアックスを構えた。
「おっと、もう話は終わりですかい? そんじゃあレフィリア殿、アンタにゃ本当に悪いがエリジェーヌ様の為に……」
そして闘牛のように真っ直ぐ、レフィリアに向けて突っ込んでくる。
「死んでくれやあああああ!!」
頭蓋を真っ二つにかち割らんとする豪快な一撃をレフィリアは即座に飛び退いて回避した。
「や、やめて下さい!」
するとその間に賢者妹が詠唱し、レフィリアが避けた地点へと魔法を放つ。
「吹き荒ぶ赤竜の紅炎――プロミネンス!」
賢者妹が杖を向けると、まるで竜巻のような火炎流が発生して、レフィリアを飲み込み焼き尽くそうとしてきた。
「ふッ……!」
レフィリアは迫りくる火炎からも咄嗟に距離をとる。
本来ならばレフィリアに魔法は通用しない筈なのだが、問題はそこではない。
「行きますよ、兄さん!」
「ああ、合わせろサフィア!」
途端、燃え盛る火炎流に紛れてルヴィスとサフィアがレフィリアの退路を断つよう挟み撃ちにして斬りかかって来た。
「「鳴動浪波斬――ッ!!」」
クリストル兄妹が放つ火炎と冷気を纏わせた二重の斬撃。
ガルガゾンヌの王城でフルメタル・ゴーレム相手に使用した強力な奥義である。
物体の強度を無視してオリハルコンすら破壊できるとされる絶技、直撃を受ければいくらレフィリアだろうと致命傷を負うかもしれない。
(やっぱり来ると思った……!)
レフィリアは間一髪のところで必殺の同時攻撃を避ける。
魔法は目くらましで、必ず何かしらの直接攻撃が来ると予想していた。
だが勇者兄妹の攻撃を避けきった直後、レフィリアの背後から首がヒヤッとするような悍ましい殺気を感じ取る。
「ッ――?!!」
完全に直感で身を捻ると、レフィリアの数センチぎりぎりを大鎌の刃が通り過ぎていった。
そして後ろを振り向きつつ、返しの刃でエリジェーヌの二度目の斬撃を何とか受け止める。
「へえ、やるじゃん。流石はレフィリアちゃん、簡単にはいかないね」
「くっ、卑怯ですよ……!」
「いやいや、戦いに卑怯もラッキョウもないでしょ」
やや無理な体勢でエリジェーヌの大鎌を受け止めているレフィリアは、次第にじりじりと鍔迫り合った状態で押し込まれていく。
「ほら、早く動かないとまた来るよ」
「ッ――?!」
途端、その場から動けないレフィリアの側面から、勢いよくアックスを振りかぶった若旦那が迫る。
「うおらああああッ!」
そして、その渾身の一発がレフィリアへと直撃した。




