アイドルは異世界の女悪魔の話④
――月末の定期ライブ当日。
サンブルクに来てから七日後、他の住民に見つからないよう潜伏していたレフィリアたちは、ついにエリジェーヌの拠点である王城への襲撃を決行していた。
すっかり日が落ちてから住人たちがぞろぞろと会場へ移動したのを見届け、闇の神殿からライブが開始されたことを告げる大歓声が聞こえたのを合図に、それからきっかり一時間経ったのを確認してから城内へと侵入する。
前回のシャルゴーニュでの作戦と異なることといえば、此度はこそこそと見つからないように入り込むのではなく、あえて堂々と正面から攻め込んでいたことであった。
「震えろ大気、轟け大地。それは全てを吹き飛ばす爆炎の絶叫――フィアフル・エクスプロード!!」
賢者妹が詠唱した直後、サンブルク王城正面の大きな城門が派手な爆発を起こして木っ端みじんに吹き飛ぶ。
強烈な爆風と爆炎によって、城門の傍にいた魔族の警備兵たちが鉄扉ごとまとめて消し飛び、突然の轟音を聞きつけた兵士たちが何事かとぞろぞろ集まって来た。
「続けていきますよッ!」
賢者妹は小瓶に入ったポーションをぐっと一気に飲み干すと、魔杖を構えて間髪入れずに次の魔法を詠唱する。
「降り注げ、一切灰燼に帰す業火の炎弾――ファイアボムレイン!」
すると今度は賢者妹の頭上高くに複数の大きな火球が出現し、それが雨のように降り注いで着弾後、辺りに火炎を撒き散らした。
燃え盛る炎は一気に魔族の兵士たちごと城の正面玄関を火の海にかえて、みるみるうちに延焼していく。
その様を見た若旦那は両刃の斧を肩に抱えながら、興奮した様子でガハハと笑った。
「ハハッ、こいつぁすげえ火力だな! まさか一発目でここまでボカボカ燃やしちまうとは! 城をメチャクチャにしていいと言ったのは確かに俺だが、コイツぁ魔族が火を放ったことにしとかねえとヤベエや!」
賢者妹の気合の入った戦闘兵器っぷりにクリストル兄妹もやや呆気にとられる。
「派手にやりますね」
「これから毎日、城を焼こうぜってか?」
(なんか、どこかで聞いたことあるようなセリフの気がする……)
そんなことをふと思いながらも、レフィリアは手に持った十字状の柄から光剣の刀身を発生させた。
「――よし、皆さん。これから一気に城へと攻め込みますよ!」
「「おうッ――!」」
◇
正面入り口から城内へと駆け込んだレフィリアたちは、片っ端から出くわした魔族の兵士を速やかに退治していく。
今のところ城の中にいるのは魔族や魔物の兵士ばかりで、人間やドワーフの姿は一切見受けられなかった。
「おっらああああああッ!!」
若旦那は怒声とともに両刃の斧を大きく振り下ろし、鎧で重武装したオークを頭から豪快に叩き斬る。
ハーフドワーフといえど流石の膂力、分厚い脂肪と強靭な筋肉で守られたオークの肉体であっても、一撃で仕留めるほどの剛腕だ。
「ふッ――!」
その横でサフィアが、自身の身長よりも大きな半液状の魔物、アシッドスライムが飛ばす強酸の溶解液を華麗に躱しながら、両手に握った双剣へと魔力を込める。
「クリスタル・ブレイカーッ――!」
サフィアは横回転しながらアシッドスライムへ飛びかかると、片方の剣の刀身から冷気を放出してスライムを瞬間凍結させ、次の回転で高熱化させたもう片方の剣を叩きつけた。
その一刀を受けたアシッドスライムは粉々に砕けて吹き飛び、細かい破片となって辺りに散らばる。
「――衝雷旋風刃ッ!!」
一方で、ルヴィスは両手剣の刀身に竜巻と稲妻の渦を纏わせると、振り抜きとともにそれを大勢のリザードマンの兵士たちへと解き放った。
剣から放たれた雷霆と風の刃は、数十人のリザードマンたちを纏めて吹き飛ばしながら、その硬い鱗に守られた頑丈な身体を焼き焦がすとともに鋭く切断していく。
五人が魔法や剣技で魔族や魔物たちを蹴散らしていると、通路の奥から何やら大きな影が現れてレフィリアたちの前へと姿を現した。
それは三メートル近い身長をした、骸骨のような鎧を全身に纏った魔族の剣士であったが、なんと腕が六つあり、加えてその腕全てに剣が握られていた。
「そこまでだ、エリジェーヌ様の留守中に襲ってくるとは不届きな侵入者どもめ」
その魔族の剣士は一番近くにいたレフィリアを不敵に見下ろしながら、六つの腕に握った剣を構える。
その剣の刀身にはそれぞれ二本ずつ、火炎、冷気、雷電の魔力がエンチャントされており、きれいな三色の光を輝かせていた。
(うわっ、なんか昔観た超有名なスペースオペラにこんなの出てこなかったっけなあ。あとは超有名な国民的RPGの敵モンスター……!)
「しかし人間にしては中々やるではないか。喜べ、エリジェーヌ様の留守を預かるこの俺が手ずから相手をしてやろう」
如何にも強敵といった雰囲気を纏わせて、六腕の剣士はレフィリアの前へとずずいと立ちふさがる。
しかし、一秒後には眼前に捉えていた筈の女騎士はいつの間にか視界から消え去っていた。
「ぬっ――?!」
背後から気配。
なんと知らぬうちに、女騎士は自身の後ろへ背を向けて佇んでいる。
いつの間に、と魔族の剣士が振り返った途端、剣を握っていた筈の彼の六本の腕が一斉に床へと落ちた。
床に散らばった剣の金属音が重なりながら周囲一帯にうるさく響き渡り、魔族の剣士は信じられん、とばかりに切断された自身の腕へと視線を移す。
「貴様、さては聖騎士――」
全て言わせる間もなく、レフィリアは魔族の剣士を袈裟から一刀両断する。
「がッ……!」
床に転げ落ちた魔剣士の遺体はそれから一言も喋らなくなり、その光景は周囲の魔物たちを激しく戸惑わせた。
「流石はレフィリアだな。敵の特徴から考えると、おそらくそいつは風の噂に聞く地獄の剣鬼将軍。しかしそんな名高い強豪魔族もレフィリア相手じゃ分が悪かったか」
おそらく魔王軍でも屈指の実力者があっけなく瞬殺されてしまったことで、敵側の士気は大きく下がっている。
この好機を逃してはいけないと、レフィリアたちは一気に畳みかけ、城の奥へ奥へと進軍していった。
――それからしばらくして、魔物たちの姿をぱったりと見かけなった頃、一行は通路の先にある広いフロアへと足を踏み入れる。
「あっ! ちょっと待ってください!」
賢者妹は広間に入ってすぐ咄嗟にみんなを呼び止めると、じっと部屋の床を見つめながら屈んで床に手を置いた。




