アイドルは異世界の女悪魔の話②
しばらくして、レフィリアたちは魔王軍が手配した馬車に乗せられて、サンブルク市街の中心地にある闇の神殿へとやってきた。
魔族からついでに渡された、サイリウムのような棒を片手に、ライブ会場へと足を運ぶ。
「あー、懐かしいなぁ。思い出したくもねえが、操られてた頃は延々とこの棒を毎日作らされてたんだわ」
そんなことを呟く若旦那の横で、賢者妹は手に取った棒をくるくると回しながら、その構造を解析していた。
「これは魔光石を加工して作られたものですね。理屈としては単純で魔力を込めれば発光するというものですけど」
「それで、この棒はライブとかいうヤツの時にどう使うんだ?」
「おう、ライブの時には神殿に集った全員が、エリジェーヌが歌っている間にこれをぶんぶん振り回すんだ」
ルヴィスの問いに、若旦那は手に握っている棒を光らせてみせると、それを掲げて振り回して見せた。
「それにどんな意味が?」
「さあ? 悪魔の風習はよく判らねえが、この棒が大量に光っている光景はまあ確かに綺麗なもんさ。これを振り上げている間の皆の興奮具合ときたら、もう半端なもんじゃねえ」
(うわあ、本当にアイドルのライブみたいなことやってんだなぁ……)
そうこう言っているうちに、一行は神殿の中へと入る。
そこには無人だった市街とは真逆に、ぎゅうぎゅう詰めなほど大勢の人間が集まっており、もうじき始まるエリジェーヌの登場を全員が今か今かと待ちわびている、異様な熱気に包まれていた。
「うひゃあ、本当に街中から人間を集めてるんですねえ。まだ戦争がなかった小さいころ、兄と行った国のお祭りを思い出します」
「一カ所にこれだけ人を集めて、神殿というかむしろ日本武道館か何かですよ、ここ……」
目を丸くしている賢者妹とレフィリアに、若旦那が目立たないよう気を配りながら話しかける。
「このライブという儀式は、ブレスベルク内にある主要都市四カ所で月にだいたい一回か二回行われているんだ。都市部や近隣の村民は強制的に、というか自らこのイベントに参加する」
「えっと、国民全員が都市の近くに住んでいる訳ではないと思いますが、遠くに住んでいる方はどうされているのですか?」
「そこがですな、レフィリア殿。田舎に住んでる連中は魔王軍にとって価値がないんで……まあ、ろくな目にはあってないでしょうな」
「……そうですか」
感情を抑えてそう語る若旦那の横顔をレフィリアは悲し気に見つめる。
すると突然、周りにいたサンブルクの住民たちがぶわっと斉に歓声をあげはじめた。
ふとステージの方へ視線を移すと、いつの間にかエリジェーヌと着飾ったスケルトンたちが入場を果たしていた。
ステージの正面に立ったエリジェーヌは手に握っている大鎌をくるくる回すパフォーマンスとともにマイクへと変え、にっこりと微笑みながら第一声を放つ。
「ラリホー! 諸君! 急だったけれど、今夜もエリジェーヌのライブに集まってくれてありがとう! 今日も魔王軍の為に労働へ勤しんでくれたかなァ?!」
「ハイホー! 勿論です、エリジェーヌさまぁ!」
「ハイホー! ああ、愛しのエリジェーヌさまああああ!」
「ハイホー! 今月はライブの回数が多くって俺っち最高だぜえええ!」
神殿内のあちこちから人間もドワーフも関係なく、力いっぱい籠ったハイホーという掛け声が立て続けに聞こえてくる。
因みにラリホーは英語圏でいうところの“やっほー”などに該当し、ハイホーは“あー、仕事終わって疲れた”というニュアンスなのだとか。
とにかく、その歓声の凄まじさにレフィリアも気圧されてしまう。
「す、凄まじい人気ですね……!」
「皆さん、ヤバいと感じたらあのアイテム使って下さいよ!」
「くっ、なるべく使いたくねえ……」
エリジェーヌが手を振って合図をすることで、場内に響いていた歓声がぴたっと止んで静かになる。
「オーケーオーケー! 皆の頑張りと愛情がよく伝わりました! それじゃあ、そんな皆の為にこのエリジェーヌが、二時間くらいだけど最高の夜をお届けするよ!」
「ウオオオオオオ!」
「では早速行ってみよう! まずは、この曲から!」
そう言うとエリジェーヌはついに歌い始め、会場内に彼女の歌声が響き渡った。
それは確かにきれいな声と上手な歌い方ではあったが、レフィリアにとっては明らかに聞いたことのある曲であった。
(うわっ、めっちゃ知ってる曲! ていうか、異世界でアニソン?! これ、音楽著作権的に大丈夫なの?!)
