復讐したい異世界の主人公の話②
「――カリストロス様、失礼ながら一つ発言をお許し下さい」
「……何か?」
「聖騎士レフィリアには、カリストロス様の素晴らしい能力も、そしてゲドウィン様の魔法やエリジェーヌ様の異能も通じなかったと聞いております。唯一、傷をつけられたのがエリジェーヌ様の武器による直接攻撃だけであったとも」
「それがどうかしましたか?」
カリストロスは、気に障ることを言ったら即座に脳漿を床にぶちまけるとでも言わんばかりの冷酷な目でロズェリエを見る。
だがロズェリエは表情を一切崩さずに冷静な佇まいで話を進めた。
「現状ではあの聖騎士に対してクロスレンジからの直接的な物理攻撃が最も有効だと分析できています。――でしたら先日見せていただいたことのある、“アレ”を使ったらいかがでしょうか?」
「アレ?」
「はい。きちんとした名前を知らないので呼称は出来ないのですが、あの……すごく硬くて、太くて、長い棒状の筒がついた、巨大な“アレ”です」
「……! ですが、アレは――」
「あのどでかいイチモツを、そのクソッタレな聖騎士とやらにぶち込んでやりましょう。孕むほど、腹いっぱい打ち込んでやりましょう」
サディスティックめいた笑みを浮かべて熱弁するロズェリエに、カリストロスは表情を変えて考えを巡らせる。
「なるほど……“アレ”だけでは少々不足ですが、状況や環境さえ整えればあるいは……」
「私も全力で協力致します。アレを直撃させられれば、その聖騎士といえども、ただでは済まないでしょう」
「ふむ、確かに」
「もし死にきれずに生きていたら、捕らえて凌辱してやりましょう。捕まった女騎士はオークやゴブリンの慰み者になるものだと相場が決まっています」
「……また顔に似合わず悪趣味な」
「だって私の大事なカリストロス様を傷つけた女ですから。死ぬより酷い目に合わせてやりたいのです」
にこやかな笑顔を愛する男に向けながら、魔王の娘はそんな恐ろしい言葉を口にするのであった。
◇
――しばらくして。
カリストロスは今後の計画を練ったりイメージトレーニングする等といった準備をする為、私室に戻ろうと魔王城の廊下をつかつかと歩いていた。
「――む?」
すると廊下の途中にある一室から、何やら聞いたことのある複数の声が、わいわい談笑している様子が耳に入ってきた。
そこはゲドウィンが魔王軍同士の親交を深めるため城内に設けた娯楽室であり、ふと気になったカリストロスはちらりと部屋の中を覗く。
室内にはテーブルを囲んで、六魔将のうちの三人――鎧騎士のオデュロ、メイド服のシャンマリー、甲冑を外したドレス姿のメルティカ、そして魔王が座っていた。
テーブルの上には何やらボードゲームのようなものが目一杯に広げられている。
それは六角形をした紙製のタイルがハニカム状に並んで敷かれており、その上に色とりどりの小物やトークンなどが置かれていた。
「――これで我が最長交易路を獲得。よってポイントが10点溜まったから我の勝利だ」
「うおっ、やられた! せっかく最大騎士力手に入れたのになぁ」
「流石は魔王様。ルールを理解してから一気に強くなりましたねえ」
「特に交渉が上手い場面が多かった気がします。手慣れてますね」
「ふふん、そうだろうそうだろう」
魔王は満足気に、手に取ったカードをひらひらとさせている。
「あら?」
すると四人のうちシャンマリーがカリストロスの存在に気づいて、にこやかな笑みを浮かべて声をかけた。
「カリストロスさんじゃあないですか、ごきげんよう」
「――貴方たち、随分とまあ暇そうですね。特にそこの魔王」
せっかくの良い気分に水を差された魔王は、嫌そうな目でカリストロスを見る。
「ふん、息抜きの重要性が解らぬとは。ここに立ち寄っている時点でお主もそう変わらんだろう」
「ところでそれは何なのですか?」
カリストロスはテーブルに並べられたゲームを指差す。
彼はデジタルなゲームにこそ強いものの、こういったリアルな友人を必要とするアナログな遊戯にはてんで疎かったのだ。
「どうせゲドウィン辺りが作ったのでしょうが」
「これは“カタンの開拓者たち”っていうドイツ製のボードゲームですよー。あと、これにいたっては私が個人的に制作しました」
シャンマリーはにこにこしながら、厚紙で出来たタイルを一つ、指で摘まみ上げてみせる。
それを隣で見ながら、オデュロとメルティカも彼女を絶賛した。
「シャンマリーは本当に器用というか、こういうものを作るのが上手いよな。手作り感がないというか、マジで売り物みたいだ」
「こういった小物類なんかも凝っていますよね。立体物が作れるのは素直に羨ましいです」
半年以上の付き合いでかなり打ち解けたのか、オデュロもメルティカも彼女に対してだいぶフランクな話し方になっている。
「うむ、異世界の遊戯というのも中々に興味深い。駒やカードを使ったゲームとはまた違った趣や面白さがある」
特に魔王もここのところは彼女手製のボードゲームを密かな楽しみの一つとしてのめり込んでおり、シャンマリーを褒め称えていた。
「まあこんなものでもなければ、貴方は六魔将の誰にも勝てませんものね」
「貴様はいちいち癇に障る物言いをするな」
「何でしたらカリストロスさんも一緒にどうですか? 拡張すれば六人まで遊べますので」
シャンマリーは人の好い笑みを浮かべながら、カリストロスも遊びに誘おうとする。
「いえ、せっかくですが結構です。これでも私は色々と忙しいので」
そう言うとカリストロスは興味を失ったとばかりに、娯楽室から出て行ってしまった。
彼が完全に退室したのを確認してから、魔王は疲れたように長い溜息をつく。
「相変わらず社交性のないヤツだ。何を考えているのかまるで解らん」
「大方、例の聖騎士に復讐する算段でもしてるんじゃないですかねー。近頃は魔王様のご令嬢に色々と調べさせているみたいですし」
シャンマリーはどこか物知り気に話しながら、テーブルに並べられたカードを一旦集めてとんとんと纏めだす。
「ううむ、ロズェリエにもあの男には近づかぬよう何度も言い聞かせているのだがな……」
「あの様子だとそろそろ実際に動き出すつもりじゃないでしょうかねー」
「動き出すとは?」
メルティカの問いに、シャンマリーは何てことない世間話でもするかのような仕草で言葉を返す。
「――おそらくブレスベルクにでも乗り込もうとしてるんじゃないですか?」