ついでにレフィリアはエリジェーヌもまた、自分と同じ世界から来た“人間”なのだということを再認識する。
レフィリアがそんな事を分析している間、彼女の横では他の四人がそれぞれ意識を保たせようと奮闘していた。
「――はっ! まだ始まって一分も経っていないのについ聞き入ってしまっていた!」
「しっかりしてください兄さん! ……兄さんが言わなかったら、私もそのまま聞いていましたけど」
「何ですか、この歌ー! 全然聞いたことないですけど、なんか楽しいですよー!」
「お嬢ちゃん、しっかりするんだ! ちょっとでも良いなぁ、とか感じたら一気に持っていかれるぞ!」
すぐにヤバい状況だと認識した四人は、ライブ開始早々にではあるがポケットから例の小瓶を取り出す。
そして瓶の蓋をあけると、自身の鼻先へとそれを近づけた。
「ぬおおっ……! これはキツイ……キツイがよく効く……!」
「何なんですか、これ……鼻の粘膜がやられそう……」
「大丈夫かサフィア……ヤバい、俺もう吐きそう」
「じ、自分で作っておいてなんですが……こんな時でもなければ、死んでも嗅ぎたくないです……」
あまりにしんどそうな四人の表情に、レフィリアは何とも申し訳ない気持ちになりながらも、心の中で子供の頃に観たアニメのあるシーンを連想していた。
(臭いで洗脳に耐える……まるで国民的に有名な五歳の園児が活躍する映画で観たことある気がする……)
そんなこんなでエリジェーヌが好き勝手に選曲した歌を聞かされ続けて、一時間ほどが経過する。
――そのころには。
「ウオオオオオ! エリジェーヌさまあああ! やっぱエリジェーヌさまは最高じゃあ!」
「あー、もう俺この国に移り住んで魔王軍のために働こうかな」
「そうですよ兄さん、きっとそれがいいですよ。二人で投降してこの国に移住しましょう」
若旦那とクリストル兄妹はすっかり洗脳されきっていた。
「ちょっ、皆さんしっかりしてください!」
「レフィリアさんも一緒にこの国で暮らしましょう。別に魔王軍へつき出したりしませんから」
「ああもう! サフィアさん、目を覚まして!」
というのも、嗅覚からの刺激は確かに効果的ではあったのだが、如何せん長続きしなかったのだ。
人間というものは同じ匂いを嗅ぎ続けていると、次第に鼻が慣れてきて匂いを感じにくくなってしまう。
加えて、逆に匂いが強すぎると返って嗅覚が麻痺してきてしまい、正気を持たせる効果が無くなってしまうのである。
そもそも気付け薬とは本来、連続で嗅ぎ続けるものではないのだ。
「……うう」
しかし、三人がすっかりやられてしまってる中で、何故か賢者妹だけは洗脳に抗い耐えきっていた。
その表情は脂汗をかいて、ものすごく苦しそうではあったが。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「はい……私、もしもの時のためにこれも作ってたんです……試作品なので一個しかないんですけど……」
そういうと賢者妹は、左手首に巻いた腕輪を指差した。
「この腕輪、一度魔力を通すと私の魔力を電流に還元するんです」
「えっ、まさか自分の身体に電気流してるんですか?!」
「はい、すっごい痛いですけど何とかギリギリのところで意識保ててます……」
「ああもう、そんな無茶……よく見たら手首真っ赤じゃないですか……」
「こんなの、あとで回復魔法で治癒すればいいのです。……あっ、それでももし私が洗脳されちゃったらあとはお願いします……」
正気を失った三人が光らせた棒をぶんぶん振り回す横で、自身に電流を流す賢者妹の肩をレフィリアはそっと抱き寄せる。
レフィリアには当然電流によるダメージはなかったが、しんどそうな賢者妹の表情は彼女にとって精神的にとても辛かった。
そして、きれいな歌声の筈なのにまるでガキ大将のリサイタルを想わせるような地獄の時間が何とか過ぎ去る。
「みんな、今夜はありがとう! また月末にライブやるからその時はよろしくねーっ!」
「ウオオオオオオッ!」
エリジェーヌが最後の挨拶をして、大歓声を受けながら舞台から立ち去る。
ステージに誰もいなくなって少ししてから、会場を運営する魔族たちが観客を退席させるために誘導を始めた。
「あー、素晴らしいライブじゃった。よし、これから俺たちもエリジェーヌ様に投降して、魔王軍の礎となって働くか!」
いまだに興奮冷め切らずといった感じで鼻息を荒くしている若旦那に、レフィリアは思いっきり手を振り上げる。
「ごめんなさい!」
そして頬を勢いよく平手打ちした。
「うおっ?!」
続けてルヴィスとサフィアにも同じように激しくビンタする。
「いてっ!」
「あいたっ!」
女性の細腕から繰り出されるとは思えない、まるでガッデムとでも聞こえてきそうな強烈な一撃がお見舞いされる。
しかしその甲高く引っ叩かれる音と衝撃で、三人はすぐに正気を取り戻すことが出来た。
「お、俺はまたあの悪魔の女に虜にされてたっていうのか……面目ねえ、レフィリア殿」
「くっ、俺たちまであっさり取り込まれてしまうなんてな……」
「流石は六魔将。歌声だけで他者を洗脳する強力な魅了の効果です。襲撃にはきちんとした作戦を立てなければ……」
元に戻ったことで、容易く意識を奪われた自身に驚いている三人に、しんどそうな賢者妹へ肩を貸しながらレフィリアは声をかける。
「とにかく、今は早くここから出ましょう。一旦、魔王軍の目が届かないところまで移動しないと」




